第36話 2人の嘘と仲直り
その後、十数分間自転車を漕いで、二人は目的地であるカフェに辿り着いた。そして、
「カランカラン」
そんな鈴の音を響かせて、山下夏月がドアを開けると。
「いらっしゃいませ、二名様でよろしいですか?」
大学生くらいの若い店員が二人に向けてそう言ったので。
「ええ、大丈夫です」
夏月はそう答えた。すると、
「分かりました、それでは席までご案内します」
女性店員はそう言って、二人を店の一番奥にある窓際の席へと案内した。
そして、二人が席に着くと、女性店員はお冷を持って来てから。
「ご注文が決まったらお呼び下さい」
そう言って、店員は二人が座っている席から離れた。そして、
「それで一輝くんは、お昼ご飯はなににしますか?」
メニューを一輝に手渡しながら、夏月は一輝に対してそんなことを聞いて来た。なので、
「そうですね……それなら僕はオムライスセットにします」
一輝がそう言うと。
「ふふっ、一輝くんは本当にオムライスが好きみたいですね」
彼女は小さく笑みを浮かべながらそう言った。なので、
「えっと、そうですか?」
一輝がそう答えると。
「ええ、前回のデートでも一輝くんはオムライスを頼んでいましたし、私の家に来た時もオムライスを希望していたので、一輝くんは本当にオムライスが好きなのだと私はそう思いますよ」
彼女はそう言った。なので、
「そうですね……あまり自覚はなかったですが、言われてたたらそうなのかもしれません」
一輝はそう答えた。そして、
「それで、そろそろ大切なお話というのを聞かせてもらってもいいですか?」
一輝は改めてそう言った。すると、
「……ええ、そうですね」
夏月はそう答えた。そして、
「ただ、私が一輝くんにしたい大切なお話というのは、一輝くんはもう分かっているのではないですか?」
夏月は一輝にそう言った。なので、
「……ええ、そうですね、ただ、未だに僕がかなり困惑しています、山下さんがそうだったなんて」
一輝がそう答えると。
「ええ、そうでしょうね、なので、私からきちんと説明させてもらいますね。一輝くん、私は……」
そう言って、彼女が説明を始めようとすると。
「お待たせしました、こちらオムライスのセットです」
タイミング悪く女性店員がそう言って、一輝の分のメニューを持って来て、その後、直ぐに彼女が注文していたパスタのメニューを運んできた。なので、
「えっと、取りあえず、先にお昼ご飯を食べませんか? 時間はたっぷりあるので、私の話はお昼ご飯を食べてからゆっくり聞いてください」
彼女はそう提案をした。なので、
「分かりました、そうしましょう」
一輝はそう言って、二人は静かに昼ご飯を食べ始めた。そして、数十分掛けて、二人は昼ご飯を食べ終えて、食後の飲み物が来たタイミングで、
「それでは、そろそろ私のお話を始めましょうか」
彼女はそう言った。なので、
「……ええ、お願いします」
一輝はそう答えた。すると、
「分かりました」
彼女はそう返事をした。そして、
「えっと、これだけアピールをしたらさすがの一輝くんでも、もう気付いてもらえたと思いますが、山下夏月の正体は一輝くんの彼女の立花綾香なんです」
彼女はそう言うと。
「まあ、そういうことでしょうね……」
一輝はそう答えた。すると、
「納得出来ませんか?」
彼女はそう聞いて来た。なので、
「……ええ、確かに今日の山下さんは、僕の知っている綾香さんと重なる部分がとても多かったのですが、それでも、そのことを直ぐに認められるかと言われると少しだけ難しいです」
一輝はそう答えた。すると、
「まあ、それもそうですよね、実際に一輝くんは一ヶ月以上も私の正体には気付けなかったので、いきなりこのことを認めろと言われても難しいのかもしれません。ですが」
そう言うと、彼女は自分の被っているニット帽子に手を当てると。
「私としては、今日はこのことをちゃんと伝えるつもりで来たので、一輝くんにはちゃんと理解してもらわないと困るのです」
そう言うと、彼女は自分が被っていたニット帽子脱いで、机の上に置くと。
「なので、突然のことで申し訳ありませんが、一輝くんには本当のことを理解してもらいます」
そう言って、彼女は今度は自分の後ろ髪をポニーテールに結んでいた髪留めを外し、綺麗な長髪の黒髪を空になびかせると。
そ最後には、自分の姿をわざとダサく見せるために身に付けていた、伊達眼鏡をゆっくりと外すと。
「……これが私の本来の姿です、これで一輝くんは私が立花綾香だということをきちんと理解してくれましたか?」
変装を解いて素顔に戻った綾香は一輝に対してそう質問をした。すると、
「ええ、分かりました、さすがに綾香さんの可愛い顔を見せられて納得しない訳にはいきませんから」
一輝はそう答えた。そして、
「でも、綾香さんはどうしてそんな変装をして、その上僕に偽名を名乗っていたのですか?」
一輝は綾香に対してそう質問をした。すると、
「えっと、それは……」
綾香は最初少しだけ言い辛そうにしていたが、直ぐに意を決したのか。
「私が変装をしていた理由は自意識過剰かと思われるかもしれませんが、私は素顔でお店などに行くと、よくナンパをされて困っていたので、外では目立たないようにあえて地味な格好をして、目立たないようにしていたのです」
綾香はそう言って一度言葉を切った。そして、
「ただ、最初は偽名を使うつもりは無かったのですよ、でも、一輝くんとこの姿で出会ったのが去年の四月の始めで、その時はまだ私は一輝くんのことをよく知らなかったので、正直、私の正体がバレたら、学校で変な噂が広げられるのかもしれないとつい不安に思ってしまい、それが嫌で思わず一輝くんには偽名を名乗ってしまいました。でも、今思えば一輝くんはそんなことをするような人ではないですよね、それなのに、変に疑って偽名などを使ってしまって本当に申し訳ありませんでした」
綾香はそう言って一輝に謝った。なので、
「そんな、気にしないで下さい、当時は僕のことなんてなにも知らなかったので、そんな風に思うのも無理はないと思います。それに、最初はそんな感じだったのに、今では僕のことを信用して貰えていて僕はとても嬉しいです。でも、綾香さんはどうして僕と付き合い始めても、そのことを教えてくれなかったのですか?」
一輝が再びそう質問をすると。
「えっと、それは……」
そう言って、綾香は黙った。そして、
「えっと、笑わないで聞いてもらえますか?」
綾香がそう言ったので。
「ええ、勿論です」
一輝がそう答えると。
「その、実は……私のことを好きだと言ってくれた以上は、一輝くんには私のことをもっと知ってもらいたいと思っていましたし、私のことを好きならこれくらいの変装は見破って欲しいとそう思ったのです。でも、この様子だと一輝くんがいつになったら私の秘密に気付いてくれるかも正直分からなかったですし、それになにより、これからも一輝くんの彼女で居続けるためには、私だけが秘密を抱え続けるのもよくないと私はそう思ったんです」
綾香はそう答えた。なので、
「それもそうですね……」
一輝はそう言った。しかし、
「……え」
一輝はそう返事をした。そして、
「あの、綾香さん、今なんと言いましたか?」
一輝がそう質問をすると。
「えっと、どの話のことですか? もしかして、私が一輝くんの彼女で居続けるために私だけが秘密を抱え続けるのはよくないという話ですか?」
綾香はそう言った。なので、
「ええ、そうです、えっと、そんなことを言って貰えたということは、綾香さんは今後も僕の恋人で居てくれるつもりだと、そう思ってもいいのですか?」
一輝がそう質問をすると。
「ええ、そうです、私は一輝くんの彼女で居られたこの一ヶ月間はとても楽しかったですし、この程度のことと言うには少しだけ重たい話かもしれませんが、どんな理由であれ好きな人に告白されて彼女にしてもらえたのに、これくらいのことで一輝くんと別れたくはありませんし、出来れば私はこれから先もずっと一輝くんの彼女で居たいです!!」
綾香は力強くそう言った。そして、そんな綾香の答えを聞いた一輝は、
「えっと、僕としては綾香さんの提案はとても嬉しいのですが、綾香さんは本当に僕のしたことを許してくれるのですか?」
少し心配した口調で一輝は綾香にそう質問をした。すると、
「ええ、勿論です、というよりも、一輝くんの方こそ私のしたことを許してくれるのですか?」
何故か綾香はそんなことを聞いてきた。なので、
「えっ、どういうことですか?」
一輝がそう聞くと。
「だって、一輝くんが付いていた嘘を付いていた期間は一ヶ月くらいの短い期間ではないですか、でも、私は一年以上も一輝くんに嘘を付き続けていたのですよ、そう考えると私の方が一輝くんに嘘を付いていた時期は長いですし、それなら私の方が嘘を付いてしまっていた罪は重たいです、それでも一輝くんは私のことを許してくれるのですか?」
綾香はそんなことを聞いて来た。なので、
「ええ、勿論です、というか、幾ら期間が長いとは言っても、理由が理由ですし、綾香さんが付いていた嘘なんて僕が付いていた酷い嘘に比べたら全然大したことはないので、綾香さんはそんなことを気にする必要なんてないですよ」
一輝がそう答えると。
「そんなことはないです、確かに一輝くんの嘘の方が酷いとは私も思いますが、それでも期間を考えると私の方が罪は重いと思います!!」
綾香は一輝の言葉を否定する様にそう言った。なので、
「いえ、僕の方が罪は重いです!!」
一輝がそう言い返すと。
「いえ、私の方です!!」
綾香もそう反論して来たので。
「僕です!!」
一輝もそう反論し。
「私です!!」
それに対して綾香もそう言い返して来た。
そして、その後も二人は少しの間、自分の方が悪かったと主張し続けていて、二人にとってこれは初めての小さな喧嘩だったのだが。
そこには最近まで二人の間にあった、薄い壁のようなモノは一切なく。
不器用ながらも、お互いのことを思いあっている二人の気持ちが確実に戻って来ているのだった。
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