第40話 黒澤心愛の策略

「……その、最後まで落ち着いて聞いて下さいね」


 そして、綾香には念押しする様に一輝にそう言って、話を始めた。


「その、クラスメイトの方々からは、一輝くんとどうして付き合ったのかとか、何処か好きになったのかとかそう言った質問はされましたが、特にネガティブなことは言われませんでした。ただ」


「ただ、何ですか?」


 一輝がそう聞くと。


「……その、実は今日の放課後に、私のクラスメイトの一人に告白されたんです」


 綾香はそんな言葉を口にした。なので、


「……え?」


 その言葉を聞いて、一輝が思わずそう呟くと。


「あっ、勿論、その告白は断りましたよ!! 私には一輝くんという恋人が居ますし、私に恋人がいると分かっているのに告白するような人の思いに応えるつもりはありませんから!!」


 綾香にしては珍しく、少し声を大きくしてそう言った。なので、


「そうですか、それなら良かったです……でも、どうして彼氏が居ると分かっているのに、その人は綾香さんに告白をしたのですか?」


 一輝は当然の様に、そう質問をした。すると、


「えっと、それは……」


 そう言って、綾香は少し言い辛そうに口を閉じたが、その後、直ぐに口を開くと。


「その、とても失礼な話なのですが、一輝くんよりは自分の方がいい男だから、俺と付き合わないかと、彼はそんなことを言っていました。ただ、勿論、そんな失礼なことを言う人の告白は断りましたし、もし今後もこんな風に告白をされても、私は全部断るので、一輝くんは気にしないで下さい」


 綾香はそう言った。なので、


「ええ、分かりました」


 一輝は少し不安が残りつつも、彼女がそう言うのならと、一応は納得をした。






 それから数日が経ち、一輝は偶にクラスメイトから、彼女である綾香のことを聞かれることがありつつも、いつもとはあまり変わらない、平和な学校生活を過ごしていたのだが。


「ねえ、知ってる? 昨日の放課後に立花さんが告白されたらしいよ」


 クラスメイト女子生徒がそんなことを言うと。


「うん、知ってるよ、いつもなら、立花さんは相変わらずモテるねで終わる話だけど、今は立花さんに彼氏が居るって分かっているのに告白するなんて、ちょっとおかしいというか、ズレているよね」


 もう一人の女子生徒がそんなことを言ったので。


「そうだね、でも、彼氏や彼女が居ない人より、彼氏彼女が居る人の方がそういうのが居ない人よりよりモテるっていう話もあるみたいだし、もしかしたら、そういうのも関係あるのかもしれないね」


 話を振った女子生徒はそう言った。すると、


「まあ確かに、そういうのもあるのかもしれないけど、立花さんやそれこそ佐藤くんからしたら、迷惑な話だろうね」


「そうだね」


 二人はそんな風に話を終えた。


 そして、そんな噂話好きの女子生徒たちではあるが、最低限のデリカシーはあるようで、そういう話は決まって、一輝がクラスに居ない時に話をしていた。しかし、


(困ったな)


 そんな話を聞いて頭を悩ませている人物が居た。一輝の友人であり、一輝と綾香の二人が付き合うことになるきっかけを作った男である斎藤颯太だった。


 颯太としては、一輝と綾香の仲を本気で応援していて、二人は上手くいって欲しいと本気で思っているのだが。


 現状だと、一輝と綾香の二人の仲には何の問題も無いのだが、二人のことに付いて、あることないこと話をする二年生の生徒や。


 彼氏が居ると分かっているのに綾香に無謀にも告白をしている極一部の男子生徒のせいで、二人の今の学校生活は順調だとは言えなかった。


 なので、颯太としては何とかして、こんな現状を変えたいとそう思っているのだが。


「とはいえ、何かいい案があるわけでもないしな……」


 颯太はそう呟きながら、一人で学校の廊下を歩いて居ると。


「お困りのようですね、颯太先輩」


 颯太の背後からそんな風に、一人の女子生徒が颯太に話しかけて来た。なので、颯太が背後を振り返ると。


黒澤くろさわ


 そこには、颯太のよく知る人物である、一つ年下の現在一年生である、高校生にしてはかなり小柄で童顔な一人の女子生徒の姿があった。しかし、


「もお、先輩、黒澤ではなく私のことは心愛ここあと名前で呼んで下さいよ、私と先輩の仲なのですから」


 彼女は不敵な笑みを浮かべながら、颯太に向けてそう言った。しかし、


「俺とお前の関係なんて、ただ一つ歳の違う異性ってだけだろ」


 颯太はぶっきら棒な口調でそう言った。すると、


「もお、そんなことを言ってもいいんですか、折角、私が先輩の悩みを、いえ、正確には先輩の友人の悩みを私が解決してあげようと思ったのに」


 黒澤心愛は唐突にそんなことを言い出した。なので、


「……何だと?」


 颯太がそう言うと。


「知っていますよ、確か名前は佐藤一輝先輩と立花綾香先輩でしたよね。二人は変に目立たず、普通の恋人で居たいだけなのに、周りの人たちが下手に騒いだり、あまつさえ恋人がいる立花先輩に告白するなんて、本当に迷惑な話ですよね。佐藤先輩の友人である颯太先輩が頭を悩ませるのもよく分かります」


 黒澤心愛はそんなことを言った。なので、


「どうやら、現状はちゃんと理解しているみたいだな。ただ、本当にお前はこのことを解決できるのか?」


 颯太が心愛に向けてそう質問をすると。


「確実に解決できるとは言い切れませんが、上手く行く確率は割と高いと私はそう思っています。ただし、私がこの作戦を実行する為には、一つだけ条件があります」


 心愛はそんなことを言った。なので、


「条件? 何だ、それは?」


 颯太がそう質問をすると。


「ここでは言えません、ただ、もしこの話に興味があるのなら、今日の放課後に私との時間を取って下さい、私の作戦の内容と条件はその時にお話しします」


 心愛はそう言った。そして、その話を聞いて、颯太は少しの時間、考えを巡らせたが、直ぐに結論を出して、心愛の方を振り向くと。


「分かった、それなら今日の放課後、校門前で待ち合わせをしよう。その後、ファミレスか何処かに寄るから、そこでお前の話を聞かせてくれ」


 颯太は心愛に向けてそう言った。すると、


「分かりました、それなら今日の放課後は颯太先輩とのデートをいうことで、私の予定を埋めておきますね」


 心愛は嬉しそうな笑みを浮かべてそんなことを言ったので。


「いや、別にデートとか、そういうのじゃねえからな」


 颯太は冷静にそう言ったが、心愛はそんな颯太の突っ込みは華麗にスルーして、一つ下の階にある自分の教室へと戻って行ったのだった。






 そして、その日の放課後、颯太と心愛の二人は学校の近くにあるファミレスに来ていて、颯太は心愛の話を黙って聞いていた。そして、


「……これが私の考えた、佐藤先輩と立花先輩の間の邪魔をする野次馬たちを静かにする作戦と、私がこの作戦を成功させた暁には、颯太先輩に叶えて欲しい条件です」


 全ての内容を話し終えた心愛は、颯太に向けてそう言った。そして、


「ここまでの話を聞いて、颯太先輩は私に何か質問はありますか?」


 心愛は颯太に向けてそう質問をした。すると、


「……いや、大丈夫だ、お前にしては随分と大それた計画をしたなと少しだけ驚いたけど、確かに今回は、これくらい派手なことをしないと周りの目は変わらないかもしれないからな」


 颯太は一応、納得した様子でそう言った。そして、


「それで、お前の出した条件だけど、俺としては本当にその作戦が上手く行けば、お前の言う条件を飲んでやろうと思う、だから悪いけど、お前の作戦を少しでも早く実行してくれないか? 一輝や立花さんには早く元の平和な日常に戻って欲しいからな」


 颯太は心愛に向けてそう言った。すると、


「分かりました、それでは契約は成立ということで、そろそろお家に帰りましょうか、颯太先輩」


 心愛はそう言って、自分の学生鞄を持つと席から立ち上がり、会計へと向かおうとした。すると、


「ああ……なあ、心愛」


「何ですか、颯太先輩」


 心愛がそう言うと。


「その、本当にそんな条件でいいのか?」


 颯太が少し遠慮がちに心愛にそんなことを聞くと。


「ええ、勿論です、今までの私だと颯太先輩とそういった関係になれる可能性はほぼ0だったので、チャンスを貰えただけでも、私にとっては十分にありがたいお話ですから、それに」


「それに、何だ?」


 颯太が心愛に向けてそう質問をすると。


「それだけの時間があれば、妹みたいにしか見られないと言った颯太先輩の私に対する見方を必ず変えてみせますから。なので、颯太先輩は覚悟を決めて待っていて下さいね」


 心愛はウインクをしながら、颯太に向けてそう言った。


 こうして、一輝と綾香の平穏な学校生活を取り戻すための作戦が、水面下で静かに動き出したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る