政治家暗殺事件Ⅱ

 めっちゃデカい! これ本当に入っていいのか? 大丈夫? 後で怒られない?

 人が少ない旅館の為、今この温泉には俺しかいない。

 独り占めである。



「ひゃはー! ……ととと」



 勢いあまって浴槽に飛び込もうとする心を理性でストップさせる。



「確か、温泉に入る時は、体を洗ってからだったな」



 マナーがいいことで定評のある伊織君がそんなミスするはずない。

 と言うことで、体を念入りに洗ってから、温泉にダイブする。



「ひゃはー!」



 ザブンっ!



「ぷっはー! 気持ちいい!!!」



 丁度いい暖かさだ。ずっと入っていたい。

 温泉の中ぷかぷか浮かびながら一人温泉を満喫する。



「ん? あれは……」



 そんな俺の視界の端にもう1つの温泉が目に入った。



「あのぶくぶく……まさか、あれが噂に聞く泡風呂というやつか! (※違います)」



 俺はその泡が気になり、温泉を移動する。



「おぉきもてぃええ」



 泡が体に当たり中々心地がいい。ずっとここにいたい。



「あ、やべ。眠気が……」



 あまりの心地よさに睡魔が襲ってきた。だが、ここで寝るのはよくない。

 とは言え、この空間から出ることなどできるはずもない。

 ガラガラガラ。

 そんな睡魔と戦っている最中、誰かが入ってきた。



「…………」



 入ってきたのは初老の男性である。

 俺の顔を見ると、少しばかり不満げな顔をした。

 俺だっておっさんと一緒に入りたくねぇわ。……ってちょっと待って。あのおっさんどっかで見たことある。

 一瞬だけ見えた初老の男性の顔。俺はその顔に見覚えがあった。

 そうだ。政治家の黒柳議員だ。政界でその名は知らないと有名な人物だ。

 まさかの大物政治家と混浴である。

 なんでこんなとこに……そう言えば、この人のプロフィールに趣味、温泉ってあったな。

 じゃあ、これ完全にプライベートか。

 わざわざこの旅館を選んだところを見るに、あまり人目に触れたくなかったってことか。

 さっきの不満げな顔は一人きりだと思っていたからだな。

 まぁ、会ったのがここでよかった。紫苑といるところを見られていたらきっと面倒なことになっていただろう。


 というのも、黒柳議員はDDD嫌いで有名だからだ。

 彼はDDDという組織に懐疑的で、特に暗殺や戦争などの仕事をすることに強く反対している。

 DDDは異世界に関することなら何でも行う。当然、その中に人を殺すようなものも含まれている。

 その非人道的な行いを彼は問題視しているのだ。

 とは言え、DDD局員の全員がそのようなことをしているかと言えば、そうではない。

 DDD局員それぞれに仕事を選ぶ権利が与えられている。

 人殺しをしたくない人たちは一定層いる。そう言った人たちは当然、暗殺や戦争の類の依頼は受けていない。


 では、紫苑はどうなのか。

 彼女の活動方針はただ1つ。可愛いを守ること。

 紫苑が可愛いと思ったものを守る為なら彼女は手段を選ばない。もちろんその中に殺しも含まれる。

 その不誠実さから紫苑は黒柳議員に目を付けられているのだ。

 だから、この人と紫苑が顔を合わせると必ず問題が起きる。と言うか、絶対、この人は紫苑に食って掛かるだろう。紫苑は笑って流すだろうけど。

 厄介な人と同じ宿になったものだ。

 これ、泊ってる間鉢合わせしないように俺が注意しないといけないのか。面倒だな。

 どうせ有名人と鉢合わせるなら、女優とかアイドルにしてくれ頼む。そして、出来れば混浴で。


 一瞬、現実逃避をしたが、目の前に彼がいる現実に何ら変化はない。

 てか、さっきからこっちをチラチラ見てきてキツイ。

 あれ、絶対早く出ろの意だろ。ああ、分かったよ。出るよ。出ればいいんでしょ。

 あの人に喧嘩を売っても俺に何のメリットもないので大人しく従う。

 俺はそそくさと温泉から出て、着替える。



「紫苑は……まだ入ってんだろ」



 俺は誰かさんのせいで予定より早く上がったから。

 とは言え、女湯の前で待っていられるほど、俺の神経は図太くない。



「部屋に戻って待つか」



 どうやって時間潰そう。ウノって1人で遊べたっけ?

 そんなことを考えていたからか、曲がり角から出てくる人影に気づかずぶつかってしまった。



「わあ!」

「おっと」



 俺は平気だったが、相手方は相当驚いて尻もちをついていた。



「ん?」



 謝ろうと相手方の方を見る。

 茶色い髪に垂れた耳、後ろには茶色い尻尾。

 獣人の女の子か? 種族は……見た目的に犬っぽいな。

 身長は俺より低く、年齢も俺より低そうだった。



「大丈夫か?」



 俺は倒れた彼女に手を差し伸べた。



「っ!」



 すると、彼女は何を警戒したのか、俺に目もくれず一目散に逃げていった。



「なんだ?」



 え、俺なんか悪いことした? 普通に傷ついたんだが?

 獣人、特に犬の種族は鼻が利くらしい。ってことは、俺の体臭が問題? いやいやいやいや、それはないってだって今さっき温泉に入ってきたばっかだぜ? あり得ねぇよなぁ?

 では、何をそんなに慌てて逃げたのだろう。

 って考えても仕方ないか。答え合わせ出来るわけでもないし。



-------------------------------------------------------------------



「はい、ウノ! これで初勝利はいただき!」

「それはどうかな。ドロー4じゃい!」

「はぁ!? サイテー伊織サイテー!」



 夕食を堪能し終えた俺たちは日が沈んだ旅館でウノを嗜んでいた。



「しゃ! 俺の勝ち!」

「む~あのタイミングでのドロー4はズルいよ」

「何とで言え。お前じゃ、俺には勝てん」

「やっと勝てると思ったのに~」

「さぁ、俺は10連勝した。約束は覚えてるよな?」

「分かったよ~。飲み物買って来ればいいんでしょ」

「カルピスなカルピス」

「そんなに何度も言われなくても分かってるよ」



 ブーブー不満を垂れながらも、紫苑はドリンクを買いに部屋を出ようとした。

 その時だった。



「きゃあああああああああああああああ!!!!!!!!」



 若い女性の悲鳴が旅館内に響き渡った。



「どこだ!」

「下の階から!」



 俺と紫苑はその悲鳴を聞き、部屋を飛び出して声がした方へと走る。

 1階奥の部屋。その扉の前で仲居の女性がへたり込んでいた。



「大丈夫?」



 紫苑はその女性に駆け寄り、声をかける。

 俺はその間に仲居さんが入ろうとしていた部屋の中を覗き見る。



「っ! これは……!」



 そこで見たものは……。



「黒柳議員……!」



 真っ赤に染まった床に倒れる黒柳議員の死体だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る