第8話 わがままと条件
「えっと、立花さんは去年僕たちと同じクラスだった、斎藤颯太という男子生徒を覚えていますか?」
一輝が綾香に向けてそう聞くと。
「ええ、勿論です、佐藤くんは去年はいつも斎藤くんと一緒に仲良さそうにお昼ご飯を食べていましたし、今年も斎藤くんは佐藤くんと同じCクラスになったのですよね」
綾香はそんなことを言ったので。
「ええ、そうですが、僕と同じクラスになったことまで知っているなんて、意外と詳しいですね」
一輝がそう言うと。
「斎藤くんは結構目立つタイプの人ですし、二年生の女子生徒たちから結構モテていますからね、だから普通にクラスメイトの方たちと会話をしているだけでも、それなりに情報が入って来るんですよ」
綾香はそんなことを言った。なので、
「まあ確かに、あいつは男の僕の目から見ても顔は結構いいですからね」
一輝がそう答えると。
「そうですね、それにいつも明るくてコミュニケーション能力も高くて運動神経も良いと、斎藤くんは結構ハイスペックですからね。ただ、その変わり勉強は少し苦手なようで授業中に偶に昼寝をしてよく先生に怒られていましたが、そういうところも可愛くて母性本能がくすぐられると一部の女子生徒から評判のようですよ」
綾香がそう言うと。
「……そうなんですね」
一輝は短くそう返事をした。
綾香が言っていることは一輝としてもよく分かるし、これを言っているのが他の女子なら、自分の友人が褒められて嬉しいと素直に思えたし。
そんなに颯太のことが好きなら、いっそのこと告白すればいいのにくらいのことを思うのだが。
何故だか、綾香が颯太のことを褒めているのを聞いているのは物凄く嫌で、彼女が颯太のことを褒める度に、一輝は少しずつ気分が悪くなっていった。すると、
「……あの、佐藤くん?」
一輝のことを少し心配していそうな口調で綾香にそう声を掛けられたので。
「えっ? あっ、はい、何ですか?」
一輝がそう返事をすると。
「えっと、どうかしたのですか? 突然黙ってしまって」
彼女にしては珍しく、少し困惑した様子で一輝にそう聞いて来た。なので、
「あ、いえ、別に何でもないですよ!!」
一輝は慌ててそう言ったのだが。
「そうですか? でも、先程の佐藤くんはいつもの優しい雰囲気と違って少し怖かったので……あっ」
そこまで言うと、綾香は一度言葉を切って。
「もしかして、私が斎藤くんのことをずっと褒めていたので、佐藤くんは斎藤くんに嫉妬したのですか?」
綾香はそう言って、一輝の心理状況を正確に言い当てた。
そして、そのことに一輝は少し驚きつつも、ここまでバレているのなら隠しても無駄だと思い。
「恥ずかしいけどその通りです、すみません立花さん、自分から話を振っておいてこんな下らないことで嫉妬してしまって」
一輝がそう言って綾香に謝ると。
「いえ、気にしないで下さい、私だって佐藤くんが私以外の女の人を今みたいに褒めていたら、きっとその女の人に嫉妬してしまいますから。だから、これはお互い様です」
綾香は一輝をフォローするようにそう言った。なので、
「立花さん、ありがとうございます」
一輝がそうお礼を言うと。
「別にいいですよ……それと、佐藤くん」
「はい、何ですか?」
「その、こういう言い方はどうかと思いますが、一般的な意見で言えば、佐藤くんより斎藤くんの方が魅力的に映る女性の方が多いと、他の女子生徒の意見を聞いていたら思いますし、多分斎藤くんは今後、佐藤くんよりも多くの女性からアプローチを受けることになると思いますが……」
そこまで言うと、綾香は一度言葉を切り。
「それでも私は斎藤くんよりも……いえ、他のどんな男性よりも佐藤くんが魅力的に見えていますし、佐藤くんと付き合えてよかったと本気でそう思っていますよ」
彼女はこういったことを言い慣れていないのか、言葉を慎重に選びながらも、一輝を安心させるようにそんなことを言った。なので、
「立花さん……その、ありがとうございます」
一輝がそうお礼を言うと。
「いえ、それで、その……佐藤くんは私と付き合えてよかったと、そう思えていますか?」
綾香は少し不安そうな口調でそんなことを聞いて来た。なので、
「ええ、勿論です!! 話をしていると少しイメージと違うなと思う時もありますが、それでも、立花さんは女神さまと呼ばれるだけあって滅茶苦茶可愛くて、付き合えた僕は世界一の幸せ者だとそう思います!!」
一輝は綾香を安心させるように力強くそう答えた。すると、
「……女神さまと呼ばれるのはあまり好きではありません、私は他の人たちと同じ普通の女子高生ですから」
綾香はそう言った。なので、
「あっ、すみません」
一輝はそう言って謝ったが。
「……でも、佐藤くんにそう思われるのは不思議と嫌ではありません、口に出されて言われるとさすがに少し恥ずかしいですが、心の内でならそう思っていてもらってもいいですよ」
綾香はそんなことを言ったので。
「……立花さん」
「……佐藤くん」
そう言って、二人は黙った。しかし、この沈黙は居心地の悪いモノではなく、寧ろ今までの二人の中で一番雰囲気がよく。
二人が正面で見つめ合っていたら、そのまま口づけを交わしそうなくらいには、今の二人の心の距離はこれまで以上に近づいていたが。
二人はスマホを挟んで会話をしているため、そういうわけにもいかず。
しかし、この雰囲気を壊したくはなく、二人は暫くの時間、黙ってこの甘酸っぱい空間に身を置いていたのだが。
(あれ、何か忘れているような……)
一輝はふとそう思った。そして、それは何だったのかなと、完全に場の雰囲気にやられている、少しふわふわとした頭の中で考えていると。
「……あ」
「えっ? 佐藤くん、どうかしましたか?」
そして一輝は遂に、今日彼女に言おうとしていた内容を思い出したのだった。なので、
「えっと、立花さん、こんな時に言うのはなんですが、僕から一つ立花さんにお願いしたいことがあるのですが、聞いて貰えますか?」
一輝がそう言うと。
「ええ、いいですよ、何ですか?」
綾香はそう言ったので。
「実は、僕と立花さんが付き合っていることを颯太に教えてあげたいのですが、教えても大丈夫ですか?」
一輝がそう言うと。
「えっ、斎藤くんにですか?」
彼女は少し複雑そうな声音でそう言った。そして、
「因みに、佐藤くんはどうして斎藤くんに私たちが付き合っていることを教えてあげたいのですか?」
綾香は一輝にそう質問をした。なので、一輝は説明を始めた。
「実は、颯太は僕が立花さんに告白することを知っていたのですが、立花さんに付き合っていることは秘密にして欲しいと言われたので、颯太には僕は立花さんに振られたと伝えたんです」
そこまで言うと、一輝は一度言葉を切り。
「ただ、そのせいで、僕が立花さんに振られて傷ついていると颯太は思っていて、最近は颯太に割と気を遣われているし、いつもまでも友人に嘘を付き続けるのも心苦しいので、立花さんの許可さえもらえたら、颯太にだけは本当のことを伝えたいのです」
一輝がそう言うと。
「成程、佐藤くんの思っていることはよく分かりましたし、その気持ちも理解できますが……」
それでも綾香は何か思うところがあるのか、直ぐには答えを出さなかった。なので、
「えっと、立花さんが僕たちの関係を秘密にしたい理由はなんとかく分かっているつもりです。立花さんは家の高校ではそれなりの有名人なので、もし僕と付き合っているとバレたら大騒ぎになる可能性があります。そして、そうなることが嫌だから、立花さんは僕たちの関係を秘密にしたいのですよね?」
一輝がそう聞くと。
「……ええ、大体そのような理由です」
綾香はそう答えた。なので、
「そうですよね、ですが安心して下さい、僕は颯太とは中学生の頃からの付き合いで、あいつのことはそれなりに分かっているつもりですが、あいつは人の秘密を簡単に喋るような、そんな薄情な男ではないです。実際、金曜日に僕が立花さんに告白したということを颯太は知っているのですが、僕が告白したという情報は一切流れていない現状を考えると、颯太はそのことは誰にも話していないと分かりますし、金曜日に立花さんが告白されたという情報も、颯太ではない誰かが流した情報だと思います。実際、僕がその噂を聞いた時、颯太は僕のことを慰めてくれましたし、あそこでそんな嘘を付ける程、あいつは器用ではないです。なので、今回だけは僕のことを信じて、僕のわがままを聞いてもらえませんか?」
一輝はそう言った。そして、そんな一輝の話を全て聞き終えた綾香は、
「佐藤くんは随分と友達思いなのですね……分かりました、佐藤くんがそこまで言うのでしたら、斎藤くんには私たちのことを全てお話してもいいですよ」
綾香はそう言ったので。
「本当ですか!! ありがとうございます!!」
一輝がそう言うと。
「別にお礼を言わなくてもいいですよ、彼氏のわがままを聞くのも彼女の務めだと私はそう思いますから。ただ、私が佐藤くんのわがままを聞く代わりに、私から一つだけ条件を付けてもいいですか?」
綾香はそんなことを聞いてきた。なので、
「条件……一体なんですか?」
一輝がそう聞くと。
「別にそんなに難しいことではないですよ、今回は私が佐藤くんのわがままを聞いてそれを叶えたので、今度は逆に佐藤くんが私のわがままを一つだけ聞いてそれを叶えて欲しいという、ただそれだけのことです」
綾香はそう言った。そして、その話を聞き終えた一輝は、
「因みに、そのわがままというのは一体どんなことを言うつもりですか?」
彼女にそう質問をすると。
「今はまだ分かりません、私は佐藤くんとの今の関係にとても満足していますし、佐藤くんにお願いしてまで叶えて欲しいことも今は特にありませんから、なので、このわがままは佐藤くんに対して何か不満が出来た時や佐藤くんにお願いしたことが出来た時、それを叶えるために使うことになると思います」
そこまで言うと、彼女は一度言葉を切り。
「これが私の出すたった一つの条件です、佐藤くんにこの条件を飲んで頂けるのなら、佐藤くんは斎藤くんに私たちの関係を全てお話してもいいですが、どうしますか?」
彼女はそう言った。そして、その言葉を聞き終えて、一輝は少しの間悩んだが。
「分かりました、立花さんならそんなに無茶なことは言わないと思うので、その条件でいいですよ」
一輝は最終的に彼女の条件を飲んで、颯太に真実を伝えられるようになったのだった。
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