政治家暗殺事件Ⅲ

 現場保持のため、警察が来るまでの間、俺と紫苑で黒柳議員の部屋に誰も入れないように見張っていた。



「はい、はーい、通して。警察だ」



 30分ほどして警察が現場に到着した。



「ん? 君たちは?」



 現場の部屋の前に居座る俺たちを警察は訝し気に睨んできた。



「現場保持のため、中に誰も入らないように見張っていました」

「そうか。では、君たちが第一発見者か?」

「いえ、第一発見者はここの仲居さんです。今は体調が悪いようなので奥で休んでいます」

「よし、1人はその第一発見者の元へ行き、事情聴取だ。で、君たちにも話を聞きたいんだがいいかね?」

「ええ、構いません」



 とは言っても、俺たちが言えることなんてそんなにない。

 仲居さんの悲鳴を聞いて駆け付け、その後、中に誰も入っていないことを説明するだけ。



「では、不審な人物は見なかったと?」

「そうですね。俺たちがここに駆け付ける時に通った廊下には特にこれと言った人物は……」

「ええ!!! 君もしかして結城紫苑!!!!???」



 俺の声を掻き消すように1人の警官が叫び声を上げた。

 多分、紫苑のファンか何かだろう。



「まさか現場で領域の絶対者と会えるだなんて」



 その警官は恍惚とした表情をしていて、紫苑の事情聴取を全くしていない。

 仕事してください。



「おいコラ! お前は何呆けている!」



 すると、俺の事情聴取をしていた警官、伊地知警部は紫苑のファンである警官の頭を叩く。



「す、すみません。ちょっと舞い上がってしまって」

「全く……すまないな。話が逸れてしまった。それで君は怪しい人物は見ていないと」

「はい」

「そうか……。一応、この旅館内にいる者は外に出ないようにしているが、外部犯の可能性も捨てきれないな」



 俺も伊地知警部と同じ考えだ。

 あの大物政治家が被害者なんだ。衝動的殺人より、計画的殺人の方が可能性は高い。

 そうなると現段階では外部犯であると考えるのが自然だろう。

 黒柳議員の殺害が目的ならわざわざこの旅館に残っている必要はない。そのままこの旅館に残っていればすぐに捕まってしまう。

 警察が来る前に少し中を覗いたから、少しだけ情報を持っている。

 殺害方法は恐らく刺殺。背中から一刺し。それ以外の目立った外傷はなかった。

 けど、凶器はぱっと見なかった。となれば、持ち帰ったかあるいは異能力や魔法の類。

 窓は閉まっていたから、出入り出来るのはここだけ。

 仲居さんは料理を届けに来て、部屋の中に入ったと言う。その時、鍵はかかっていなかったらしい。

 この旅館の部屋の鍵は今どき珍しくアナログ式だ。

 ピッキングの技術があれば鍵が掛かっていてもいなくても関係ない。

 後は魔法の有無だな。異能力と異なり魔法は出来ることが多い。異能力は1人につき1つだが、魔法は制限がない。

 でも、異能力はともかく魔法に関してはすぐ分かるだろう。



「あの、ピュール反応はどうだったんですか?」



 捜査情報を教えてくれるとは限らないが聞くだけタダだ。だから、俺は伊地知警部に聞いてみた。



「そんなもの部外者の君に教えるわけないだろう」



 でしょうね。うん、分かっていた。

 だが……。



「伊地知警部、ピュール反応出ました! 1人分です」



 丁度、調査し終わったのか鑑識の人が大声で教えてくれた。

 それを聞いた伊地知警部は「馬鹿者……」と頭を抑えながら呟いた。

 こっちとしては嬉しい誤算だ。

 ピュール反応が出たのなら、人間である俺や紫苑は容疑者から外れる。



「ちょいちょい」



 そんなことを考えていると紫苑が俺の腕を指先で突いてきた。



「なんだ?」

「今、慌ててこの場から去ろうとした人影があったんだけど、伊織はどう思う?」



 このタイミングでか?

 考えられるとしたら、今しがた鑑識が言ったピュール反応の検出を聞いてだと思う。

 怪しさこの上ないな。



「追うぞ。行けるか?」

「2階に上がった。私が周り込むよ」

「んじゃ、俺は普通に追う」



 俺は伊地知警部に一言言って、2階へと向かう。

 人影の特徴は聞いていないが、この状況で2階にいる人物はほとんどいない。客や従業員含めてみんな1階に集まっている。

 なら……。



「いた」



 丁度、角を曲がる人影を見つけた。

 俺は走ってその後を追う。



「おい、待て」

「っ!」



 その人影は追いかけられていることに気づき、足をさらに速める。



「っち、はや! なんだあれ」



 人間のスピードじゃねぇ。



「って、あの時の獣人じゃん!」



 よくよく見ると、その人物はさっき風呂上りにぶつかった獣人の女の子だった。



「ったく、これじゃ追いつけないな」



 だから、俺は走るのを止めた。

 てか、もう俺の役割は終わっている。あの人影を目的の方向へ向かわせた時点で。



「はい、こっから先は行き止まりだよ」



 外から2階へ周り込んだ紫苑がその人影の前に立ちふさがる。



「うわ!」



 そして、突如現れた紫苑に驚いてその人影が後ろに倒れた。

 俺は歩いて紫苑の元に。



「さぁ、観念してお縄に……ってあれ?」



 紫苑がその人影、いや、獣人を捕まえようとして、止めた。



「もしかして、レオナ?」

「え……って、紫苑先輩!!!」



 どうやら、この獣人の女の子と紫苑は顔見知りの様だ。

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