第43話 二人でトレーニング

 一輝が黒澤務にマラソンの勝負を挑まれた、次の日の土曜日の朝、一輝は長袖のTシャツにランニングウェアを履いて、自分の家の玄関前に立っていた。そして、


「綾香さん、本当にいいのですか? 貴重な休日を僕の特訓なんかに付き合ってもらって」


 一輝は自分の隣に立っている女性に向けてそんなことを聞いた。すると、


「ええ、勿論です、一輝くんは私のために特訓をしてくれるのに、私だけが家で一人、のんびりと過ごしている訳にはいきませんから、それに私は体を動かすことは好きなので、一輝くんさえよかったら、これからもこんな風に一輝くんのトレーニングに付き合わせて欲しいのですが、一輝くんはそれでもいいですか?」


 一輝の隣には、一輝と同じような動きやすい格好をしていて、長い後ろ髪をポニーテールに結んでいる、立花綾香の姿があった。


 そして、綾香は一輝に向けてそんな提案をして来た。なので、その言葉を聞いた一輝は、


「ええ、勿論です、綾香さんさえよかったら、よろしくお願いします」


 綾香の方を向いてそう言った。すると、


「ありがとうございます、一輝くん!! それならそろそろトレーニングを始めましょうか」


 笑顔でそんな風に一輝にお礼を言ってから、綾香はそう提案をした。なので、


「ええ、そうしましょう」


 一輝はそう返事をして、二人はゆっくりとした足取りで走り始めた。


 そして、二人が並んで一輝の家の傍の住宅街を走っていると。


「あの、一輝くん」


 走りながら、綾香は一輝に向けてそんな風に話しかけて来た。なので、


「何ですか、綾香さん?」


 一輝がそう言うと。


「一輝くんは普段何か運動をしているのですか?」


 綾香は一輝に向けてそんなことを聞いてきた。なので、


「いえ、恥ずかしながら、僕は学校の体育の授業以外では運動と呼べるようなモノはしていないです」


 一輝が走りながらそう答えると。


「そうですか、でもそれなら、今回のことは一輝くんからするといい機会なのかもしれませんね、まだ若いとはいえ、休みの日にはずっと部屋に籠っているというのはあまり体にはよくないですから、なので、今回のことを期に一輝くんもマラソンを日課にしてみたらどうですか?」


 綾香は一輝に向けてそんな提案をして来た、そして、その言葉を聞いた一輝は、


「……そうですね、考えてみます」


 少し苦笑いを浮かべながらそう答えた。その後、二人は暫くの間黙って、ランニングを続けていたのだが。


「……はあ、はあ」


 そんな風に数十分ランニングを続けていると、一輝は少しずつ疲れて来たのか、呼吸が段々と激しくなって来た。すると、


「……あの、一輝くん」


 一輝の隣で並んで走っていた綾香が、そんな風に話しかけて来たので。


「……何ですか、綾香さん」


 少し苦しそうにしながらも、一輝が綾香に向けてそう言うと。


「そろそろ一度休憩を取りませんか? 丁度少し先に公園の入り口が観えて来たので」


 綾香はそう言ったので、一輝が前を観てみると、確かに綾香の言う通り、数十メートル先には公園の入り口が見えていた。なので、


「……分かりました、そうしましょう」


 一輝はそんな彼女の提案に有難く乗ることにした。


 そして、二人はそのまま公園の中へ入り、入り口の傍にあったベンチに二人で並んで座って、ゆっくりと呼吸を整えていると。


「あっ、一輝くん、あそこに自動販売機があるので、私は二人分の飲み物を買って来ますね、一輝くんは何が飲みたいですか?」


 綾香は一輝に向けてそんなことを聞いてきた。しかし、


「あっ、いえ、そんな……それなら僕が買って来ますよ」


 彼女にそんなことをさせる訳にはいかないと思い、一輝はそう言って、ベンチから立ち上がろうとしたのだが。


「いえ、遠慮しないで下さい、それくらいのこと私は気にしませんし、それに今は私より一輝くんの方が疲れていると思いうので、一輝くんはベンチでゆっくりと休んでいて下さい」


 綾香はそう言って、立ち上がろうとしていた一輝を優しく止めたのだった。そして、そんな彼女の言葉を聞いた一輝はどうするべきか少しだけ悩んだが、最終的には綾香の提案に甘えることにして。


「……分かりました、それならすみませんが、僕の分は冷たいお茶を買って来て下さい」


 一輝は綾香に向けてそうお願いをした。すると、


「分かりました、それなら少しだけ一輝くんはここで待っていて下さいね」


 綾香は笑顔でそう答えるとベンチから立ち上がり、少し離れた所にある自動販売機の方へと歩いて行った。


 その後、綾香は自動販売機で二人分の飲み物を買って、それを両手に持って、一輝の座っているベンチへ戻って来ると。


「お待たせしました一輝くん、お茶ですどうぞ」


 そう言って、綾香は一輝にペットボトルを差し出して来たので。


「ありがとうございます、綾香さん」


 そう言って、一輝は綾香からペットボトルを受け取ると、綾香は一輝の隣へと座った。そして、綾香は自分が持っていたペッドボトルの蓋を開けると、中に入っていた水を飲み始めたので。


 一輝も綾香に続いてペットボトルの蓋を開けて、お茶を飲み始めた。すると、


「……ふう、やっぱり運動した後に飲むお水は、普段口にしているお水よりも何倍も美味しく感じますね」


 水を一口飲み終えた綾香がそんなことを言った。なので、


「ええ、そうですね」


 お茶を一口飲み終えた一輝も綾香に続いてそう答えた。そして、


「あの、綾香さん」


 一輝がそう言うと。


「何ですか? 一輝くん」


 綾香は一輝の方を振り向いて、そう言ったので。


「綾香さんは普段何か運動をしているのですか? 結構な時間走っていましたが、綾香さんは僕とは違ってあまり疲れてはいないようなので」


 一輝は綾香に向けてそう質問をした。すると、


「そうですね……全くしていないと言えば嘘になります、実は、私は幼い頃スイミング教室に通っていて、その影響か泳ぐことが好きになっていたので、休みの日には偶に家の近くにあるプールに行って、一人で泳いで過ごしているんです」


 綾香は一輝の質問に対してそう答えた。すると、


「そうですか、プールですか……」


 一輝はそう言って、その後、少しの間その場で黙っていると。


「……もう、一輝くんは相変わらずエッチなのですね」


 綾香は少し頬を赤く染めると、一輝から顔を逸らしてそう言った。なので、


「あっ、いえ、誤解です!! 綾香さん!!」


 一輝は慌ててそう言った。すると、


「一体何が誤解なのですか?」


 綾香はチラリと一輝の方を見て、そんなことを聞いてきたので。


「えっと……それは……」


 素直に答える訳にもいかず、そう言って一輝が言い淀んでいると。


「……もし、一輝くんが本当のことを教えてくれたら、今度、私と一輝くんの二人でプールデートに行ってあげてもいいですよ」


 綾香はそんな言葉を口にした。すると、


「すみません、綾香さん!! 僕はさっきまで綾香さんの水着姿を想像していまし!!」


 その言葉を聞いた一輝は一瞬でそう自白した。すると、


「……もう、知っていましたが、一輝くんは相変わらずエッチなんですよね」


 綾香は一輝から顔を背けたままそう言った。なので、


「……すみません、でも、綾香さんみたいな魅力的な人が彼女なんですから、ついそんな姿を想像してしまうのは健全な男子なら仕方がないことなんですよ」


 一輝はそう答えた。すると、


「……そうですか」


 綾香は一輝の方は観ずにそう言った。なので、


「ええ、そうです」


 一輝も綾香から少し顔を逸らしてそう言った。


 そして、二人は暫くの間、そのまま黙ってベンチに座っていると。


「……それでは一輝くん、少し先の話ですが、夏休みになったら私と二人でプールデートに行きますか?」


 綾香は一輝から顔を背けたまま、一輝に対してそんなことを聞いてきた。なので、


「えっ、いいのですか!?」


 一輝が少し驚いてそう言うと。


「ええ、勿論です、一輝くんに私の水着姿を観られるのは少し……いえ、かなり恥ずかしいのですが、一輝くんが正直に答えてくれたので私は別にいいですよ」


 一輝の方は一切観ずに、綾香は一輝に向けてそう言った。なので、


「そうですか、それなら是非よろしくお願いします!!」


 一輝は今日一番嬉しそうな表情を浮かべてそう言った。すると、


「……もう、これくらいのことでそんなに喜ぶなんて、一輝くんは相変わらず可愛いですね」


 綾香は一輝には聞こえないように、少し小声でそう呟いた。

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