第10話 約束の日曜日

 その後、数日の日付が流れ、立花綾香と遊ぶ約束をしていた日曜日。


 昼ご飯を食べ終えた一輝は、颯太と綾香と一緒に遊びに行くため、待ち合わせ場所である近所の駅へ自転車で向かった。


 そして、一輝は電車の切符を買って改札口を通って、駅へ向かうと。


「よお、一輝、一昨日ぶりだな」


 そこには、電車を待っている数人の乗客に紛れて颯太の姿があり、一輝の姿を見つけるとそう言って一輝の元へ歩いて来た。なので、


「ああ、そうだな、颯太」


 一輝もそう言って、颯太の元へ向かって行った。そして、


「立花さんはまだ来てないのか?」


 一輝が颯太に向けてそう質問をすると。


「ああ、でも集合時間も迫って来ているし、そろそろ来ると思うけどな」


 颯太はそう言った。そして、一輝がその言葉を聞き終えると。


「あっ、佐藤くん」


 一輝の背後からそんな声が聞こえた。なので、一輝は後ろを振り返ると。


「……え」


 そこには、一輝の予想通り立花綾香の姿があったのだが、その恰好を見て一輝はかなり驚いた。


 今は四月の中頃で、春になったとはいえまだまだ肌寒い日が続くので、一輝はてっきり、彼女はそれなりの厚着をしてくるのではないのかと予想していたのだが。


 一輝の目に飛び込んで来た彼は、半袖の白色のブラウスシャツを身にまとい、黒のショートパンツを履いていてロングの二―ハイソックスで長い足を覆っている。


 この季節にしては珍しく、それなりに肌を露出している割と責めた格好をしている、立花綾香の姿だった。そして、


「「「ザワザワ……」」」


 一輝以外の電車を待っていた人たちも綾香の存在に気付いたようだったが、彼女の姿を観た途端、それまで静かだった駅内が急に騒々しくなった。


 ただ、それは仕方がないことで、普通に学生服を着て学校内を歩いているだけでも、その見た目の美しさから他の生徒の目を引く彼女がそんなおしゃれをして現れれば、その場にいる人々の視線を一手に引き受けることになるのは当然のことだった。


 しかし、綾香はそんな周りの反応は一切気にすることもなく、長い黒髪を風になびかせながら、少し駆け足で一輝の元へやって来ると。


「お待たせしました佐藤くん……えっと、もしかして、少し待たせさせてしまいましたか?」


 綾香は上目遣いで一輝のことを見上げながらそんなことを聞いて来た。なので、


「あっ、いえ、そんなことはないです!! 僕も丁度今来たところですから!!」


 そんな彼女の視線に心臓をバクバクさせつつも、かなり慌てた口調で一輝がそう答えると。


「そうですか、それなら良かったです」


 彼女は満面の笑みを浮かべてそう言った。そして、


(何だこれ……可愛すぎるだろ)


 そんな彼女の笑顔を見て、一輝は思わず彼女に見惚れていると。


(ガシッツ!!)


「ぐうぅ!!」


 一輝は突然、颯太に思い切りわき腹を付かれて思わずそんな声を上げた。


 すると、颯太は一輝の耳元に顔を近づけて来て。


「馬鹿、折角立花さんがおしゃれをして来てくれたんだから、彼氏として言うべきことがあるだろ!!」


 一輝にそう耳打ちをした。そして、その言葉を聞いた一輝は我に返ると、改めて彼女の顔を見て。


「えっと、その、立花さん!!」


 一輝がそう言うと。


「はい、何ですか?」


 綾香がそう返事をしたので。


「えっと……その恰好、とても似合っていますよ」


 一輝はそう言った。しかし、一輝としてはもう少し、ちゃんとした褒め言葉を送りたかったのだが。


 彼女の可愛さで一輝の脳は殆ど動いて無く、それ以上に難しい言葉を捻り出すことは出来なかった。しかし、


「そうですか、ふふっ、ありがとうございます」


 そんな一輝の拙い褒め言葉でも満足したのか、綾香は一輝の顔を見ながら嬉しそうに微笑んで、一輝もそんな綾香の笑顔に見惚れて彼女の顔を眺めていた。


 そして二人は少しの間、お互いの顔を静かに見つめ合っていたのだが。


「んんっ!! こんにちは、立花さん!!」


 わざとらしくそう咳払いをして、颯太が綾香にそう言って挨拶をした。すると、


「あっ……その、こんにちは、斎藤くん」


 その言葉を聞いて、綾香は現実に引き戻されると同時に少し気まずそうな様子で颯太に挨拶を返した。すると、


「ごめんな、立花さん、折角のいい雰囲気を邪魔して。でも、もう電車が来ていて、このままじゃあ二人とも電車に乗り遅れそうだったからな」


 そう言われて二人が線路を見ていると、いつの間にか三人が乗る予定の電車が駅に付いていて、乗客たちが静かに電車に乗っていた。なので、


「あっ、すみません斎藤くん、少しボーとしていました。えっと佐藤くん、置いて行かれないように私たちも早く電車に乗りましょう!!」


「ええ、そうですね」


 綾香がそう言ったので、一輝もそう言葉を返して三人は電車へ乗り込んだ。


 そして、電車内はというと、休日の昼間ということもあってそれなりに混んでいたのだが。


 運よく三人が並んで座れるくらいのスペースを見つけたので、綾香、一輝、颯太という順番で並んで椅子に座り、それと同時に電車がゆっくりと動き出した。すると、


「あっ、そう言えば佐藤くん、この前約束していた写真を上げますね」


 綾香はそう言って、隣に座っている一輝に一枚の写真を手渡した。


 そして、一輝がその写真を見ていると、そこには浴槽に浸かって気持ちよさそうに目を細めている一匹の大きな犬が写っていた。そして、


「あー、確か名前はコタロウでしたっけ」


 その写真を見て、一輝がそう言うと。


「はい、そうです、覚えていてくれたのですね!!」


 綾香は嬉しそうにそう言った。すると、一輝の隣に座っていた颯太もその写真を見て。


「この犬はゴールデンレトリバーか、浴槽と比べてみても結構でかそうだな。でも、どうして一輝はこの写真を立花さんから貰ったんだ?」


 颯太はそんなことを聞いて来たのだが。


「えっと、それは……」


 理由が理由だけに、一輝は何と答えるべきか悩んでいた。すると、


「実は、佐藤くんは最初私の入浴中の写真を欲しがったのです。でも、いくら佐藤くんでも私のそういう写真を上げるのはさすがに恥ずかしかったので、代わりにコタロウの写真で佐藤くんには我慢してもらったのです」


「えっ、ちょっと、立花さん!?」


 突然、綾香がそんな言葉を口にして一輝は慌ててそう言った。すると、


「……なあ一輝、俺も男だからお前のそういう気持ちは分からなくもないし、立花さんみたいな可愛い彼女が居たら、そんな欲望が湧いてくるのも無理がないとは思うけど……お前はもう少し自重した方がいいと俺は思うぞ。そんなのだと、その内立花さんに見捨てられてしまうぞ」


 颯太は少し哀れむような視線を一輝に向けてそう言った。なので、


「いや、違うって!! そもそも、こんなことを言い出したのは立花さんの方からだし、というか、立花さんはそんなことを言って恥ずかしくはないのですか!?」


 一輝は颯太に向けて懸命に釈明しつつも、綾香にはそう突っ込みを入れた。すると、


「確かに、佐藤くん以外の人にこんな話を聞かれるのは、私としても凄く恥ずかしいです。でも」


「でも、何ですか?」


 一輝がそう聞くと。


「それ以上に佐藤くんが慌てている可愛い姿が見られて、私はとても幸せですから。なので、これからも機会があれば、佐藤くんの事をこんな風にかっていこうと思います!!」


 綾香は可愛らしい笑顔を浮かべて、そんな言葉を口にした。


 そして、その言葉を一輝が聞き終えると。


「良かったな、一輝、立花さんからとても愛されているみたいで」


 少しからかう様な口調で颯太はそんなことを言った。


 そして、そんな二人に対して一輝は、


「……もう好きにして下さい」


 少し疲れたような口調で、うだなれながらそう言った。

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