第4話

昼休みの図書室は明るかったので、室内照明の蛍光灯を消したままで十分本が読めるほどであったが、開架の本が傷まないようにブラインドを下げて日光の直射を制限してあった。


何とか市史とか、何とか町史とかいう名前の行政が作成した自治体市を、たいていの高校の図書館は一冊くらい置いているものである。私たちはこの街の市史を奥の郷土資料関係図書の棚に見出して、「通史編」「諸史編」「続通史編」の重たそうに分厚い三冊の中から「諸史編」を選び出した。


昭和後期の発刊のこの本は露出した紙の面がうすぼけた茶色に焼けていたが、だれも手に取らないと見えて表紙も中身もきれいだった。閲覧机ですぐさま目次から「軍事」を引いてそのページを開いた友人は、どうやら以前にも市史を読んだことがあるらしかった。

“頼母子山防空監視哨 太平洋戦争開戦に伴い米軍による日本の各都市への航空爆撃が実行されたため、昭和18年ごろ頼母子山新堀(にいぼり)に防空監視哨が設置され、当市の在郷軍人2名が常駐した。”

「新堀っていうと、やっぱりあの辺だね」私は株式会社善隣の地図をくって頼母子山のあたりを探し出していた。


「そうだね、地図、には載ってないんだ。あの時計台。」地図は新堀あたりの山中の時計台のあるらしき場所が四角く括られていたが、そこに文字や記号による表示は見当たらなかった。友人は検討をつけかねた顔つきで地図に向き合う。「地図に載ってないのか、あの時計台は誰が管理してるのかな、私は市が管理してるのかと思ってたけれど、それなら善隣の地図には何か載っていると思うし、まさか個人所有の時計台なのかな」「やっぱり、日本軍の施設の遺構が、壊されないで残っているんじゃない?」「でもあの時計台まだ動いてるんだよ。誰かが管理してるんだよ。毎日五時に鐘が鳴るし」


そうなのだ、あの時計台は毎日17時にゴーン、ゴーンという間延びした、西洋風な風情の鐘の音で市民に時刻を知らせているのだ。「それに、ほら、日本軍は関係ないんじゃないかな、防空監視哨って、櫓が一つあるだけみたいだし。」確かに友人が示した市史のページには、高い櫓と、小さな小屋と、その前に並んだ2人の軍人だけが写っている。時計台の立っている場所は学校のグラウンドほどの広さがあるが、櫓の立っている写真の場所はそこまでの広さがあるようには見えない。


「防空監視哨って、あの時計台じゃないの?」「写真が載ってないから、わからないけれど空を監視してるだけならあんなに大きな建物は必要ないんじゃないの?」確かに時計台は小さな教会くらいの大きさがある。学校に似ているような、何か集会所のような、駅舎のような建物だが、そのどれでもない形をしている。地図と市史で調べてみたが、よくわからないという結果になって私も少し気味が悪くなってきた。どうしてあのわけのわからない建物をこの街の人間はいつまでも残しておくのだろう。

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