第37話 仲直りのキス

 そして、二人がそんな言い争いを終えると。


「それなら、今回は二人とも悪かったということにしませんか? 本当なら私の方が悪かったということにしておきたいのですが、それだと一輝くんが納得してくれなさそうなので、今回はお互いに悪かったということでこの話は終わりにしませんか?」


 綾香はそんな提案をして来た。そして、その案を聞いた一輝は、


「……そうですね、分かりました、正直、今回はどう考えても僕の方が悪いとは思いますが、綾香さんがそう言ってくれるのなら、僕はそれでもいいです」


 綾香に向けてそう言った。すると、


「ありがとうございます、一輝くん」


 綾香はそう言ったので。


「いえ、こちらこそ、ありがとうございます、綾香さん」


 一輝もそう言って、綾香に言葉を返した。すると、


「でも、このまま何もなくお互いを許すというのも、何だか少しだけ心にモヤモヤするモノを残してしまう気がします、なので、一輝くん」


「何ですか?」


 一輝がそう聞くと。


「私たちがお互いのことを許す変わりに、私から一輝くんに、それから一輝くんから私に何か一つお願いをして、そのお願いを叶えるというのはどうですか? そして、そのお願いをお互いに叶えて上げることで、今回のことは水に流すということにしませんか?」


 綾香は一輝に対してそんな提案をしてきた。なので、


「えっと、僕はそれでもいいですが、綾香さんは僕にどんなお願いをするつもりなのですか?」


 一輝が綾香にそう質問をすると。


「えっと、それに関しては、恥ずかしくて最初には口に出来ません」


 綾香は何故か頬を少し染めながらそう言った。なので、


「……一体なにを言うつもりなのですか?」


 一輝が少し緊張した面持ちでそう質問をした。すると、


「取りあえず、最初は一輝くんが私にしてもらいたいことを何か一つ、私に提案して下さい。その提案を私が叶えた後に、私が一輝くんに叶えて欲しいお願いを言いますから!!」


 綾香にしては珍しく、かなり慌てた様子でそう言った。なので、


「……ええ、分かりました、因みにですが綾香さん」


「何ですか?」


「そのお願いというのは、どんなお願いでもいいのですか?」


 一輝が綾香に対してそう質問をした。すると、


「えっと、その……あまりエッチなお願いをされると、私は少しだけ困ってしまいます。私たちはまだ手も繋いだこともないのに、いきなり過激なお願いをされても、私はまだ一輝くんの思いに応えるだけの心の準備が出来ていませんから」


 綾香は自分の頬に両手を添えて、顔を真っ赤に染めながらそんなことを言った。なので、


「あっ、いえ、そんなに過激なことを言うつもりはありませんよ!!」


 一輝は慌ててそう言った。すると、


「……そうですか、それならよかったです」


 綾香は安心した様子でそう言った。そして、


「それなら、一輝くんは私にどんなお願いをするつもりなのですか?」


 綾香はそう言った。なので、


「そうですね……」


 そう言って、一輝は綾香にするお願いを考え始めた。そして、


「決めました、綾香さん」


 一輝がそう言うと。


「はい、何ですか?」


 綾香はそう答えた。なので、


「今後は僕にもっと綾香さんのことを僕に教えて下さい」


 一輝がそう言うと。


「えっ、私のことですか?」


 綾香は少し驚いた様子でそう言った。なので、


「ええ、そうです、結局僕は綾香さんと山下さんが同一人物だと気が付くことができず、最後には直接綾香さんに教えてもらうという、とんでもなく情けない結果になってしまいました。ただ、もし綾香さんが僕のことをまだ見捨てていないのなら、もう一度だけチャンスを下さい、僕はもう二度と綾香さんを傷つけたくはありませんし、そうならない為にも綾香さんのことを僕はもっと知っておきたいんです、そうすれば、今回みたいなことはもう二度と起きないと思いますし、そうならない様に僕はもっと努力をします!!」


 一輝は力強くそう答えた。すると、


「そうですか……分かりました、一輝くんがそこまで言うのでしたら、それでいいです、でも、それなら一輝くんのことも色々と私に教えて下さいね、私も一輝くんのことをもっと知りたいですから」


 綾香はそう言った。なので、


「ええ、勿論です!!」


 一輝がそう答えた。すると、


「そうですか、分かりました、それなら一輝くんのお願いはこれで叶いましたね」


 綾香はそう言った。なので、


「ええ、そうですね」


 一輝はそう答えた。そして、


「それで、綾香さんが僕に言うお願いというのは、一体何ですか?」


 一輝が綾香に改めてそう聞くと。


「えっと、それは……」


 そう言って、綾香は少し頬を赤くしてから一輝の方を見ると。


「えっと、その、私からの一輝くんへのお願いは……その、今から私と仲直りのキスをして下さいというものです!!」


 少し声を大きくして、綾香は一輝にそう言った。そして、


「えっ!? 綾香さん、一体何を言っているのですか?」


 その言葉を聞いた一輝はかなり驚いた様子でそう言った。しかし、


「えっ、私はそんなに可笑しなことを言いましたか?」


 綾香はそんなことを聞いて来た。なので、


「ええ、だって、綾香さんはその……エッチなお願い事は駄目だとそう言っていたので、まさかキスをお願いされるとは思ってもいなかったので」


 一輝はそう言った。すると、


「別にキスはそんなにエッチなことではないと私は思いますよ……それとも、一輝くんは私とはキスをしたくはないのですか?」


 綾香は少し弱気に口調になって、一輝にそんなことを聞いてきたので。


「いえ、そんなことはないです、僕としても綾香さんとキスを出来るのなら嬉しいです……でも、綾香さんはいいのですか?」


 一輝がそう質問をすると。


「いいとは、何がですか?」


 綾香はそう聞いて来た。なので、


「その、初めてキスをする相手が僕なんかで、綾香さんは本当に後悔しませんか?」


 今度は一輝が少し弱気な口調になって、綾香に対してそう質問をした。すると、


「……はい、私は絶対に後悔なんてしませんよ、寧ろ初めての相手が初恋の相手の一輝くんだと、私としてはこれ以上ないくらいに嬉しいです!!」


 綾香は笑顔でそう言った。そして、


「ただ、私はそうとしても、一輝くんからすると私が初めてのキスの相手だと嫌ですか?」


 綾香は一輝に対してそう質問をして来た。なので、


「あっ、いえ、そんなことはないです、僕も初めてのキスの相手が綾香さんだととても嬉しいです」


 一輝は慌ててそう言った。すると、


「そうですか、それなら一輝くん、今この場で私とキスをして下さい」


 綾香は改めてそう言った。しかし、


「えっ、ここでですか? その、綾香さんとキスをするのは嫌ではないと言うよりも、僕からすると、とても嬉しいお誘いなのですが、さすがにここでするのは恥ずかしくないですか? 店内にはそれなりに人が居ますし、ここでキスをしたら多分、誰かしらに僕たちのそんな姿を見られてしまいますよ」


 一輝は店内の様子を見渡してから、少し声を小さくしてそう言った。すると、


「それなら大丈夫ですよ」


 綾香はそう言って、机の脇に置かれていた大き目のメニューを手に取ると、それを通路側の自分の顔の真横に持って来て。


「こうすれば、周りの人からは私たちがなにをしているのかは分かりません、だから、一輝くんは今ここで私とキスをして下さい」


 綾香は一輝の目を見てそう言った。しかし、


「えっ、いや、でも……」


 それでも、一輝はそんな風に少し狼狽えていると。


「……やっぱり、一輝くんは私とはキスをしたくはないのですか?」


 綾香は少し悲しそうな口調でそんなことを言った。なので、


「あっ、いえ、そんなことはないです!!」


 一輝はそう言うと、彼女が持っているメニューの反対側を持って、それを支えた。すると、


「……一輝くん」


 綾香はそう言うと、意を決したように静かに目を閉じた。なので、


「……その、綾香さん行きますよ」


 一輝がそう言うと。


「ええ、来てください」


 眼を瞑ったまま、綾香はそう言った。しかし、それでも、一輝は本当に自分なんかが彼女の初めての相手でいいのかと、少し迷っていると。


「……早くしないと、他の人たちに変に思われてしまいますよ」


 目を閉じたまま、綾香は一輝の背中を押すようにそう言った。なので、


「っつ、分かっています」


 一輝はそう答えると、少しずつ自分の唇を綾香の口元へと近づいて行った。そして……


「……ん」


「……」


 二人の唇が静かに重なり、そのまま秒間、二人はその姿で固まっていた。そして、一輝がゆっくりと、彼女とのキスを終えて彼女から唇を離すと。


「……一輝くん、遂に私たちはキスをしてしまいましたね」


 綾香はそう言うと、二人の顔を隠していたメニューをゆっくりと元の場所へと戻した。なので、


「……ええ、そうですね」


 一輝は短くそう返事をした。すると、


「因みに、初めてのキスはどんな感じでしたか?」


 綾香は一輝に対してそんなことを聞いてきた。なので、


「そうですね……正直、ただお互いの唇を少し引っ付けただけなので、ネットでよく聞くような何かの味がするということは無かったです、ただ、綾香さんの唇は凄く柔らかかったです」


 一輝が顔を赤くしながらも、何とかそう答えると。


「そうですか……因みに私も一輝くんと同じような答えです」


 綾香もそう言った。ただ、冷静そうなのは口調だけで、そう口にした綾香の顔も一輝に負けず劣らず、真っ赤に染まっていた。そして、


「……でもこれで、私たちはお互いの願いを無事に叶えたので、これで晴れて私たちは仲直りですね」


 綾香は顔を赤くしたまま、一輝に照れ臭そうな笑顔を向けてそう言った。なので、


「ええ、そうですね……その、綾香さん、今回の件は本当にすみませんでした。それと、こんな情けない僕ですが、出来ればこれからも末永くよろしくお願いします」


 一輝が綾香に向けてそう謝罪し、そう自分の思いを口にすると。


「こちらこそ、一年以上も一輝くんに嘘を付いていてごめんなさい、それと私も出来れば一輝くんとは今後もずっとこんな関係で居たいので、これからもよろしくお願いします」


 綾香もそう言って、一輝に言葉を返した。


 こうして、二人は無事仲直りを終えて、元の仲のいい関係に戻ったのだった。そして……






(今のままだと、僕は綾香さんの彼氏には相応しくないな……こんな情けない僕でも好きでいてくれる綾香さんのためにも、もっと色々と努力をして僕は綾香さんの彼氏だと胸を張って言えるようにならないと)


 一輝は声には出さず、心の中で静かにそう決意したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る