第35話 山下夏月と立花綾香

 一輝が綾香に罰ゲームで告白したことを告げてから三日目の夜。


「……寂しいな」


 一輝は自分の部屋でそう呟いた。一輝は綾香から連絡が来るまで電話をしないと決めているので。


 一輝は今日までの三日間、綾香には一輝からは一切連絡をしていないので、最近は綾香の声を全く聞いていなかった。


 そして、この様子だと今日も彼女からの連絡はないのかもしれないと、一輝がそう思っていると。


「プルルルルルル……」


「っつ!?」


 突然、一輝のスマホが鳴り出したので、一輝は慌ててスマホを手に取ってみると、画面にはずっと声を聞きたいと思っていた立花綾香の名前が表示されていた。なので、


「もしもし」


 通話画面を押して一輝が電話に出ると。


「もしもし一輝くん、今時間は大丈夫ですか?」


 普段通りの落ち着いた口調で、綾香がそんなことを聞いてきたので。


「ええ、大丈夫ですよ」


 一輝もなるべくいつも通りの口調でそう答えると。


「そうですか、それなら少しお話をしませんか?」


 綾香はそう言ったので。


「ええ、いいですよ」


 一輝もそう言って、二人は久しぶりに雑談を始めた。そして、


「えっと、一輝くんはこの三日間、なにをしていましたか?」


 最初、綾香は一輝にそんなことを聞いてきたので。


「そうですね、この三日間は特になにかをするわけでもなく、家に籠って本を読んだり、動画を観たりして過ごしていました……えっと、綾香さんはこの三日間はどうしていましたか?」


 一輝が綾香の質問に答えて、綾香にも同じ質問をすると。


「私ですか? そうですね……私も一輝くんと同じで自分の部屋に居ましたが、大体は一輝くんの話を聞いた上で、私たちの今後の関係をどうするべきかを私は考えていましたよ」


 綾香はそう言った。なので、


「まあ、そうですよね……それで綾香さんなりの答えは見つかりましたが?」


 一輝がそう質問をすると。


「ええ、三日間も考えてしまって申し訳ありませんが、私が今後、一輝くんとどういう関係でいたいのか決まりました」


 綾香はそう答えた。なので、


「そうですか……因みにその答えを今聞かせてもらってもいいですか?」


 一輝はそう言った。この問いかけによる彼女の答えで、今後も綾香と彼氏彼女の関係で居られるのかどうか決まるのだろうと、一輝はそう思っていたのだが。


「その、今お話をしてもいいですが、その前に一輝くん、明日はなにか予定はありますか?」


 唐突に綾香は一輝にそんなことを聞いてきた。なので、


「明日ですか? いえ、特に予定はありませんが」


 一輝がそう答えると。


「そうですか、えっと、それなら一輝くん、もしよかったら明日、私と一緒にデートをしませんか?」


 綾香は一輝に向けてそんな提案をして来た。なので、


「デートですか? ええ、別に構いませんが」


 その提案に少し困惑しつつも、一輝がそう答えると。


「そうですか、ありがとうございます、それなら今から明日のデートの集合場所と時間をお伝えしますね」


 そう言って、綾香は一輝に明日のデート場所と時間を伝えた。そして、


「分かりました、それなら僕は明日その時間までにそこに向かいますね」


 それらを聞き終えた一輝がそう言うと。


「ええ、よろしくお願いします一輝くん」


 綾香はそう答えた。そして、


「それと私の出した結論はデートが終わってから一輝くんにお話をするということにしてもらえませんか? 私からも一つ、一輝くんに伝えなければならないことがありますから」


 綾香はそんなことを言った。なので、


「そうですか、分かりました、それでは明日のデートが終わってから、綾香さんの答えを聞かせて下さい」


 一輝がそう答えると。


「はい、分かりました、ありがとうございます、一輝くん、私のわがままを聞いてもらって」


 綾香がそう言った。なので、


「いえ、気にしないで下さい、彼女のわがままを叶えるのも彼氏の務めですから……それでは綾香さん、また明日」


 一輝がそう言うと。


「ええ、また明日」


 綾香はそう言って彼女は通話を終えた。そして、


「わがままを叶えるのも彼氏の務めか……自分で言いだしたことなのに、結局僕は最後まで綾香さんの求めている答えに辿り着くことはできませんでしたね」


 一輝はそう言うと、一呼吸置いてから。


「……もしかして、明日僕は振られるのかな」


 一輝はそう呟いた。もしかしたら、明日綾香の伝えたいことというのは、今まで彼氏でいてくれた、一輝に対する感謝の気持ちで。


 それを伝えられた後で自分は振られるのかもしれないと、一輝はそう思ったのだが。


「まあ、そうなっても仕方がないか、綾香さんには最後まで僕の情けない姿しか見せることができなかったし、僕みたいな平凡な男が綾香さんと一ヶ月も付き合えたのなんて、奇跡みたいなものなのだから……よし、例え振られることになるとしても明日は命一杯楽しもう!! 綾香さんとの最後のデートになるかもしれないのだから」


 一輝はそう言って、後ろ向きながらも自分のことを励ました。






 そして、約束の日である翌日を迎え、十一時になる少し前。


(……まさか、最後になるかもしれないデート場所がここになるとは)


 一輝は心の内でそう呟いた。一輝が今いるのは彼が普段からよく利用している、某全国チェーン店の大型書店の出入り口前であり。


 一輝からすると、この場所はかなり行きなれた場所であり、一輝の悩み相談によく乗ってくれた、もう一人の女性の姿を思い出す場所だった。


 そして、そんなことを思いながら一輝が綾香のことを待っていると。


「お待たせしました!!」


 一輝の背後から最近聞きなれた、そんな声が聞こえた。なので、


「いえ、全然待っていませんよ」


 そう言って、一輝は後ろを振り向いたのだが。


「……え?」


 そこに居たのは、一輝が待っていた立花綾香ではなく。


 いつも一輝の恋愛相談に乗ってくれていた、ニット帽をかぶり相変わらず地味な服を着ていて、眼鏡を掛けて長い後ろ髪をポニーテールに結んでいる、山下夏月の姿だった。なので、


「えっと……山下さんはどうしてここに?」


 一輝が彼女にそう質問をすると。


「私がここに居たら可笑しいですか?」


 彼女はそんなことを聞いてきた。なので、


「いえ、可笑しくはないですね、山下さんはよくここに来ていますからね」


 一輝はそう言うと。


「ええ、そうですよ」


 夏月はそう答えた。そして、


「さて、それではそろそろ行きましょうか!!」


 夏月はそう言うと、何故かいきなり一輝の服の袖を掴んで、そのまま一輝を連れて店内へと入ろうとした。なので、


「あっ、その、待ってください!!」


 一輝がそう言うと。


「なんでしょう?」


 夏月はそんなことを聞いてきた。なので、


「えっと、その、僕は今日彼女とデートの約束をしているので、申し訳ありませんが今は山下さんと一緒に過ごせません!!」


 一輝は正直にそう答えた。しかし、


「そうですか、でも、それなら別になんの問題もありませんね、何故なら貴方の彼女はこうして今ここに居るのですから」


 そう言うと、山下夏月は一呼吸置いてから。


「そうですよね、一輝くん」


 彼女はそう言った。その声は一輝が最近よく聞いている、立花綾香の声と全く同じだったし。


 夏月は今までは一輝のことを佐藤くんと呼んでいて、一輝のことを一輝くんと呼ぶのは、一輝の知る限り一人だけだった。なので、


「……もしかして、山下さんは」


 一輝がそう言うと。


「さて、一輝くん、いつまでもこんなところで話をしていないで、早くデートを始めましょう?」


 彼女はそんな言葉を口にした。そして、そんな彼女の表情は一輝のよく知っている立花綾香そのものだった。なので、


「……ええ、分かりました」


 突然知った事実にかなり驚きつつも、一輝はそう返事をすると、一輝は彼女に手を引かれて店内へと入った。


 そして、彼女は当然の様に店の奥にあるライトノベルのコーナーへ一輝を連れて行くと。


「観て下さい、一輝くん、新刊が幾つか出ていますよ!!」


 彼女は嬉しそうな声でそう言った。なので、


「ええ、そうですね」


 一輝はそう返事をした。その後、彼女は新刊のラノベ一覧を順番に観ていると。


「あっ、観て下さい、一輝くんの好きなフランス語で時々デレるアリスさんの新刊が出ていますよ」


 彼女は一冊のラノベを手に取ってそう言った。なので、


「そういえば、確か昨日くらいが発売日だった気がします。折角ですし買っておきましょうか」


 一輝がそう言うと。


「それなら私も買わせてもらいます、私もこの作品も好きですし、今度二人で感想を話しましょうね」


 彼女もそう言って、そのライトノベルを買うことにした。


 その後も二人は十二時頃までライトノベルのコーナーで買い物を続けた。そして、


「えっと、それでこの後はどうしますか? えっと……山下さん」


 二人が会計を終えて店を出ると、一輝は彼女にそう質問をした。すると、


「そうですね、取りあえず、何処かにお昼ご飯を食べに行きませんか? そこで私は大切なお話をしたいで」


 彼女は少しだけ真剣な表情でそう言った。なので、一輝は遂に来たかと内心そう思いつつも。


「……分かりました、そうしましょう」


 一輝はそう返事をして、彼女と共に駐輪場に向かうと、二人は自転車に乗って、彼女が何処かの店を目指して自転車を漕ぎ始めて。


 一輝も自転車に乗って、彼女の背中を追いかけた。

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