第41話 黒澤務の挑戦状

 次の日の昼休憩、教室で一輝は颯太と共に昼ご飯を食べていると。


「失礼する!!」


 突然、教室のドアが開いて、眼鏡を掛けた真面目そうな男子生徒がその場でそう言った。そして、


「佐藤一輝くんは今、この教室内に居るのか?」


 その男子生徒はそんなことを言った。なので、


「えっと、僕がそうですが」


 一輝が手を挙げて、遠慮がちにそう言うと。


「そうか、君が今噂になっている佐藤一輝くんか」


 眼鏡を掛けた男子生徒はそんなことを言った。なので、


「えっと、そうですが、貴方は一体誰ですか?」


 一輝がそう聞くと。


「俺の名前は黒澤務くろさわつとむだ。一応、この学校ではそれなりに名前が知れた方だと思っていたのだがね」


 彼はそんなことを言った。すると、


「この人は俺たちの一つ年上の先輩で、去年一年間、生徒会長だった人だよ」


 そう言って、颯太は一輝に説明をしてくれた。なので、


「そうですか、それで、元生徒会長が僕に一体なんの用ですか?」


 一輝が黒澤務に向けてそう言うと。


「そうだな、言いたいことは幾つかあるのだけど……一言で言うと、俺は君に勝負を申し込みに来たんだ」


 黒澤務は一輝に向けてそんなことを言った。なので、


「勝負ですか?」


 一輝がそう聞くと。


「ああ、そうだ、どうやら君はあの立花綾香さんの彼氏らしいけど、それにしては幾ら何でも、今の姿は情けなくはないかい? 自分の大切な彼女が他の馬鹿な男子生徒共に告白されているというのに、そんな現状を君は黙って見ているつもりなのかい?」


 黒澤務は一輝に向けてそんなことを聞いてきた。なので、


「そんなの、勿論嫌ですよ。ただ、僕にはどうすることも出来ないので……」


 一輝が少し声を小さくしてそう言った。すると、


「そうか……まあでも確かに、君の言う通り、有効な手は無いのかもしれないな。幾ら恋人が居るとは言え、それでも告白をするような馬鹿や奴は少なからず居るようだし、そんな奴らをいちいち止めるのも、骨が折れるからな」


 黒澤務はそんなことを言った。そして、


「ただ、それでも、彼氏が居る女子に告白する男子が居ると言うのは、正直言って俺は気分が悪いし、それになりより、そんな状況を黙って見ている君にも俺は腹が立つんだ。だから、佐藤くんは俺と勝負をして欲しい!!」


 黒澤務は少し大きい声でそう言った。しかし、


「えっと、話が見えないのですが。先輩の考えはよく分かりましたが、それで、どうして僕が元生徒会長と勝負をしないといけないのですか?」


 一輝はそう質問をした。すると、


「単純だよ、君が立花さんの彼氏に本当に相応しいかどうか、この俺が直々に判断してあげるんだよ。その為には直接勝負をするのが一番だからね。それに、君にもメリットはあるよ、もし仮に、そこで君の男らしい姿を見せることが出来たら、自分の方が男として上だと思って告白している馬鹿な男たちも、君には勝てないと思って、立花さんに告白するのは少しは控えるようになるのではないかな?」


 黒澤務は一輝に向けてそんなことを言った。すると、


「確かに先輩の話も一理あるのかもしれませんが、どうして元生徒会長はそんな提案を一輝にして来たんですか? もしかして、一輝か立花さんに対して何か恩があって、それを返したいとそう思っているんですか?」


 颯太は黒澤務に向けてそう言った。すると、


「まさか、俺にはそんなモノは一切無いよ。ただ、理由を聞かれたら、それは俺も立花綾香さんに告白をしたいと、そう思っていたからだ」


「……え?」


 その言葉を聞いて、一輝が驚いたようにそう言うと。


「俺は去年までは、生徒会の業務に追われていて、恋人なんて作る余裕は無かったからな。だから去年は、立花さんのことが気になりつつも、告白しようとまでは思わなかったんだ。ただ今は、生徒会の業務からも解放されて時間に余裕が出来たから、高校生としての最後の一年は可愛い彼女を作って楽しく過ごしたいとそう思っていたんだ。そして、その相手として立花さんは文句の付け所のない素敵な女性だったんだけど、彼氏が居ると分かったから、立花さんに告白をするのは諦めようと思っていたんだ」


 そう言うと、黒澤務は一度、言葉を切ってから。


「ただ、君たちの現状を知ってその考え方が変わったよ。君のような情けない男には、立花さんは勿体ないと俺はそう思うのだが、さすがに彼氏の居る女性にこそこそ告白するなんていう卑劣なことを、俺はやりたく無いからな。だから、俺は君と正々堂々勝負をして、その結果、君を倒すことが出来たら、俺は堂々と立花さんに告白しようと、そう思ったんだ。ただ、もし君が勝てば、俺は立花さんのことはきちんと諦めるよ。俺に勝てるような男なら、立花さんの彼氏としても相応しいと俺はそう思うからな」


 そう言って、一輝に向けて長々と元生徒会長はそう説明をした。そして、


「それで、どうする、佐藤くん、俺の勝負を受けてくれるかい?」


 黒澤務は一輝の目をしっかりと見て、そんなことを聞いてきた。しかし、


「えっと、それは……」


 いきなりそんなことを言われても、一輝はどうするべきか直ぐには答えが出せず、少し考えていると。


「……受けてみろよ、一輝」


 颯太が一輝に向けてそんなことを言った。なので、


「えっ? どうしてだ?」


 一輝がそう聞くと。


「考えてみろよ、今のままだと、お前と立花さんのことは周りからずっと言われ続けるだろうし、立花さんも馬鹿な男たちに告白され続けて、ずっと嫌な毎日を過ごすことになるだろ? でも、もしこの勝負を受けて、元生徒会長に勝つことが出来れば、お前も少しは骨のある男だと生徒たちから認められて、立花さんも馬鹿な男たちから告白される機会も減るんじゃないか? 生徒会長にタイマンで勝てるような男より自分の方がマシだなんて、そんなことを考える男は大分減ると思うぜ」


 颯太はそう言った。そして、その言葉を聞いて一輝は少しの間、考えを巡らせたが。


 その後、直ぐに顔を上げて、黒澤務の目をしっかりと見つめ返すと。


「分かりました、その勝負、受けて立ちます!!」


 力強い言葉で元生徒会長に向けてそう言った。すると、


「分かった、それなら、勝負は約一か月後の、六月初めの日曜日、この学校のグラウンドでのマラソンでの持久力対決というのはどうだ?」


 黒澤務はそんなことを言った。なので、


「えっ、マラソンですか?」


 一輝がそう聞くと。


「ああ、そうだ。勝負とはいえ、まさか元生徒会長の俺が拳と拳での勝負なんていうのを持ちかけるわけには行かないし、だからといって、学生らしい学力勝負ともなると、一つ年上の俺が有利過ぎて、不平等だからな。その点マラソンだと、俺も佐藤くんも部活には所属していないので、条件はそれなりに互角だし、単純に足の速さを競うのではなく、より長く走り続けることのできる持久力対決だと、多少運動神経に差があっても、最後には根性で何とか出来るだろう? そして、そうなった時、最後にはより立花さんへの思いが強い方が勝つということで、自分で言うのも何だが、とてもいい勝負内容だと思ったのだが、佐藤くんはこの勝負内容に何か文句はあるかい?」


 黒澤務はそんなことを言った。なので、一輝は颯太の方を見ると。


「えっと、颯太、どう思う?」


 そんな風に、自分の前の席に座っていた颯太に向けてそう質問をした。すると、


「別にいいじゃねえか? 一か月もあればお前も体を鍛える時間もあるし、受けてみろよ」


 颯太はそんなことを言った。そして、その言葉を聞いた一輝はもう少しだけ考えたが、その後、直ぐに結論を出して。


「分かりました、元生徒会長のその挑戦、受けて立ちます!!」


 一輝はそう言った。すると、


「元生徒会長ではなく黒澤務だよ、それじゃ佐藤くん、また一か月に会おう。それまでに精々、体を鍛えて体力を付けておくんだな」


 黒澤務はそう言って、颯太たちがいるクラスを離れて行った。

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