第47話 二人だけと鰯174匹(潤目鰯含む) 【優】

 やばい、ドキドキしてきた。


 なんだよこれ?


 完全にデートじゃん。


 いや、普通に買い物に行くだけなんだけどさ、一樹と二人っきりでさ、かなり緊張してる。


 「どうしたの?」


 わあ、急に声かけんな!


 ビビったなあ。


 「い、いや、ほら、一樹と一緒だなあって……」


 何を言ってるんだ、あたしは!


 すると一樹は笑って、


 「いつも家にいるじゃん、泊ってるときもあるしさ」


 まあ、そうだよ。


 そりゃあそうだわ。


 妙に強がりみたいなものが出るんだけど、いや、こうして、二人で知らない町を歩いてるっていうシュチュがさ、なんだろうなあ、もう、Maxって感じなんだ。


 時折、風に乗って潮の香とかしてきてさ、空の色だって、いつもと違うから、なんだろうなあ、より一樹が浮き彫りになって、こう、グッと、いやググっと来るんだよなあ。


 って思わず、横にいる一樹を見てしまうんだよ。


 すっごい近くなんだ。


 まあ、あたしの方が背が高いからさ、一花とは違う位置関係になるんだけど、でも、一花の場所を取ってしまったみたいで、どこから来るかわからないけど、謎の達成感と、今日、この時、この瞬間を作ってくれた一花に感謝と、やっぱり、どこかで親友を裏切っているっていう罪悪感が私の心を四方八方に転がしまわっているんだよな。


 あ、横に一樹がいる。


 こいつ、本当にかっこいいって感じはしないんだよな。


 一花の話によると、お父さんは超イケメンで、お母さんは美人だったって話だけど、一樹って、どっちにも似てなくて、どこか線が細くて、色白で、目なんか大きくて、髪の毛サラサラで、耳なんてかぶりつきたくなるくらい可愛くて、総じて言う、やっぱりあたしの好み、あたしは好きだ。声もとっても好き。ずっと聞いていたくなる。


 そうなんだよな、あの日のキスの事件以来、こいつの声を聴いてると、頭がポーッとするんだよ。


 なんだろうなあ、あたしだけかな? って思って、一花はどうだろうって、気にしてはいるんだけど、普通なんだよ。


 今、私たちは、食材の買い出しに来てる。


 つまり買い物ってわけだ。一樹と一緒って事だ。


 あ、お金は払わないから、正確にはちがうな、タダで食材をもらうんだよ。


 で、まあ、近所のスーパーとかコンビニとかじゃなくてさ、バスと電車を乗り継いで、わざわざやって来るんだよ。


 今日は一花はいないんだよな、いつもは一緒だけどさ、今日はカウンセリングがあるとかで、朝から出かけてる。


 で、あたしと一樹は今、小さな駅で電車を降りて、今は峠の道を歩いているところ。


 この小高い丘を越えると、小さな漁港が見えてくる。


 ここ、一樹のおじさんがいるんだよ。


 漁師ではないけど、漁港に務めている。漁業組合的ななにからしくて、一樹の家だか、あたしたちの住んでいるところえ、電車で2時間くらい。


 たまに、呼ばれて来るんだよ。


 魚とかもらえるの。


 それもすごい量。


 で、それは一樹の美味しい料理になって食卓を飾るってわけだ。


 一樹って、何作っても旨いんだ。


 魚より肉の好きな私であるが、でも、一樹の作る魚料理何でも食べるぜ。


 一樹の作る料理って不思議なんだよ。


 あたし、好き嫌いは結構ある方だって自覚はあったんだけど、どんどん、その好き嫌いがなくなってゆくんだよ。


 きゅうりとか人参とか、三つ葉とか、割とダメだったんだけど、一樹は「食べなくてもいいよ」とか言ってくれるけど、やっぱ作ってくれた人に悪いじゃん。


 一樹って、そういうの気にかけなさそうだけど、でも、でも悪いから我慢するけど、その我慢がいらないっていうか、不思議と抵抗なく食べられるんだよな。


 なんて考えてると、急に一樹があたしの手を取るんだよ。


 え? 何? なに?


 すごい強い力で、いつもはなよってしてる一樹がさ、一気にあたしを自分に引き寄せるんだ。


 強引だけど、優しいぞ。うん、手も腕も肩も痛くない。


 思わず、引っ張り込まれて、一樹の体に、胸のあたりにあたって、あ、一樹、割と筋肉あるな……、じゃなくて、抱き寄せる、って形にhならないけど、近い形になるんだよ。


 もう、頭、パーン!!ってなりそうだった、その一樹が、


 「ゴメン、今、バイクが優の傍、割と近い距離で通ったからさ」


 とか言うんだよ。


 言うんだけど、言うけどさ……。


 あたしの心情はそれどころじゃなくて、どこかの爺さんがカブで走り去る、そんな危ない運転じゃなくてさ、


 今、この瞬間、つないでしまった手を、一樹の手を、どうするかって事なんだ。


 どうしよう?


 ほんとうに、どうしよう?


 はあ、どうしようかな……。


 あたしから手、離せないよ。


 そのまま体は離れて、また一樹と歩き出す。


 うん?


 手、離れてないぞ。


 あれ?


 「あぶないから、手をつないでおくよ、女の子の優にさ、何かあったら、一花に怒られる」


 そうだよ、あたし、あぶなっかしいもん。


 うれしいよー!!


 「そ、そうだよな、一花もいないし、二人っきりだしな」


 思わず言ってしまう。


 ホント、これじゃあ、浮気じゃん、ヤバいじゃん。倫理とか理性とか、やっぱり、一花なんだけど、一樹ってあたしの事、絶対い好きだよな。


 って、頭の中でリフレインが叫んでるんだよ、ホントに、どうしよう????


 「あの、俺がいるの忘れてないか?」


 翔の声に、途端に現実に引き戻される。


 ああ、そうだった。いたのすっかり忘れてた。


 変な事、思い出させんな。


 もう一回、一樹と二人っきりって妄想を作り上げないと。


 ああ、もうすぐ漁港に着いちゃう。


 魚、何匹もらえるかなあ…‥


 ほんと、余計なところで口を出すなよな、まったく。

 

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