第28話 彼女の甘えとお昼ご飯

 そして、綾香のそんな甘い言葉を聞いた一輝はと言うと。


「……」


 まありに破壊力のある言葉を聞いて、一輝は思わずその場で固まってしまった。すると、


「一輝くん? どうかしましたか?」


 石造のように固まってしまった一輝に向けて、綾香がそう質問をすると。


「……あっ、すみません、綾香さん、少し幻聴が聞こえてしまって頭が混乱していました」


 一輝はそんなことを言ったので。


「幻聴ですか?」


 綾香がそう質問をすると。


「ええ、そうです、その……綾香さんが自分のことをコタロウと同じように可愛がって欲しいと言っている、そんな幻聴です」


 一輝はそう言った。しかし、


「ええ、私は確かにそう言いましたよ」


 綾香は一輝の肩に自分の頭を乗せたまま、そんなことを言った。すると、


「えっ、あっ、その……」


 改めてその言葉を聞いて、一輝はなにを言っていいのか分からず、その場で暫くの間、狼狽えていたのだが。


「……その、可愛がって欲しいと言いましたが、具体的にどうして欲しいという要望はあるのですか」


 一輝はその場で固まったまま、自分の左肩に頭を乗せて寄りかかってきている綾香に向けてそう質問をした。すると、


「そうですね……それなら取りあえず、さっき一輝くんはコタロウのことを撫でてあげていたので、私のことも同じように撫でてくれませんか?」


 綾香はそんなことを言った。なので、


「えっ、いいのですか?」


 一輝は緊張した口調のままそう言うと。


「ええ、勿論いいですよ、なので一輝くん、よろしくお願いします」


 綾香はそう言ったので。


「えっと、それなら綾香さん、失礼します」


 一輝はそう言うと、少し緊張した様子で自分の右手を動かすと、自分の左肩に頭を乗せている綾香の頭に右手を持って行き、彼女の頭をゆっくりと撫で始めた。しかし、


「……あの、一輝くん、私の頭を撫でるのが少し下手になりましたか?」


 綾香はそんなことを言った。なので、


「そうですか? でも、すみません、さすがにこの体制だと綾香さんの頭を撫でるはかなり難しいので、申し訳ありませんがこれ以上、上手くはできません」


 一輝がそう答えると。


「それもそうですよね、それなら、一輝くんが私の頭を撫でやすくなるように少し体勢を変えますね」


「……え?」


 綾香はそう言うと、一輝の肩から自分の頭をどかすと、一輝の左腕にピッタリと引っ付けていた自分の右腕を一輝から離すと。


「……その、一輝くん、失礼します」


 そう言うと、綾香はなにを思ったのか、一輝の足元にゆっくりと自分の体を傾けて来て、そのまま一輝に膝枕をされるように寝転がって来た。なので、


「えっ、その、綾香さん、一体なにを!?」


 一輝は慌てた口調でそう言ったが。


「なにって、膝枕ですよ、コタロウには膝枕をしてあげるのに、彼女である私には膝枕をしてくれないのですか?」


 綾香は一輝の膝の上で仰向けに寝転がると、一輝の顔を見上げて、そんなことを聞いて来た。なので、


「いえ、その……別に構いませんが、今日の綾香さんは少し積極的すぎませんか?」


 一輝が少し狼狽えながらもそう言うと。


「……だって、今日は折角のお家デートなのに、一輝くんはずっとコタロウの相手ばかりをしていて、全然私の相手をしてくれなかったので」


 綾香は少しいじけたような口調でそんなことを言った。そして、その言葉を聞いた一輝は、


「……すみません、綾香さん、ただ、今日は初めて綾香さんの家に来て緊張していたので、コタロウの世話をして気分を紛らわせていたのです」


 自分が思っていたことを素直に綾香に告げた。すると、


「だからといって、彼女をほったらかしにしてコタロウの面倒ばかりを見ているのはさすがに酷いと思います」


 綾香は一輝に対して少しだけ不満そうな口調でそう言った。なので、


「ええ、綾香さんの言う通りだと思います、だからこれからは、少し……いえ、正直かなり緊張していますが、二人の時間を楽しみましょう」


 一輝はそう言って、自分の膝の上に仰向けで寝転んでいる彼女の頭を再び撫で始めた。すると、


「……そうですか、分かりました。それなら、一輝くんは暫くの間、今みたいに私の頭を撫で続けて下さい」


 綾香はそう言うと、一輝にそんな風に頭を撫でられて気持ちよかったのだが、そう言って静かに目を閉じた。なので、


「分かりました、綾香さんがそう望むのでしたら、これくらいのこと幾らでもしますよ」


 一輝はそう言って、暫くの時間、彼女の頭をゆっくりと撫で続けていた。


 その後、一輝に暫くの間、自分の頭を撫で続けられて綾香は満足したのか。


「ありがとうございます、一輝くん、もう大丈夫ですよ」


 そう言うと、綾香は目を開けて一輝に向けてそう言った。なので、


「分かりました」


 一輝はそう返事をすると、綾香の頭から手を離した。すると、綾香は一輝の膝から起き上がると、再び自分の腕を一輝の腕にぴったりとくっ付けると、再び一輝の肩に自分の頭を預けて、一輝の肩に寄りかかって来た。なので、


「もしかして、今日はずっとこんな感じで過ごすつもりですか?」


 一輝が綾香に向けてそう質問をすると。


「ええ、勿論そのつもりですが、一輝くんは嫌ですか?」


 綾香はそんなことを聞いて来た。なので、


「……いえ、僕は嫌ではないですよ」


 一輝が正直にそう答えると。


「ふふ、私もです、それなら暫くの間はこうしてゆっくり過ごしましょう」


 綾香はそう言うと、一輝の肩に寄りかかったまま、静かに閉じた。


「「……」」


 そして、二人は暫くの時間、春の陽気に当てられながら、話をするわけでも、なにかをするわけでもなく、肩を寄せ合って静かに過ごしていて。


 綾香の肌の温もりを直ぐ隣で感じてかなり緊張しつつも、こんな風になにもせず、恋人との時を過ごすのもそれはそれでいいなと、一輝はそう思い始めていたのだが。


 そんな一輝の目に突然まだ一切手を付けていない、皿の上に置かれているお菓子の山が写り込んで来た。


 そして、そのお菓子を見た一輝は、(そういえば今朝は緊張していて朝食を食べて来なかったから少しお腹が空いたな)と、そんなことを思っていると。


「グウ―」


「……あ」


 空腹を意識した途端、空気を読まずに一輝のお腹が音を立てて部屋の中へと響いた。すると、


「……もう、一輝くん」


 綾香は少し呆れた様子でそう言ったので。


「すみません、綾香さん、今朝は朝ご飯を食べていなかったので、少しお腹が空いてしまいました」


 一輝がそう言って謝ると。


「……そうですか、でも、そうですね。もう十二時前ですし、お昼ご飯を作るのには丁度いい時間かもしれません」


 綾香はそう言うと、一輝の肩から自分の頭を離して、そう言って立ち上がると。


「それでは、私はそろそろお昼ご飯の準備を始めようと思うのですが、一輝くんはどうしますか? 私がお昼ご飯の準備を終えるまでこの部屋で待っていますか?」


 綾香は一輝に対してそんなことを言った。しかし、


「いえ、それなら僕も綾香さんと一緒にリビングへ行きます、僕は料理はあまり出来ませんが、食器の準備を手伝うことくらいは出来ますから」


 一輝はそう言った。すると、


「そうですか、それなら一輝くんも私と一緒にリビングへ行きましょう。でも、一輝くんは私の手伝いをしなくても大丈夫ですよ。今の一輝くんは彼氏とはいえお客様なのですから、今回はリビングで私が料理を終えるのを待っていて下さいね」


 綾香はそう言ったので、一輝は渋々ながら納得して、彼女の後を付いて部屋を出て行った。


 そして、二人がリビングへと辿り着くと。


「一輝くんは何を食べたいですか? 今日は一輝くんの食べたいものを私が作ってあげますよ」


 綾香はそう言った。なので、


「いいのですか? わざわざ綾香さんが料理をしてくれるので、綾香さんの食べたいものを作ってもらっても僕は大丈夫ですよ」


 一輝はそう言った。しかし、


「いえ、今回は本当に一輝くんの食べたいものをリクエストしてもらって大丈夫ですよ、初めて食べてもらう手料理は、一輝くんに美味しいとそう思ってもらいたいので」


 綾香はそう言うと、一度言葉を切ってから。


「ただ、どうしても気になるというのでしたら、この手料理はこの前一輝くんからもらったぬいぐるみのお返しだとそう思って下さい。それなら一輝くんも遠慮せず、私に食べたいものをリクエストできますよね?」


 綾香は一輝に向けてそう言った。そして、その言葉を聞き終えた一輝は、


「分かりました、それなら、えっと……オムライスをお願いしてもいいですか?」


 綾香に向けてそんなリクエストを出すと。


「分かりました、それなら一輝くんのために愛情を込めて、飛び切りのオムライスを作らせてもらいますね!!」


 綾香はそう言うと、一輝にリクエストされたオムライスを作るためにリビングの奥へと向かって行ったので。


 一輝はリビングの長机の前に置かれている椅子に座ると綾香の言葉に甘えて、スマホでTチューブを開くと、適当な動画を見ながら彼女が料理を終えるのを待っていることにした。

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