探偵の初仕事Ⅵ

「ここに入ってろ」



 俺と朱莉は地下深くの何もない密閉された部屋の中へ入れられた。

 当然、たった一つしかない入り口には外から鍵をかけられた。



「参ったな。ここじゃなんも出来ねぇ」



 電波が届かないため、電話で助けを呼ぶことも出来ず、ネットにアクセスすることも出来ない。



「……誰?」

「あ?」



 呼ばれて振り返るとそこには1人の少年がいた。

 俺たちより先に捕まりここに入れられたのだろう。



「つか、お前……」



 その少年に見覚えがあった。

 というか、今まで俺たちが必死になって探していた。



「お前、樹斗か?」

「え? なんで僕のこと知ってるの……?」

「なんでってそりゃ、そこにいるお前のねぇちゃんに探してくれって頼まれたからな」



 俺は横で倒れている朱莉の方を指さした。



「お姉ちゃん……? え!? お姉ちゃんだ!」



 倒れているのが朱莉だと気が付いた樹斗は急いで近寄り方を揺する。



「起きて! お姉ちゃん起きて!」

「ん、んん…………あれ? 私……」



 樹斗に叩き起こされた朱莉は少し寝ぼけているのかぼ~っとしながら辺りを見渡す。

 そして、弟の姿を見つけ、



「樹斗!」



 がっと抱きしめた。



「よかった……ホント、無事でよかった……」

「お、お姉ちゃん、苦しいよ……」

「ご、ごめん」



 朱莉はゆっくりと樹斗を離す。



「それより、お姉ちゃん早くここから出してよ!」

「ここから? そう言えば、ここってどこ?」

「地下だ地下。俺たちはそいつと同じで捕まったんだ」

「あ、東雲さん、いたんですね。…………え!? 捕まったってどういうことですか!?」



 気付くの遅すぎだろ。

 どう見ても監禁されてるじゃん。



「水奈月家には地下への隠し通路があったんだ。んで、俺らはこの地下にいた連中に見つかってここに連れてこられたってわけ」



 まぁ地下って言っても、今俺たちがいるのは水奈月家の真下ってわけではないっぽい。

 ここに連れてこられている間、周囲を見ていたが、アリの巣のように地下に入り組んだ通路が複数繋がっているって感じだった。地下アジトって感じだろうか。

 水奈月家もこの地下アジトに繋がる入り口の一つだったのだろう。

 フランが水奈月家に現れたのは彼らに用があったわけではなく、この地下へ入る為にたまたま水奈月家を利用したってところだと思う。



「じゃあ、早く脱出しないと!」

「分かってる。少し落ち着け」



 朱莉はおろおろと取り乱し、慌てている。



「ねぇ、お姉ちゃん、この人誰?」



 そんな姉の裾を引っ張り、樹斗は俺の方を見る。



「え、あ、この人? この人は樹斗を探すのを手伝ってくれた東雲さん。探偵なんだって」

「探偵? 探偵ってなに?」

「んーーーーー、なんでもお願い聞いてくれる人?」



 いや、違うが。

 というか、なぜに疑問形?



「そうなんだー」



 そうなんだじゃないが?

 なんでもお願い聞いてくれる人とかただの都合のいい人じゃん。何でもはしねぇぞ。

 まぁ、いちいちツッコむのも面倒なので放置しよう。

 と言うか、こんなのを相手にしている時間がない。



「ふざけてないで、さっさとこっから出るぞ。そんなに時間は残されていない」

「え? 時間がないって?」

「俺たちはよく分からん2人組に連れてこられた。けど、それはその2人の独断だろう。1人でも多くの人間が売れれば金になると思ってな。ただ、フランがこんなリスクを負うようなことは絶対にしない」

「どういうことですか?」

「フランは慎重な男だ。予定にない人間をアドリブで捕まえて、しかも本命の人間と同じ部屋に入れておくなんてあり得ない。もし、俺たちにこの部屋から簡単に脱出できる異能力があったら、樹斗と一緒に逃げられてしまうからだ」

「確かにそうですね。でも、それと時間がないって何の関係があるんですか?」

「フランならこの事実を知った瞬間、こう命令するだろう。今捕まえてきた人間を殺せ、と」

「それって……つまり、私たち、殺されちゃうってこと……?」

「そうだ」

「やばいじゃないですか!?」

「そう、やばい」

「でもでも、どうやってここから逃げれば……」

「お前たちの異能力を使う」

「僕たちの?」

「あ、分かった。私の能力で入り口のドアを小さくするんですね」

「アホか。どうせ入り口には見張りがいる。俺たちでそいつらを倒して逃げるのは現実的じゃない」

「じゃあ、どうやって?」

「その前に、朱莉の異能力の詳細を把握しておきたい。能力の上限や制限はあるか?」

「私の物を小さくする能力は生物以外なら大丈夫です。後、小さくできる物の大きさは8㎥が限度です」



 8㎥か。なら、問題ないな。



「おけ。じゃあ、ここから穴を掘って脱出するか」

「穴? このコンクリート壁どころか土を掘るなんてこと出来るんですか?」

「そうだな……まず、お前」



 俺は樹斗を指さす。



「僕?」

「人差し指の先っちょくらいの大きさの空間の穴は出せるか?」

「大きくは無理だけど、小さい穴くらいならできるよ。ほら」



 そう言って、樹斗は右人差し指の先の空間に小さな穴を作る。



「でも、こんな小さな穴に何を入れるの?」

「そこの壁」

「え? 何言っているの? こんな大きな壁この大きさじゃ入らないよ?」

「いいからやってみろ」

「う、うん」



 樹斗は唯一の出入り口がある扉とは逆の方向にある壁に指を置く。

 しかし、何も起きない。



「ほら、やっぱり無理だよ」

「じゃあ、ちょっと指離してみろ」

「だーかーらー無理だって……あ、あれ?」



 ぱっと指を離した時、樹斗は気が付いた。



「壁に小さな穴が空いてる?」



 それはついさっき樹斗が作った空間の穴と同じサイズのものだった。



「どういうことですか? 樹斗の能力は別空間に物の出し入れをするだけのはずですけど」

「これは空間系能力に共通しているんだが、空間の穴より大きいものを無理やり入れようとするとこんな感じに穴開くんだよ」



 これと同じことを人間にすると、容易に殺せる。

 その殺傷能力の高さと応用出来る幅の広さが能力者狩りに狙われる要因になっている。



「でも、こんな小さな穴じゃ僕たち通れないよ?」

「いや、それでいい。とりあえず、縦横2メートルくらい線を引く感じで壁を削ってみてくれ」



 樹斗は俺の指示通り、空間の穴を使い壁を削っていく。

 高く届かないところは俺が持ち上げてやってもらう。



「出来たけど、この後どうするの?」

「次は朱莉だ。この線を引いて区切った部分の壁を小さくしてみてくれ」

「壁全体じゃなくて、この一部分だけってことですよね? こうやって区切られてたら私の能力でも小さくできるかもです」



 そう言って、朱莉が壁に手を置くと、壁の一部分だけ縮小していき、人が通れるだけの大きな穴が出来た。



「出来た!」

「よし、このまま少しづつ穴掘ってって外に出るぞ」

「…………」

「? どうした、樹斗」



 朱莉の能力でこの先の土を小さくしていくには、今みたいに樹斗の能力で縮小範囲を区切ってやる必要がある。

 だが、樹斗は何故か自分の手をぼーっと眺めていた。



「僕の能力にこんな使い方があったんだ……。ただの荷物持ちしかできないって思ってたのに」



 どうやら、樹斗は自分の能力を過小評価していたらしい。



「異能力ってのは使い方や解釈次第でいくらでものびる。自分にはこれしかないって固定概念は捨てるべきだな。そんなのは自分の才能を殺すことになる」

「じゃあ、僕でもDDDに入れるかな?」

「DDD? 入りてぇのか?」

「うん。僕、紫苑さんみたいになりたいんだ」



 こいつも紫苑ファンかよ。大人気だな。



「可能性はなくはない。空間系能力は貴重だしな」

「ホント!」

「だが、一つだけ言っておく。お前の能力は容易に人を殺すことが出来る。それだけは忘れるな」



 子供だが、……いや子供だからこそ釘を刺しておく。

 俺のせいで犯罪者とかになっちまったら洒落にならないからな。




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「子供2人が紛れ込んできたから、捕まえたのですか」



 地下アジトの1室。

 そこには仰々しい椅子に腰かけたフランの姿があった。



「はい。水奈月の家にいまして。捕えて、例のガキがいる部屋に放り込んでおきました」



 そう答えたのはサングラスをかけた男、ギブソンだった。



「そうですか。では、あなた、こちらへ」



 フランはギブソンを自分の近くへ来るよう促す。



「はい、何でしょう」

「愚か者」



 そして、近づいてきたギブソンをデコピンで吹き飛ばした。



「う……あぁ……」



 フランの一撃が相当効いたのか、ギブソンは小さく声を漏らしたまま、起き上がることが出来ずにいた。

 その様子を見ていた他の部下たちは冷や汗をかきながら怯えていた。



「その捕えた者たちがここから逃げだせる異能力を持っていたら、どうするのです? 少しは頭を使いなさい」



 フランは自分の部下の無能さに呆れ、ため息をついた。



「責任をもって、今すぐ殺してきなさい」



 ギブソンは頭から血を流しながら、ゆっくりと起き上がる。



「は、はい、承知いたしました」



 そして、そのまま足を引きずり伊織たちのいる部屋へと向かう。



「大丈夫ですか? ギブソンさん」



 フランの部屋を出たところで部下の一人がギブソンに声をかける。



「んな訳ないだろ。死にかけたわ」

「今治します」



 その部下がギブソンの傷口に手をかざすと、淡い光と共にその傷がどんどん治っていく。



「わりぃな。フランさんに褒められると思ったのに、ミスしちまったな」

「あまりお気になさらずに」

「いいさ、さっきのガキども殺してチャラにする」

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