探偵の初仕事Ⅷ

「おぉ、すげぇ。ほんとにすぐ治った」



 病院に搬送された俺は治癒系の能力者の人にレーザーで打ち抜かれた箇所の穴を塞いでもらった。痛みももう残っていない。



「便利な能力だな。こんなの生まれた瞬間に就活成功じゃねぇか」

「ねー、人手不足だって言ってたよ」

「だろうな。こんな貴重な能力がそんなポンポンいてたまるか」

「だけど、今回は私が頼んだから、伊織を優先的に治してもらったよ」

「そりゃどうも」



 流石、DDD序列1位様だぜ。



「つーか、お前にそこまでの権限あるんだったら、クロエさんを先に直してやれよ」

「私もそのつもりだったんだけど、断られたんだよー。他の人の治療を優先してあげてって」

「ほーん」



 俺そんな考えなくスッと治療してもらっちゃったんだけど。なんだろう、この人間力の差は。



「そういや、ヴェスパーのアジトはどうなった?」

「誰もいなかった。私が出てきた瞬間に逃げたんだろうね」



 そう言って、紫苑は肩をすくめた。

 そりゃそうなるわな。



「水奈月家の連中も?」

「その人たちは、他県に逃げてたみたいでもうDDDが捕まえたって」



 案外あっさり見つかったな。これならわざわざ俺が出張る必要もなかったかもしれないな。



「あ、そうだ。はいこれ」

「…………なんだこれ?」

「何って、着替え。病衣のままじゃ帰れないでしょ?」

「うん、まぁそれは分かっているんだが、この服俺のじゃないだろ」

「だって、伊織の服がどこにあるか分からなかったから」

「いや、いい。それでお前の服を代わりに持ってきたことはいい。俺が言っているのはTシャツのデザインの話だ」

「良くない?」

「良くはない」



 紫苑から渡されたTシャツは、胸元にでかでかと『ワセリン』と書かれていた。

 なんだ、ワセリンって。ワードチョイスが微妙過ぎるんだよ。



「こんなん恥ずかしくて外歩けねぇわ」

「じゃあ、裸で帰る?」

「別の服を用意するという選択肢はないのか……?」



 結局、紫苑から渡されたクソださTシャツを着る羽目になった。

 病院内で周りからチラチラ見られてるけど、気のせいか? 自意識過剰? 恥ずかしくて死にそうなんだが。



「あ、伊織さん!」



 そんな中、俺に声をかけてきた奴がいた。



「朱莉、と樹斗か。お前ら無事だったのか」

「はい、おかげさまで。伊織さんの方は?」

「もう、治してもらった」

「ほんとー? ほんとー?」



 俺の言葉が信用できないのか、樹斗は俺の周りをちょろちょろ歩き回る。



「うっとしい。問題ないってんだから問題ない」

「そっか! じゃあ……」

「はい、そうですね」

「?」



 二人が何に納得したのか分からなかった。

 が、次の瞬間それは理解した。



「伊織さーん!」

「おにいちゃーん!」

「っおふ!」



 二人は容赦なく俺に飛びついてきた。



「うわあああああん! い゛お゛り゛さ゛ー゛ん゛」

「うええええええええええええええんんんんん!!!」



 そして、俺の胸の中で大泣きし始めた。



「なんだなんだ。どうしたどうした」

「だってぇ~だってぇ~伊織さんが死んじゃうかもって……ぐすん」

「う~う~」

「離せ、分かったから」



 俺はふ~とため息をつく。



「後、伊織さんに伝えなくちゃいけないことがあって」



 俺からは離れてくれたがまだ涙で顔がぐしゃぐしゃだった。

 けど、2人の兄弟は涙を拭って、真っすぐ俺の方を見る。



「本当にありがとうございました」

「あ、ありがとう!」



 朱莉は礼儀正しく、樹斗はたどたどしく俺に頭を下げた。



「気にすんな。俺がやりたくてやったことだ」

「あ、伊織照れてる~」

「ばっ! て、照れてねぇーし適当なこと言ってんじゃねぇぞ」

「あはははは!」



 ったくこいつは……。



「あ、れ? 紫苑、さん……?」



 あ、やべ。朱莉たちが紫苑に気づいちまった。



「しししししししししし、紫苑さん! あのあのサササササササ、サインを!!!!」

「僕も! 僕も! 握手! 握手して!」



 ここからはもう、紫苑のファンサ会となり果てていた。

 今まであった事件のことや、俺とはどういった関係なのかとか、紫苑はあれこれ質問攻めにあっていた。

 そんな様子をチラチラと横目に見ながら、俺は病院から出た。



「フランは捕まえられなかったが。これにて初仕事終了だな」



 依頼料は期待していない。と言うか、あの子たちからお金を受け取ることなんて出来ないしな。母親からならいくらでもぶんどるんだが。

 ただ、今回の依頼はそんなんじゃない。

 レムナントである俺が紫苑以外で初めて人に頼られたんだ。だからまぁ、例えただ働きだったとしても受けてただろうし。

 後は、そうだな。イメージアップと言うか知名度を上げる為って感じだな。今回の件で俺の探偵業が世間に広まればいいかなって。そんな感じ。


 6月、ジメジメした空気でべたつく季節。加えて服はクソださTシャツ。それが肌にべったり張り付いて気色が悪い。

 はずなのに、今は清々しい気分でいっぱいだった。

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