第12話 女神さまの抱擁
その後、一輝と颯太は各々10プレーム投げ終えて、1ゲームを終えたのだが。
「……」
「あの、佐藤くん元気を出して下さい、偶には調子が悪い日もありますよ」
席に付いてうな垂れている一輝に向けて、綾香は励ますようにそう声を掛けた。1ゲームを終えての結果は、颯太が164ポイントというまあまあな結果だったのに対して、一輝は98ポイントという、一輝自身のアベレージよりも大分低いポイントだった。
しかし、こんな悲惨な結果になってしまった理由はハッキリとしていて、一輝は自分のことを応援してくれている綾香にいい所を見せようと張り切り過ぎた結果、最終的には空回りをしてしまい、普段通りの力すら満足に出し切れなかったのだ。すると、
「取りあえず、一輝はジュースでも飲んで少し気分転換でもして来た方がいいと思うぞ」
そんな一輝の姿を見かねて、颯太はそうアドバイスを送ると。
「そうですね、それならついでに2人の分の飲み物も買って来ますよ、何がいいですか?」
一輝はそう言ったので。
「そうか、それなら俺はコーラを頼むよ」
颯太は遠慮なく一輝にそう言った。すると、
「分かりました、立花さんは何か飲みたいモノはありますか?」
一輝は綾香にもそう声を掛けた。なので、
「えっと、それなら、私は紅茶をお願いします……あの、佐藤くん」
「はい、何ですか?」
「その、もしよかったら、ジュースを買いに行くのに私もご一緒しましょうか?」
綾香は一輝に対して、少し遠慮がちにそう問いかけたが。
「いえ、大丈夫です、立花さんは颯太と雑談でもしながらのんびりしておいて下さい」
一輝はそう言うと2人に背を向けて、ここに来た時とは違い少し力の抜けた足取りで自動販売機がある方へと歩いて行った。
そして、一輝が2人が座っている席から離れると。
「えっと、悪いな、立花さん」
颯太が綾香にそう声を掛けて来たので。
「えっと、何がですか?」
綾香は何のことか分からず、そう聞き返すと。
「一輝のことだよ、あいつとしては、立花さんにいい所を見せようと頑張っていたみたいだけど、力が入り過ぎて、普段通りの実力すら出し切れてなかったからな。でも、普段のあいつはもう少しストライクも出せるし、今みたいに不器用で少し情けない所もあるけど、一輝は真面目で優しい、いい奴なんだ。だから、何というか、立花さんには出来ればこれくらいのことであいつのことを見捨てないでやって欲しいんだ」
颯太はそんなことを言った。すると、
「安心して下さい、佐藤くんが真面目で優しい人なのは私もよく知っていますし、少しくらい駄目なところがあっても、それはそれで可愛らしくていいなと私は思います。それに……」
「それに、何だ?」
颯太があそう聞くと。
「駄目な所があってもお互いに支え合っていくのか恋人だと、私はそう思いますから。なので、佐藤くんが大変な時は私が支えになってあげたいし、私が駄目な時は佐藤くんに支えて欲しいです。そうすれば、私たちはこれから先もずっと恋人同士でいられると私はそう思っていますから」
綾香は颯太の顔を見ると笑顔でそう言った。そして、その言葉を聞き終えた颯太は、
「……そうか、今の話を聞いて立花さんが一輝の恋人になってくれてよかったと本気でそう思うよ、今後も一輝のことをよろしく頼むな」
綾香に向けてそう言うと。
「はい、任せて下さい」
綾香はそう返事をした。すると、
「お待たせしました、ジュースを買って来ましたよ」
丁度タイミングよく、一輝がそう言って席に戻って来た。なので、
「おう、サンキューな」
颯太はそう言うと、一輝からコーラを受け取ってその分のお金を払うと、続けて綾香も同じように紅茶を受け取ってその金額を払った。
そして、一輝は席に着くと。
「それで、2人は僕が居ない間どんな話をしていたのですか?」
一輝は飲み物を口にしている2人に対してそう質問をした。すると、
「別に大した話はしてねえよ、ただ、立花さんはお前には勿体ないくらいのいい彼女だなと、改めてそう思っただけだ」
颯太はそう言ったので。
「そんなの当たり前じゃないか、立花さんの彼氏になれた人は世界一の幸せモノだと、僕自身そう思っていますから」
一輝が颯太の方を見て真剣な表情でそう答えると。
「……もう、佐藤くん、さすがにそれは言い過ぎですよ」
綾香は照れ臭そうな表情を浮かべてそう言った。なので、
「あー、はいはい、お前たちが仲良しなのは十分に伝わったからそういうのはもういいって。それより一輝、俺がコーラを飲み終えたらもう一戦、俺とボウリングで勝負するぞ」
2人にそう突っ込んだ後、颯太は一輝にそんなことを言った。すると、
「えっ、またやるのか?」
先程のゲームの記憶が蘇ったのか、颯太は少し嫌な顔をした。しかし、
「当たり前だろ、お前だってさっきの情けない結果のまま終わるのは嫌だろう? それに何より、立花さんの前だからな。二度も同じ失態を晒すんじゃないぞ」
「……分かったよ」
颯太にそう言われ、一輝は渋々その提案に同意した。
そして、少し時間が経って始まった2ゲーム目。
「よっし、ストライク!!」
相変わらず調子がいい颯太は再び最初からストライクを決めて、意気揚々と席に戻って来た。そして、
「さて一輝、次はお前の番だぞ」
「……ああ」
颯太にそう言われ、一輝は席を立ち、ボールを手に取ろうとしたのだが。
「……くっ!!」
先程の情けないゲームが蘇り、一輝は思わずボールを持つ手を止めた。たかが友達とのボウリングではあるし、そこまで意識する必要もないだろうと一輝もそう思うのだが。
それでも、恋人の前で恥をかいてしまったということが予想以上に、一輝の心にダメージを与えていたのだった。すると、
「佐藤くん」
そんな一輝の様子を綾香は心配そうな視線を向けて見ていたのだが。
「……よし!!」
何かを決意したのか、綾香は静かにそう呟くと自分の席から立ち上がり、一輝の元へ歩いて行くと。
「あの、佐藤くん」
「えっ、あっ、はい、何ですか?」
綾香に声を掛けられて、一輝はそう返事をした。すると、
「……あの、失礼します!!」
綾香はそう言うと、突然、一輝のことを正面から力強く抱きしめた。すると、
「……は?」
滅多なことでは動じない颯太だが、彼女のそんな行動を見た途端そんな間抜けな声を上げた。しかし、それ以上に驚いたのは抱き着かれた本人である一輝で、
「えっ!? あの、立花さん、何を!?」
突然の出来事に一輝はかなりパニックに陥りつつも何とかそう言った。すると、
「あの、佐藤くん、慌てる気持ちも分かりますが、なるべく落ち着いて聞いてください」
彼女はそんなことを言ったので。
「えっ……あっ、はい」
一輝は小さくそう呟いた。ただ実際は、一輝は全く落ち着けていないのだが、彼女にそう言われた以上は外面だけでも落ち着いているように取り繕った。
そして、一輝が大人しくなると、綾香は少し背伸びをして一輝の耳元に顔を近づけると。
「……あの、佐藤くんが私のために頑張ってくれるのはとても嬉しいのですが、できれば今は私や斎藤くんのことはなるべく意識せず、佐藤くんは自分のベストが出せるようにだけ意識を集中して下さい、例え点数が低くて斎藤くんには勝てなくても、私はそんなことで佐藤くんのことを嫌いにはなりませんし、佐藤くんのベストが見られたらそれだけで私は満足ですから……分かりましたか?」
「あっ、はい、分かりました」
一輝がそう返事をすると、綾香は一輝の腰に回していた自分の両手を離して、一輝から数歩離れた。
そして、綾香もとても恥ずかしかったのか、今までに見たことも無いほど顔を赤くしていたが、それでも何とか笑みを浮かべて。
「えっと……それでは頑張って下さい!! 佐藤くんなら今度こそは上手く行くと私はそう信じていますから!!」
綾香はそう言うと、自分の席へと駆け足で戻って行った。そして、一輝は高ぶっている心臓の鼓動を落ち着けるように、その場で大きくと深呼吸すると。
(ありがとうございます、立花さん)
一輝は心の内でそう言うと、静かに自分のボールを取りレーンへと向かった。そして、
(周りの人のことは気にするな、自分のベストを尽くすことだけを考えろ……よし)
先程の彼女の言葉を思い出し、一輝は心の内でそう呟くと、静かにボールを構えてから、ゆっくりとレーンに向けて歩みを進め、綺麗なフォームでボールを投げた。そして、
「凄いです佐藤くん、154ポイントですよ!!」
ゲームが終わるとスコアを見て綾香は嬉しそうにそう言った。なので、
「そうですね、150ポイントを超えたのは初めてですし、自己ベストを20ポイント近く更新できました、ただ……」
そこまで言うと、一輝は自分の1つ上に表示されている、颯太のポイントを見て。
「結局、颯太には勝つことが出来ませんでしたが」
そこには182ポイントという、1戦目より更にポイントを稼いだ颯太のスコアが表示されていた。
今回の一輝は最初からスペアを取るというかなりの調子のいい出だしで、もし颯太が途中でミスをすれば、初めてボウリングで颯太に勝てるかもしれないという勢いを感じさせるものだったが。
一輝には負けまいと颯太も張り切ったせいか、颯太もいつも以上の力を発揮して、終わってみれば30ポイント近くの差を広げられていた。しかし、
「当たり前だろ、俺はお前よりも圧倒的にボウリングをした回数が多いんだから、ここで負けたら俺のメンツが立たねえよ。でも、今回のお前は凄かったぞ、これなら立花さんも十分に満足してくれたんじゃないか?」
颯太が綾香に向けてそう言うと。
「はい!! 今回の佐藤くんは何と言いますか、目の前のゲームにだけ集中できていて、その真剣な表情が少だけかっこよかったです」
綾香は少し頬を染めながらそう言ったので。
「立花さん、ありがとうございます」
一輝がそう言うと。
「よかったな、一輝」
颯太もそう言って、今日のボウリングは終わりを迎えた。
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