第21話 名前呼びと洋服選び

 そして、そんな綾香の言葉を聞いた一輝は、一瞬何のことか分からなかったモノの、その後、直ぐにあることを思い出して。


「奥の手ってもしかして……」


 一輝がそう呟くと。


「気が付いたようですね。ただ、佐藤くんの考えが間違っている可能性もあるので一応説明させてもらいます、佐藤くんは……いえ、一輝くんは、私たちの秘密を斎藤くんに話すと決めた時、私とどんな約束をしたのか覚えていますか?」


 綾香はそう質問を投げかけて来た。そして、その言葉を聞いた一輝は、


「……ええ、勿論です、立花さんが僕のわがままを聞いてくれる代わりに、今度は僕が立花さんのわがままを叶えて上げるというモノですよね」


 自分が徐々に追い詰められていると理解しつつも、一輝は彼女の質問にそう答えた。すると、


「その通りです、佐藤くん、そして、今の私が一輝くんに叶えて欲しいわがままですが……これは勿論、言わなくても分かりますよね?」


 そう言って、綾香は一輝に王手を掛けた。そして、その言葉を聞いて、自分が完全に積んでいると悟った一輝は、


「……立花さんのことを名前で、それも呼び捨てで呼ぶことです」


 そう言って、一輝が敗北宣言を行うと。


「正解です、というわけで、よろしくお願いします、一輝くん」


 綾香は嬉しそうな笑みを浮かべて、一輝に向けてそう言った。なので、


「……分かりました、えっと、その……」


 一輝がそう言うと。


「頑張って下さい、一輝くん」


 綾香は一輝に向けてそう言った。なので、


「えっと……その、あ、綾香」


 一輝が彼女の名前をそう呼ぶと。


「はい、何でしょう、一輝くん」


 綾香は嬉しそうに口元を緩めてそう言った。なので、


「えっと……僕はいつまで立花さんのことを、その、綾香とそう呼び捨てで呼べばいいのですか?」


 一輝が綾香にそう質問をした。すると、


「勿論、私たちが恋人である限りこの先もずっとですよ」


 綾香は笑顔でそう言った。なので、


「……マジですか?」


 一輝がそう聞くと。


「ええ、マジですよ、ただ、その代わりと言っては何ですが、私もこれからは佐藤くんのことは一輝くんと、そう呼ぶので安心して下さい」


 綾香はそう言った。しかし、


「……すみません、立花さ、いえ、綾香、やっぱり直ぐに呼び捨てで呼ぶのは僕にはハードルが高すぎます。だから、せめてもの慈悲でしばらくは綾香さんとそう呼ばせてもらえませんか? その呼び方で慣れたら、今度は必ず綾香さんのことを呼び捨てで呼ぶと約束するので、どうかそれで許して下さい、お願いします」


 一輝はそう言って、綾香に頭を下げた。すると、


「……もう、仕方がないですね、分かりました、あまり無理を言って一輝くんに嫌われるのも嫌なので、今はそれで許してあげます」


 綾香はそう言って、一輝のお願いを聞いたのだった。なので、


「ありがとうございます、立花さん」


 一輝がそう言うと。


「もう、立花さんではなく、綾香さんですよ」


 綾香は一輝に向けてそう言った。なので、


「あっ、そうでしたね、すみません、綾香さん」


 一輝がそう答えると。


「いえ、最初のうちは慣れていなので、間違えるのも仕方がないと思います。ところで、一輝くん」


「何ですか、綾香さん」


 一輝がそう質問をすると。


「ふふ、呼んでみただけです」


 綾香はそう言った。なので、


「そうですか……ところで、綾香さん」


「何ですか、一輝くん」


 綾香もそう聞き返すと。


「いえ、僕もただ呼んでみただけです」


 一輝はそう答えた。すると、


「そうですか、ただ私の名前を呼ぶだけだなんて、一輝くんは少し変わっていますね」


 綾香はそんなことを言った。なので、


「そんなことを言ったら、僕と同じことをした綾香さんも、少し変わった人だということになりますよ」


 一輝は綾香に対してそうツッコミを入れた。すると、


「確かに、言われてみたらそうなりますね。ですが」


 そこまで言うと、綾香は一度言葉を切り。


「それでも、一輝くんと同じなら、私は別に変な人だと思われてもそれでも十分に幸せですよ」


 綾香は一輝に向けて笑顔を見せてそう言った。


 その後、2人は適度に会話を交えながら食事を続けた。そして、2人は食事を終えて会計を済ませると店の外へと出た。そして、






「立花さ……綾香さん、次は何処に行きましょうか?」


 まだ言い慣れていない呼び方をそう言い変えて、一輝が綾香に向けてそう質問をすると。


「私が決めてもいいのですか?」


 綾香は一輝に対してそう質問をして来たので。


「ええ、勿論です、最初は僕がゲームセンターに行くと決めたので、次は綾香さんの行きたい所に僕が付き合いますよ」


 一輝はそう言った。すると、


「そうですか……それなら私は自分のお洋服を買いに行きたいのですが、一輝くんは私の買い物に付き合ってくれますか?」


 綾香は一輝に対してそんなことを聞いて来た。なので、


「ええ、勿論です、綾香さんは美人で可愛くてスタイルもいいのできっとどんな服を着ても似合うと思いますし、僕も目の保養になるので喜んで付きあいます!!」


 一輝が力強くそう言うと。


「もう、一輝くんは相変わらず私を褒める時には大袈裟なのですから、でも、佐藤くんにそう言ってもらえるのはとても嬉しいので、私も張り切っておしゃれをしちゃいますね」


 綾香はそう言って、一輝はそんな彼女に連れられて、洋服屋へと足を運んだ。






 そして、現在、一輝は女性ものの洋服屋の試着室の前で、綾香が選んだ服に着替えているのをカーテン越しで待っているのだが。


(……ものすごく気まずい)


 一輝は心の内でそう思った。女性モノの洋服売り場なので、店内は当然、10代から20代くらいのおしゃれな服を着た女性しかおらず、それだけも一輝はかなり浮いた存在であるのだが。


 そんな一輝は現在、綾香にプレゼントをした犬のぬいぐるみを彼女から預かって、それを抱きかかえたまま、綾香の着替えが終わるのを待っていたので、一輝は時々、店内にいる女性客に見られては、なにか微笑ましいモノを見るように笑っていた。そして、一輝がそんな雰囲気に耐えていると。


「あの、一輝くん、居ますか?」


 カーテン越しから、そんな綾香の声が聞こえたので。


「えっ、あっ、はい、居ますよ」


 一輝がそう答えると。


「えっと、着替えが終わったので、カーテンを開きますね」


 綾香がそう言って、カーテンがゆっくりと開いた。そして、


「どうですか、一輝くん?」


 綾香は一輝に対してそんなことを聞いて来た。すると、


「その、凄く似合っていると思います」


 一輝はそう言った。今、綾香の来ている服は白い服の上にアイボリー色のカーディガンを羽織り、クリーム色のスカートを履いていて、相変わらず彼女は綺麗に着こなしていた。しかし、


「うーん、どうやらこの格好は、あまり一輝くんには刺さらなかったみたいですね」


 綾香はそう言うと、再びカーテンを閉めて、元の服装に戻ってからは、試着していた服を戻して。


 その後、また新しい服を持って来て試着室に入って着替えてから、一輝に見せて来たので。


「ええ、似合っていますよ」


 一輝は再びそんな感想を述べたのだが。


「……どうやら、これも違うようですね」


 一輝の反応があまり気に入らないのか、綾香は再び元の服装に戻ると、再び別の服を取りに行って、一輝にその服装を見せて来て。


 暫くの間、そんな綾香のお披露目会が続いていたのだが、


「……もしかして」


 綾香はそう呟くと、一着の服を持って試着室へと戻って行った。そして、






「一輝くん、こういうのはいかがですか?」


 そう言って、着替えを終えて試着室から出て来た綾香は、ホワイト色のシャーリングワンピースに身を包んでいて、一輝に対して遠慮がちにそう質問をした。すると、


「…………」


 先程までは、直ぐに誉め言葉を送っていた一輝だが、今回は今までとは異なり、綾香のその姿を見た途端、一輝は暫く言葉を失っていた。なので、


「一輝くん、どうかしましたか?」


 綾香が一輝に向けてそう聞くと。


「あっ、すみません立花さん、あまりの美しさについ言葉を失っていました」


 つい苗字で綾香のことを読んでしまったのだが、綾香はそれには一切、突っ込むこともなく。


「……どうやらこれが正解のようですね」


 綾香は満足そうな笑みを浮かべると、一輝には聞こえないよう小さくそう呟いた。

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