第25話 コンビニで待ち合わせ

 そして、長い平日を終えて、ゴールデンウィークの初日の朝、一輝は自転車に乗って自分たちが通っている学校の近くにあるコンビニに来ていた。


 ただ、一輝がこのコンビニに来ているのは、小腹が空いたから、お菓子などを買いに来たわけではなく、ある人物とこの場所で待ち合わせをしていたのだが。


 今日の一輝はいつもより気合が入っていたせいか、約束の時間よりも30分も前にここに辿り着いていたため、一輝の約束相手は当然だが、まだこのコンビニには来ていないようだった。なので、


「……取りあえず、適当に買い物でもしながら待っていようか」


 一輝はそう呟くと、自転車にロックを掛けてコンビニへと向かった。そして、


「いらっしゃっせ」


 そんな店員のなんとも言えない挨拶に迎えられて、一輝はコンビニの中へ入った。そして、一輝は色々なお菓子が並んでいる棚に向かって行くと。


「うーん、何かお菓子を持って行った方がいいのだろうか?」


 棚に並んでいるお菓子を見ながら、一輝はそう呟いた。


 一輝はこの後、立花綾香に案内されて、彼女の家に行くことになっているのだが、いくら自分の彼女とはいえ、人様の家に遊びに行くのに何も持って行かないのも悪いと思い。


 それなら、お菓子とジュースくらいは持って行っていいのではと、一輝はそう思ったのだが。


「でも、綾香さんはどんなお菓子が好きなのだろうか?」


 一輝は棚に並んでいるお菓子を見ながらそう呟いた。


 そして、何となく彼女は甘いチョコレートが好きそうだなとか、ポテトチップスみたいなモノを食べている姿は想像できないなとか、お菓子の並んだ棚を見ながら一輝がそんなことを思っていると。


「チョンチョン」


 不意に一輝の背中をそんな風に誰かが突いてきた。なので、


「もしかして、綾香さんですか?」


 そう言って、一輝が背後を振り返ると。


「ふふっ、正解です」


 そこには一輝の予想通り、なんやかんやで付き合ってから1ヶ月ほど経つ、自分の彼女である立花綾香の姿があった。しかし、


「……」


 綾香の姿を見た途端、一輝は思わず言葉を失ってしまった。


 何故なら綾香は先週のショピングモールのデートの時に買っていた、白色のワンピースを着ていて。


 そんな彼女の姿を目の前で見た一輝は、現世に天使が舞い降りたのではないのかと、ついそんな馬鹿なことを思って。


 そんな彼女の姿に思わず見惚れてしまい、暫くの間、一輝は綾香のワンピース姿に見惚れたまま、その場で固まっていた。すると、


「……あの、一輝くん、大丈夫ですか?」


 綾香が少し心配そうな様子で、一輝にそんなことを聞いてきたので。


「えっ、あっ、すみません、えっと、その……ワンピース姿の綾香さんがあまりにも可愛すぎたので、思わず言葉を失っていました」


 一輝が正直に綾香にそう告げると。


「あっ、えっ、それは……」


 その言葉を聞いた綾香はそう言いと、顔を真っ赤に染めながら数歩後ずさりをして、一輝から少し距離を取ると。


「……もう、駄目ですよ、一輝くん、褒めてくれるのは嬉しいですが、もう少し言い方には気を付けて下さい、そんな風に言われたら私は照れてしまいます」


 真っ赤に染まった自分の頬に手を当ながら、綾香は一輝から視線を逸らしながらそんなことを言った。なので、


「えっ、あっ、そうですよね、すみません」


 一輝は冷静な感じを装って、そんなことを言ったのだが。


(いやいや、無理だって!! ワンピース姿の綾香さんって滅茶苦茶可愛いんだもん!! これでこの後、綾香さんの家で2人きりで過ごすなんて無理だって!!)


 一輝の心の内はそんな風にとてつもなく荒れていたのだった。しかし、


(いや、落ち着け、今はゴールデンウィークなんだし、綾香さんの両親も普通に家に居る筈だ……居るよな?)


 一輝は唐突に、そんな疑問が生まれたのだった。


 そして、もし綾香の両親が家に居たら、彼女の両親に自分が綾香の彼氏だと伝えるという、とんでもない壁にぶち当たることになるし。


 居ないなら居ないで、それはそれで彼女と2人きりで過ごすことになるかもしれないという、どちらにしろ、これは一輝にとって大きな問題だった。なので、


「あの……綾香さん」


 一輝が少し声を震わせながらそう言うと。


「えっ、あっ、はい、何でしょう?」


 綾香は少し慌てた様子ながらも、そう返事をしたので。


「……その、綾香さんの家には今日ご両親はいらっしゃるのですか?」


 一輝はそう質問をした。すると、


「私の両親ですか? いえ、私の両親は今日は、いえ、ゴールデンウィーク中は2人で旅行に行っているので、今は私以外の人は家には居ませんよ」


 綾香はそんなことを言ったので。


「あっ、えっと……そうですか」


 そう言って、一輝が言葉を濁すと。


「……もう、一輝くんの頭の中にはそういうことしかないのですか?」


 そんな風に慌てている一輝の姿を見て、綾香は少し落ち着きを取り戻したのか、ちょっとだけ呆れた様子でそう言った。なので、


「……すみません、綾香さん、ただ、僕も年頃の男である以上、こればかりは仕方がないのです」


 一輝が少し頭を下げながらそう言うと。


「……もう、駄目ですよ、そんな風に思う一輝くんの気持ちも分かりますが、今日は普通にお家デートを楽しむつもりなので、そういうのはまた今度にして下さい」


 綾香がそう言ったので。


「分かりました、すみません、綾香さん」


 一輝がそう言って謝ると。


「いえ、謝らないで下さい、私たちは付き合ってもう1ヶ月も経つのに、いつまでも進展がないのもよくないと私も思いますから、なので」


 綾香はそう言うと、一度言葉を切り。


「今回のお家デートでは、今までとは違って人目に付かない以上、今まで以上に一輝くんに甘えようと思っていますから、なので、一輝くんは今の内に覚悟を決めておいて下さいね」


 綾香は一輝に向けてそんなことを言った。なので、


「……分かりました、もし立花さんに甘えられても耐えられるよう、今の内にしっかりと自分に言い聞かせておきます」


 一輝がそう答えると。


「ええ、よろしくお願いします、一輝くん」


 綾香はそう言った。ただ、今回はそんなことがないようにと、事前に彼女から強く釘を刺されてしまったなと、一輝はそう思ったのだが。


 一輝としても綾香の嫌がることを無理矢理したいとは思っていなかったので、これでよかったのだと今回は納得しておくことにした。すると、


「ところで、一輝くんは色々なお菓子を見ていたようですが、もしかして、お腹が空いていたのですか?」


 綾香は一輝にそんなことを聞いてきたので。


「あっ、いえ、違います、今日は綾香さんの家にお邪魔するのに何も持って行かないのも悪いと思ったので、なにかお菓子でも持っていけたらいいなとそう思ったのです」


 一輝は正直にそう答えた。すると、


「成程、そういうことでしたか」


 綾香は納得した様子でそう言った。なので、


「ええ、なので、綾香さんは何か食べたいお菓子はありますか?」


 一輝は綾香に向けてそう質問をした。すると、


「えっ、私が決めてもいいのですか?」


 綾香は少し驚いた様子でそう言った。なので、


「ええ、勿論です、これは綾香さんへのお土産のようなモノなので、綾香さんの好きなモノを選んで下さい」


 一輝はそう言った。すると、


「そうですか、ただ、申し訳ありませんが、私はコンビニでお菓子を買ったことはないので、どのお菓子が美味しいのは正直よく分かりません。ただ、私はどちらかというと甘い食べ物が好きなので、そういったモノでなにかお勧めがあれば一輝くんが選んで下さい」


 綾香はそんなことを言った。なので、


「分かりました、えっと、それならチョコレートのお菓子を中心に選ぼうと思うのですが、それでもいいですか? 僕はお菓子の中だとチョコレート系のモノが好きなので」


 一輝が綾香にそう質問をすると。


「ええ、私もチョコレートは大好きなので、是非それでお願いします!!」


 綾香は嬉しそうにそう言ったので。


「分かりました、それならチョコレートのお菓子を中心に僕が美味しいと思うお菓子を幾つか買って行くことにしますね」


 一輝はそう言って、自分の好きなお菓子を何個か買い物かごに入れると、その後は2人分の飲み物を買おうと彼女に提案したのだが。


 綾香は自分が飲みたい飲み物はいつも家に常備していると言ったので、一輝は自分用の炭酸飲料の入ったペットボトルも買い物かごに入れて。


 その後、レジで会計を済ませると、2人はコンビニを後にした。そして、






「それじゃあ一輝くん、そろそろ私の家に行きましょうか」


 コンビニの駐輪場に止めていた、自分の自転車に乗った綾香が、同じく自分の自転車に乗っている一輝に向けてそう話しかけて来た。なので、


「ええ、分かりました。えっと、それでは綾香さん、道案内をお願いします」


 一輝は綾香に向けてそう言った。すると、


「任せて下さい、一輝くん、それでは早速ですが私の家に行きましょう」


 綾香はそう言うと、長い黒髪を風になびかせながら自転車を漕ぎ始め。


 彼女の後ろ姿を一輝は自転車に乗って追いかけ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る