第27話 綾香の部屋で

 そして、一輝が綾香の部屋の中へと入ると。


「……なんと言いますか、僕の予想通り、綺麗で素敵な部屋ですね」


 部屋の中を一目見て、一輝は最初にそう言った。すると、


「ありがとうございます、一輝くんにそう思ってもらえたのなら私は嬉しいです」


 綾香は笑顔を浮かべてそう言った。彼女の部屋の中は、一輝の部屋の倍はあるのではないのかと思われるほど大きく、部屋の隅にはそれぞれ、本棚や勉強机にタンスや巨大なベッドが置かれていて。


 部屋の中央には、白くて四角い机が堂々と置いてあり、机の上には、白色のノートパソコンが置いてあり、ノートパソコンの前には、彼女が座る為の座布団が引いてあった。


 そして、そんな彼女の部屋の中を一輝が見渡していると。


「ん? あれは」


 一輝が唐突にそう言うと。


「一輝くん、どうかしましたか?」


 綾香がそんなことを聞いてきたので。


「ええ、綾香さん、あのぬいぐるみなのですが」


 そう言って、一輝は彼女のベッドの上に置かれていた見覚えのある柴犬のぬいぐるみを指さしてそう言った。すると、


「あのぬいぐるみは、先週のデートで一輝くんが私にプレゼントをしてくれたぬいぐるみですよ」


 綾香は一輝に向けてそう説明をした。なので、


「ええ、それは分かるのですが、あのぬいぐるみはどうして、綾香さんのベッドの上に置いているのですか?」


 一輝が綾香に向けてそんな質問をした。すると、


「えっと、それは……」


 何故か綾香は少し頬を赤くすると、そんな風に言葉を濁した。なので、


「あっ、すみません、綾香さん、なにか言い辛い事情があるのなら、無理をして言わなくてもいいですよ」


 一輝は慌ててそう言った。しかし、


「いえ、そんなことはないです!! その、実は……」


 綾香はそう言ったので。


「実は、何ですか?」


 一輝がそう聞くと。


「……実は、あのぬいぐるみのことは一輝くんだと思って、毎晩一緒に寝ているのです!!」


 綾香は頬を真っ赤に染めながら、そんな爆弾発言をした。すると、


「あっ、えっと、その……」


 綾香のその発言を聞いて、一輝も自分の顔が赤くなっていくのを感じながらも、なんと言って言いのか分からず、そう言い淀んだ。すると、


「あっ、勘違いしないで下さい、あの子のことを本当の一輝くんだと思っているわけではないですよ!! ただ、あのぬいぐるみは一輝くんが私に送ってくれた初めてのプレゼントなので、一輝くんと同じくらいに大切にしたいと、そう思っているだけですから!!」


 綾香は早口でそんなことを言ったので。


「……ええ、そうですよね、分かっています、分かっていますから、綾香さんは少し落ち着いて下さい!!」


 一輝も早口でそんなことを言った。すると、


「……そうですよね、すみません、つい熱くなってしまいました」


 綾香は頬を赤くしたままながらも、普段通り落ち着いた口調に戻ってそう言った。なので、


「いえ、こちらこそ少し動揺してしまいました、すみません」


 一輝も顔を赤くしたまま、綾香に向けてそう言って謝ると。


「いえ、気にしないで下さい……それより、そろそろジュースとお菓子を机の上に置いてから、座って過ごしませんか?」


 綾香はそう提案して来たので。


「分かりました、そうしましょう」


 一輝はそう返事をすると、綾香はノートパソコンが置かれている机の上にお菓子の乗っている皿を入れたお盆を置いて、そのまま座布団の上に座ったので。


 一輝も綾香の真似をして、机の上にジュースとグラスを乗せたお盆を乗せて、彼女の右隣に座った。すると、


「ハッ、ハッ、八ッ」


 先程の綾香とのやりとりですっかり存在を忘れていたが、階段を昇って部屋にまで付いて来ていたコタロウはそんな声を上げながら一輝の右隣に来ると、そのまま一輝の膝の上に頭を乗せて、そのまま仰向けで一輝の膝の上に寝転がった。


 そして、そんな風に完全にリラックスした様子の自分の愛犬の姿を見た綾香は、


「ふふ、コタロウは本当に一輝くんに懐いていますね、もしかして、前からお知り合いだったのですか?」


 一輝に向けてそんな疑問を投げかけて来たので。


「いえ、僕にゴールデンレトリバーの知り合いは居ないはずなのですが」


 そう言って、一輝はコタロウの背中を撫でると。


「うわっ、凄く毛がふさふさですね」


 かなり手触りがよくて、一輝がそう言うと。


「そうでしょう、コタロウの毛はとてももふもふしていて触り心地がいいので、私も私のお母さんも暇な時はよく、今の一輝くんみたいにコタロウのことを撫でて過ごしているのですよ」


 綾香はそう言った。なので、


「その気持ちはとてもよく分かります、実際、このもふもふ感はずっと撫でていられる気がします」


 一輝はコタロウの背中を撫でながらそう言いった。すると、


「ふふっ、それならもう少しコタロウのことを撫でていてもいいですよ、コタロウも一輝くんに撫でてもらえて、とても気持ちよさそうにしていますから」


 綾香は相変わらずリラックスしている様子の自分の愛犬をの姿を見てそう言ったので。


「分かりました、それならもう少しだけ、このもふもふ感を堪能させてもらいます」


 一輝はそう言って、コタロウの背中を撫で続けることにした。






 その後、一輝は綾香の言葉に甘えて暫くの時間、コタロウの背中を優しく撫で続けていたのだが。


(……ああ、心が休まるな)


 心の内で一輝はそう思った。コタロウの背中は手触りがよくて、一輝の心が癒されているということもあるのだが。


 それ以上に、一輝は彼女の家に自分と彼女の二人だけで居るというシチュエーションに緊張していたので、コタロウと触れ合っている間は綾香とは二人きりにならないで済むので。


 男としてはかなり情けないが、一輝はこのままずっとコタロウの背中を撫でて過ごしていたいなと、そんなことを思い始めていたのだが。


 そんな、一輝の癒しの一時は直ぐに終わりを迎えることになった。


「ポフッ」


「へ?」


 そんな音と共に一輝は自分の左肩と左腕全体に突然、何かの重さとほんのりとした温かさを感じるようになった。


 なので、一輝は恐る恐る、自分の左腕の様子を見て見ると。


「……」


 そこには、一輝の左腕に自分の右腕をピッタリと引っ付けて、一輝の左肩に自分の頭を軽く乗せている、少し不機嫌そうな表情をした綾香の姿があった。なので、


「えっと、綾香さん、一体なにを……」


 かなり緊張感が滲み出た言葉遣いで、一輝が綾香にそう質問をすると。


「……コタロウのことばかりではなく、私のことも構って下さい」


 綾香は普段より少し小さく声でそんないじらしいことを言った。なので、


(ぐほっ!?)


 唐突に、彼女のそんな可愛い言葉を聞いて、一輝は不意に心に深刻なダメージを受けた。そして、


「その、すみません、綾香さん、ただ、綾香さんにコタロウのことを撫でていてもいいと、そう言われたので……」


 一輝が情けなくそんな言い訳をすると。


「それはそうですが、だからといって、彼女を放置してずっとコタロウの相手ばかりをしないで下さい」


 綾香はそんな正論を述べたので。


「それはそうですよね、すみません」


 一輝がそう言って謝ると。


「本当にそうですよ、なので、コタロウ!!」


 綾香が愛犬に向けてそう声を掛けると。


「!? ワン!!」


 突然名前を呼ばれて驚いたのか、コタロウはそんな風に元気よく鳴き声を上げると、一輝の膝から頭を退かして起き上がった。すると、


「コタロウ、貴方はもう十分一輝くんに可愛がってもらえたでしょう? だから、後の時間は空気を読んで過ごして下さいね」


 綾香は愛犬に向けて丁寧な言葉遣いでそんなことを言った。すると、


「……ワン!!」


 コタロウは綾香の言葉を聞いて分かったと言わんばかりにそう吠えると、二人の元を離れて少し足早に綾香の部屋を出て行った。


 そして、そんな綾香とコタロウのやり取りを見届けた一輝は、


「……随分と物分かりのいい犬なのですね」


 直ぐ隣にいる綾香に向けてそう言うと。


「ええ、コタロウは人の言うことをきちんと聞くようにしっかりと躾けていますから」


 一輝の肩に自分の頭を乗せたまま、綾香は一輝の疑問に対してそんな答えを返した。そして、


「それよりも、一輝くん」


 綾香はそんなことを言ったので。


「……なんでしょうか?」


 自分の左腕全体で彼女の体温を感じて、一輝は心臓が今にも破裂しそうに程に緊張している中、そう返事をすると。


「これでようやく二人きりですね、先程まではコタロウのことばかりを可愛がっていましたが、今からは私のこともコタロウと同じように可愛がって下さいね?」


 一輝の腕に自分の腕を引っ付けて、彼の肩に自分の頭を乗せたまま。


 綾香は少し甘える様な口調で、一輝にそんなことを言ったのだった。

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