探偵の初仕事Ⅶ

「うおーーーー! 出たーーーーー!!!」



 朱莉と樹斗の異能力を使い、俺たちは何とか地下から脱出することに成功した。



「うぅ……」

「はぁはぁ……」



 けど、能力を使いすぎたせいか、朱莉と樹斗は疲れ切っていた。



「息上がっているところ悪いが、さっさとここから逃げるぞ」

「逃げるって、ここどこですか?」

「どこって、見ればわかるだろ」

「え? ……あ、あれ? ここって」



 朱莉は周囲を見渡し、見覚えのある場所だと気付いたようだ。



「拓登のうち?」



 樹斗もここがどこか分かっているみたいだ。

 そう、俺たちが地下から出てきた場所は、まぐれなのかさっきまでいた水奈月家の中だった。



「見たところリビングだな。追手が来る前にさっさとこの家から出るぞ」



 俺は2人の手を引っ張り外に出ようとする。

 が……、



「逃がす訳ないだろう?」

「っ!」



 その声が聞こえた瞬間、俺は咄嗟に2人を廊下の方へ投げた。



「っぐ」



 直後、俺の右足を光の光線が打ち抜いた。



「え?」

「東雲さん!?」



 朱莉と樹斗は何が起きたのか分からず、混乱していた。



「クッソ、またてめぇーかよ。レーザー男」



 後ろを振り返ると、俺たちが通ってきた穴からさっきのグラサンをかけた男が出てきた。



「変な呼び方をするな。俺の名はギブソンだ」

「知らねぇよ。てめぇみたいな小物の名前なんぞ」



 足がいてぇ……。これじゃあ、あいつらを連れて逃げられねぇな。

 てか、むしろ俺が足手まといだな。



「フランさんの命令でお前たちを殺しに来た」

「っぱ、そうなるか」



 見逃してくれそうな相手には見えない。だけど、向こうは1人だけ。

 なら……。



「おい! お前ら、先に逃げてろ!」

「先にって……、東雲さんはどうするんですか!?」

「こいつを足止めする」

「何言ってるんですか!? 東雲さんは無能力者(レムナント)じゃないですか!?」

「いいんだよ。こっちには考えがあるんだ。問題ない」

「そんな……」



 朱莉は俺を心配してかどうしても逃げようとはしない。



「へぇ、お前、レムナントなのか」

「それがどうした?」

「いや、助かると思ってな。レムナントなら殺しても足は付かない」

「殺す? おめでてぇな。俺を殺せる気でいるのか」

「当然だろ。お前だって、死ぬつもりでいるんだろ? 命がけで後ろのガキ2人を守ろうってんだろう? レムナントごときに出来ることなんかそれくらいしかないだろうしな」

「自慢げに語ってるところ悪いが、死ぬつもりなんかはなっからねぇよ」



 そう、だって、俺は……。



「生きて、恩を返さなきゃいけない奴がいるんだよ」




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 小学校にあがる少し前、俺は親に捨てられた。

 学校に入学する前、子供は健康診断を受ける。その際、異能力に関する検査も受ける。

 そこで俺は無能力者だと診断された。

 その結果を聞いた後すぐ、俺はトラックに載せられ、埼玉の西部へと送られた。

 埼玉の西部は廃棄場と呼ばれ、毎日多くのゴミが送られてくる。そのゴミの中には当然、レムナントも含まれる。

 世間的には廃棄場となっているが、その実態はレムナントだけが暮らす街となっている。

 そこに住むレムナントは大量のゴミの中から食べられるものを探しながら生きている。

 いや、生きているって表現はあまり適切ではないかもしれない。

 ろくな食料はなく、病気は蔓延しており、それを治せる医者もいない。そんな環境で生き永らえられるはずもなく、そこら辺に死体が転がっている、まさに地獄のような場所。



「…………ごほごほ」



 ここに送られて3日ほどたった頃、俺もよく分からない病気にかかった。

 咳は止まらないし、頭がめちゃくちゃ痛くて、体がすごく熱いし、めまいもするしで最悪の気分だった。



「あ、いた」



 そんな時、空から気の抜けるような声がした。



「よっ、久しぶり」

「……紫苑?」



 空から飛んで来たのは隣の家に住んでいる1つ年上の幼馴染だった。



「もう、伊織探したよ」

「……探した?」

「うん、そう。伊織が急にいなくなっちゃって、おじさんとおばさんに聞いてもどこ行ったか教えてくれないし。だから、ママに聞いて、この辺にいるんと思うって言われてきたんだけど、いや~あっちこっち迷っちゃって見つけるのに時間かかっちゃった。ってことで、さ、帰ろう」

「…………」



 紫苑は手を差し伸べてくれたけど、俺はその手をすぐには取れなかった。



「…………なんで?」

「なにが?」

「俺はレムナントだって……だから、捨てられて……それで……」



 まだ小学生にもなっていない子供だった俺はレムナントがこの世界でどういう扱いを受けているのか、どういう存在なのかあまり分かっていなかった。

 けれど、病院で親と医者が話しているのを少しだけ聞いてしまった。

 生きる価値のない人間だと。いや、俺の親は人間ですらないと。そう言っていた。

 だから、俺は捨てられたのだ。



「生きていちゃダメなんだって……学校にも行けないし……仕事もダメだって……」

「?」



 俺の言っていることが理解できなかったのか紫苑は首を傾げていた。



「だから、俺は帰れないんだって」

「うん、ママに聞いた。だから、うちに来ればいいよ」

「え?」

「大丈夫大丈夫。おじさんとおばさんに会わないようにもう引っ越しの準備進めてるから」

「え、あ、いや……」

「じゃ、帰ろ」

「無理だよ……」

「え~なんで~? ここにいたいの?」

「そんなわけない!」

「じゃあ、なんで?」

「だから、言ったじゃん! 俺は生きていけないって。それに生きてたって……」



 楽しいことなんかない。こんなにつらい思いをするくらいなら死んだほうがマシだと思っていた。



「ん~もう~、伊織ごちゃごちゃうるさい。よし、決めた。伊織はずっと私と一緒にいて」

「はぁ!? 何言って……」

「これもう絶対だから」

「な、何勝手なことを!」

「だって、伊織は捨てられたんでしょ? なら、今、私が拾ったんだから、伊織は私のってことでしょ?」

「んな、めちゃくちゃな……」

「はい、じゃあそう言うことでけってー! 勝手に死んじゃうのはダメだからね」



 分からない。なんで、紫苑がここまで俺にこだわるのか。



「どうして、そこまでして、俺を連れ戻そうとするんだ?」

「なんでって、そんなの決まってんじゃん」



 その時の紫苑の笑顔はきっと忘れないだろう。



「伊織といるのが一番楽しい!」




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「悪いな。死ねない理由が俺にはあるんだよ」

「そうか。だが……」



 ギブソンは指先からレーザーを放ち、俺の右腕と左足を打ち抜く。



「その状態でお前に何が出来る」

「ホント、容赦ねぇな」



 これで両腕両足が完全に使い物にならなくなってしまった。

 這って逃げることも出来ない。



「諦めるか?」

「そうだなぁ~。これはもう諦めるしかなさそうだ」

「随分、潔いな。死なないのではなかったのか?」

「ああ、誤解させちまったか? そっちの意味じゃねぇよ」

「?」

「俺は俺一人で何とかしようとするのを諦めるんだ」

「何を言って……」



 ギブソンは俺の言っている意味が分かっていないようだ。なら、教えてやるよ。



「紫苑!!!!!!!」



 パリン!

 俺が名前を呼んだ瞬間、窓が砕け1つの影が俺とギブソンの間に割って入ってきた。



「あれ? バレてーら?」

「分かりやすすぎんだよ。家出た時から俺をつけてたのは知ってた」

「ここから選手交代ってことでいい?」

「たまには俺一人だけでって思ってたが、やっぱ無理だったわ」

「でも、私は嬉しかったよ。伊織が他の人に頼られているのを見ているのは」



 それは冗談でもなく、煽りでもなく、本心なのだろう。

 そう分かるほど今日の紫苑はいい笑顔だった。



「な! お前、領域の絶対者か!」

「嘘! あれ見て見て! 紫苑さんだよ!」

「ほ、本物だ! かっけぇー!」



 紫苑の登場に場はざわめき立っていた。



「っく! 流石に分が悪いか」



 ギブソンは勝ち目がないと判断し、逃げようとする。



「逃がす訳ないじゃん」



 だが、紫苑が手をかざすとギブソンは地面に片膝をつき、立てなくなっていた。



「うぐ……体が……重い……なら……」



 立つことを諦めたギブソンは指先を紫苑の方へ向ける。

 恐らくレーザーを放ち牽制するつもりなのだろう。

 ま、紫苑相手にそんなのは意味ないが。



「…………なに?」



 ギブソンが放ったレーザーは紫苑を避けるようにあらぬ方向へと飛んで行った。



「まだ動けるんだ。じゃあ、もっと重くするんね」

「がっ!」



 今度は片膝をつくどころでは済まず、体が地面にめり込んでいた。

 紫苑の能力。それは重力操作だ。

 かける重力の重さを自在に変えられる。また、重力の方向さえも自由に変えられる。

 さっきレーザーの軌道を変えたのは後者の技術を使ったものだ。

 自分の周囲の重力の方向を変えたり、重力を重くすることで遠距離の攻撃を完全に無効化することが出来る。

 相手自身に使えば動きを封じることが出来るし、自分自身に使えば空すら自由に飛び回れる。

 世界最強にふさわしい能力と言えよう。

 ま、紫苑が最強たる所以はこれだけじゃないんだけどな。。



「ねぇねぇ、そこの子」

「は、はい! わ、私でありますか!?」



 紫苑に声を掛けられ緊張しているのか、朱莉は変な喋り方になってた。



「救急車呼んで? あと、これ捕まえたからDDDにも連絡よろしく。私の名前出してくれれば大丈夫だから」



 連絡するのがめんどいのか、紫苑は朱莉に丸投げしていた。

 まぁ、こいつがまともに報告とか出来るとは思えないから正しい判断だと思うけどな。

 なんにしても、これで一件落着だな。

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