97億5012万4638人

「い・や・だ」



 アリアに殺してくれと頼まれた瞬間、紫苑は笑いながらそう答えた。



「なぜだ。私は罪を犯した。人を殺した。そんな私を裁かないのか?」

「誰かのために死ぬことは罪滅ぼしにならないよ」

「……知っていたのか」

「伊織から聞いたー」

「なら、分かるだろう。このままではアンリエッタ様が……」

「大丈夫。どっちも救うよ。伊織にちゃんとお願いしといたから、何とかしてくれるよ」

「救うだと? どうやってかは知らないが、さっきも言った通り私は人を殺しているんだぞ」

「なおさら、生きなきゃ。そういうのは生きて償うんだよ。死ぬなんてそんな簡単な方法で楽になろうとするのはズルだし」

「ふん、綺麗事だな。殺された人の遺族はそれで満足はしまい」

「いいんだよ、それで。どうせ、死んだって相手は納得しないし。生き返らすとかじゃないと」

「知った風な口を聞くな」

「だって、知ってるもん」

「何?」

「97億5012万4638人。今まで私が殺した人の数だよ」

「……………」



 想定外の数を聞かされ、アリアは側頭部を殴られたような衝撃を受けた。

 それは地球上の人口を超える。

 それだけの人間を大量殺戮出来るその力と精神にアリアは唖然としたのだ。



「……数えているのか? 毎回……」

「私一人じゃ無理だけどね。その辺は伊織に頼んで後で数字だけ教えてもらってる。本当は名前や顔やそのほか色々、知っておきたいことはあるけどね。でも、私そんな記憶力ないから、一応覚える努力はしたんだけどね」

「……今まで何人殺したかなんて、私はいちいち覚えてない。いままでそんな必要はなかったから」

「でも、こっちに来てから殺した人は覚えているでしょ?」

「……ああ。DDD本部を襲撃した時に警備をしていた人を3人。それからその事件の犯人がヴェスパーであると情報操作を頼んだDDD局員を1人」

「ちゃんと覚えてるじゃん。なら、大丈夫。まずはその人たちの分まで生きなきゃだね」

「本当にそれで罪が償えるのか?」

「え? 知らないけど?」

「なっ……!」



 またも想定外の答えが返ってきて、アリアは絶句した。



「言ったでしょ。遺族は何をしたって納得はしないし、許してくれるかも分からない。だからさ、私は決めてるんだ。私が殺してしまった人と同じだけ……」

「人を救うのか?」

「うんん、可愛い子を救うんだよ!」

「なんでだ!?!?」

「いやいや、だれもかれも助けるなんてヒーローのすることじゃん。私はヒーローじゃないもん。もし、助けた人が悪い人でその後に人を殺してしまうような人だった時、それはきっと私が殺したことになるって思わない?」

「なら、助ける人間を選ぶってのか? 相手が悪人かどうかも分からないのに?」

「だから、可愛い子を救うんだよ」

「…………すまない。どうしてそこに繋がるのかがいまいち分からん」

「可愛いは正義だからだよ!」

「何を言っているんだ貴様。ふざけているのか?」

「あははははは! やっぱりそんな反応になるよね。うんうん、分かる分かる。だって、今のは全部建前だもん」

「は?」



 流石のどんでん返しにもうアリアの思考はついていくことが出来ない。



「まー簡単に言うと、今言ったのは全部、他人に私がどうして生きているのかって聞かれたとき用の答えだよ」

「嘘ってことか……?」

「全部が全部嘘じゃないけどね。でも、私の中じゃ優先順位はそこまで高くないかな」

「じゃあ、貴様の価値観の中で最も上位に位置するものはなんだ」


「伊織だよ」


「この世界じゃ、伊織みたいな無能力者は1人では生きていけないんだって。だから、私が生きてないと、伊織は死んじゃう。だから、私はどんな罪を犯してでも、伊織を生かすよ」



 紫苑のその言葉を聞き、アリアの頭にはある人物の顔が思い浮かんだ。



「わ、私も……」

「ん?」

「私もアンリエッタ様には生きていていただきたい! そして、この先もずっとアンリエッタ様の助けになりたい!」



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「アリアの精神面は紫苑が何とかしてくれる、DDD側には紫苑を通して、一連の事件の犯人はヴェスパーであるとでっちあげる。あながち間違ってないしな。残す問題は、エルフヘイムの上層部をどう説得するかだな」

「あんたに出来んの? アタシの父たちを説得するなんて」

「別に難しいことなんかねぇよ。あんたらの望みはDDD崩壊ともう1個あんだろ」

「え……あ」

「“原神の遺産”。それを持って帰ってくることもあんたの任務の内だろ? で、今お前の目の前にいるのは?」

「な! てめぇ、自分が何言ってっか分かってんのか?」

「わーってるよ」



 俺は“原神の遺産”なんてものは持ってない。ただの無能力者だ。だが、まだそのことをアンリエッタには伝えていない。だから、彼女はまだ俺が“原神の遺産”の1つである“神の頭脳”を持っていると思い込んでいる。



「どんな扱いされるのか分からねぇんだぞ!?」

「なら、こっちも条件を出すだけさ」

「てめぇ、まさか……」

「そう、今回の一連の事件、その真相を取引材料とする。俺個人としてはエルフヘイムと友好関係でいてくれると助かるし、アンリエッタを殺さなければいい。その代わり、俺がエルフヘイムに協力する。当然、危険な人体実験などはいやだ。そんな事すれば、DDDに今回の情報を全て流すって脅す」

「確かにそれなら悪くなさそうだが……」

「じゃ、今度あんたの親父さんに会う前に口裏合わせをしておこう。それから、レオナ。お前は今回聞いたこと、誰にもばらすなよ?」

「分かってるっスよ! 自分もそこまでバカじゃないス。アンちゃんの迷惑がかかるようなことは絶対しないっス」

「よし、じゃあ、まぁ、とりあえず……



終わったあああああ!!!!! やっと、終わったあああ!!! 疲れたああああああ!!! アリアが怒った時マジで殺されるかと思ってビビったああああ!!!! 生きてたあああ! よかったああああああああ!!!!!!!!」



 俺はその場にバタッと倒れこみ天井を仰ぐ。

 

 そう、これで終わったんだ。尻拭いは残っているが、でもこれで少しは休めそうだ。





 アンリエッタがやってきてからの怒涛の連続事件の日々。それがようやく終結したのだった。

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