第7話 佐藤一輝の日常
次の日の月曜日、佐藤一輝はいつも通り自転車で高校へと向かい。
学校へ辿り着くと、二階にある二年C組の教室へ後ろのドアから入り、入って直ぐの場所にある一番後ろの自分の席へ座った。すると、
「よう、一輝、おはよう!!」
朝から無駄に爽やかな笑顔を浮かべて、一輝の一つ前の席に座っていた
「おはよう颯太、今日も朝から無駄に元気だな」
一輝がそう挨拶を返すと。
「まあな、ただ、そういうお前は何だかいつも以上にテンションが低いな」
颯太はそう言い返して来たので。
「それに関しては、僕だけじゃなくて他の人もそうだと思うよ、何たって今日から五日間の長い学校生活が始まるからな、早く金曜日の放課後になって欲しいよ」
一輝がそう言葉を返すと。
「まあ確かに、そんなことを言うお前の気持ちも分からなくはないけど、今からそんなのじゃあ、この五日間は乗り切れないぞ、別に俺くらい元気に振る舞えとは言わないけど、学校生活でも楽しいことは幾らでもあるんだし、お前はもう少し物事を前向きにとらえた方が良いと思うぞ、楽しいと思えば案外どんなことでもそれなりに楽しめるし、逆につまらないと思ったら、どんなに好きなことでも素直に楽しめなくなるからな」
颯太はそんなことを言った。
そして、その言葉を聞いて、颯太は随分と説教臭い言い方をするなと、一輝はそう思いつつも。
「それもそうだな」
一輝はその言葉を素直に受け取った。
実際、どんなことでも割とネガティブに考えがちな一輝からしたら、何事も前向きに思って行動出来ている颯太の考え方は見習うべき所もあると、一輝は昔から思っていたし。
(それに今は学校では話しは出来ないけど、立花さんという素敵な彼女が出来たし、そんな彼女と毎晩電話で話が出来ることを思えば、自分は先週と比べて何倍も充実した人生を送れていのかもしれないな……)
一輝がふと、そんなことを思っていると。
「ねえ、知ってる? 先週の金曜日の放課後に立花さんがまた誰かに告白されたらしいよ」
一輝の近くの席に座っていたクラスメイトの女子が、自分の前の席に座っていた女子生徒に向かってそんなことを言った。
そして、こんな話題は立花綾香と同学年である一輝たちはよく耳にする、特に珍しくもない話のネタであり。
少し前までの一輝なら特に気にすることもなく、モテる人は大変だなと、軽く聞き流していた内容だったのだが。
そのタイミングで告白したのが自分であると直ぐに分かった一輝は、颯太との会話を一旦止めて、静かに二人の会話に聞き耳を立てた。すると、
「えー、そうなんだ、二年生になっても相変わらず立花さんはモテるんだね。でも、どうして立花さんが告白されたって分かったの?」
前の席に座っていた女子生徒が、話題を上げた女子生徒に向けてそう質問をした。すると、
「それがね、金曜日の放課後に立花さんが一人で体育館裏に歩いて行っているのを見たって人が居たんだって。だから一応、告白以外のことで呼ばれた可能性もあるみたいけど、立花さんの場合はほぼ間違いなく告白でしょう?」
話題を出した女子生徒はそう答えたので。
「それもそうだね、それで、結果はどうだったの?」
前の席に座っていた女子生徒はそう言って、話の続きを聞くと。
「残念だけど、その人が見たのは体育館裏に一人で行く立花さんの姿だけみたいで、誰が立花さんを呼び出したのかも、そもそも本当に告白だったのかも結局は分からなかったみたいだけど……」
そう言うと、女子生徒は一度言葉を切って。
「この感じだと去年みたいに、誰かが立花さんに告白して、その結果いつも通り振られたんじゃないかな? もし立花さんがその告白にOKして彼氏が出来たってことになったら、多分彼氏になった人がそのことを誰かに話して、今頃はその話題で持ち切りになって、どのクラスでも大騒ぎになっていると思うけど、今のところ立花さんがいるAクラスも含めて、どのクラスも平和そのものだからね」
話題を出した女子生徒は気楽な口調でそう言った。すると、
「それもそうか、でも、いいなあ立花さん、色んな男子から告白されて、私も一度くらい、あれくらいモテてみたいな」
前の席に座っていた女子生徒はそんなことを言うと。
「そうだねー」
話題を上げた女子生徒はそんな風に答えて、立花綾香の話題は終わりを迎えた。
そして、その話を黙って盗み聞きしていた一輝は、最初の方こそ一体どこまで自分たちのことがバレているのかと、かなり不安に思いながら聞いていたのだが。
自分が告白したことも、立花綾香に彼氏が出来たということも噂にはなっていないと知って、一輝は心の中で小さく安堵した。すると、
「……なあ、一輝」
何やら複雑そうな表情を浮かべた颯太が、そう話しかけて来たので。
「何だ、颯太」
一輝がそう返事をすると。
何を思ったのか颯太は一輝の耳元へと自分の顔を近づけて来た。そして、
「その……俺が言えたことじゃないけどそんなに気にするなよ、生きてりゃその内彼女くらい出来ると思うぜ」
他の生徒には聞こえない様な小声で、颯太は一輝のことを励ますようにそう言った。
そして、一輝はその言葉を聞いて、颯太にはまだ彼女への告白が成功したと伝えていないことを思い出したのだが。
立花綾香には、このことは他の人には秘密にしておいて欲しいと言われていて、一輝も一応その事は了承していたので。
「……ああ、そうだな」
一輝はそう言って、取りあえずこの場では、自分は立花綾香に振られたということにしたまま、颯太の言葉に合わせた。しかし、
(何時までも嘘を付き続けて颯太に気を遣わせるのも悪いな、今晩、立花さんに颯太にだけはこのことを伝えていいか聞いてみよう。立花さんはこのことを秘密にしたがっているし、その理由はさっきの女子たちの話を聞いて何となく分かった気がするけど、颯太なら秘密は絶対にばらさないから安心していいと、頑張って説明しよう)
颯太に対して少なからずの罪悪感を抱いた一輝は、心の中で静かにそう決意した。
その後は特に何もなく、一輝は真面目に授業を受け、昼ご飯はいつも通り、一輝は颯太と適当に雑談をしながら食べ終えて。
同学年だがクラスの違う立花綾香とは一度も顔を合わせることはなく、一輝はいつも通りの放課後を迎えた。そして……
「……よし!!」
その日の夜、晩御飯や明日の学校の準備を済ませた一輝は自分の部屋でそう呟くと、スマホの電話帳を開いて、一人の女性を選び通話画面を押した。
そして、数コールの呼び出し音が聞こえると。
「はい、もしもし」
まだ付き合い始めて四日目だが、何故かもう随分と聞きなれた気がする、立花綾香の声がスマホ越しに聞こえた。なので、
「えっと、こんばんは、立花さん」
一輝がそう挨拶をすると。
「ええ、こんばんは、佐藤くん」
綾香もそう言って、一輝に挨拶を返した。
そして、いつもなかここからは適当な雑談タイムとなるのだが、一輝は綾香に颯太のことに付いて早めに聞いておこうと思ったので。
「あの、立花さん」「えっと、佐藤くん」
一輝はそう言ったのだが、タイミングが悪く綾香と言葉が重なってしまった。すると、
「えっと……佐藤くんからどうぞ」
彼女は遠慮がちにそう言ったが。
「いえ、僕の話は後からでいいので、立花さんからどうぞ」
彼女には変な遠慮をして欲しくはないと思い、一輝もそう言った。すると、
「そうですか、それなら遠慮なく私からお話をさせてもらいますね」
綾香は一輝の好意を素直に受け取ってそう言った。そして、
「佐藤くんは、この噂を知っていますか?」
綾香はそんなことを聞いて来たが、それだけでは何のことか分からないので。
「えっと、どんな噂ですか?」
綾香にそう質問すると。
「先週の金曜日の放課後に、私が体育館裏で誰かに告白をされたという噂です」
綾香はそう言った。そして、彼女のその言葉を聞いた一輝は少し動揺しつつも。
「ええ、知っています、うちのクラスの女子生徒たちも今朝その話をしていました」
一輝は正直にそう答えた。
そして、次に彼女がどんな言葉を口にするのかと、一輝が静かに待っていると。
「あの……その噂話のことで、佐藤くんに何か迷惑が掛かっていませんか?」
綾香は少し心配そうな口調で、一輝にそんなことを聞いて来た。なので、
「いえ、別に何の迷惑も受けていませんが、どうしてですか?」
一輝が正直にそう答えると。
「その、私のクラスでは私が誰から告白されたのかも、それに対する私の答えも誰も知らなかったようなので、私は適当なことを言って誤魔化しておいたのですが。もし私に告白をした相手が佐藤くんだと皆にバレていて、そのせいで佐藤くんに何か迷惑が掛かっていたらどうしようかと、今日はずっと心配だったんです」
綾香は本当に、一輝のことを心配しているような様子でそう言った。なので、
「心配しなくても、うちのクラスでも僕が立花さんに告白したことも、その結果、僕たちが付き合う事になったことも誰も知らない様子だったので、立花さんはそんな心配をしなくても大丈夫ですよ!!」
一輝は綾香に余計な心配をかけないよう、力強くそう言った。すると、
「そうですか、それなら良かったです、私はこういったことは、もう言われ慣れているので大丈夫なのですが、佐藤くんに迷惑をかけていたらどうしようかと、今日はずっとそのことを心配していたので、佐藤くんのその言葉を聞けて安心しました」
綾香は安堵した様子でそう言った。
そして、彼女のその答えを聞いて一輝も安心したし。
タイミング的に颯太のことを伝えるのは今しかないと、一輝はそう思った。なので、
「えっと、次は僕の話を聞いてもらってもいいですか?」
一輝がそう言うと。
「ええ、どうぞ」
綾香はそう言ったので、一輝は早速、颯太のことに付いて話し始めた。
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