第44話 無事安全は確保されました 【泰人】

 特別な存在……。


 そんなものを意識したのっていつ頃だろうか?


 意識っていうか、そう、見たって感じかな?


 例えばさ、小学校の頃、先生って特別な存在に見えなかったかな?


 俺の場合は、幼稚園の先生は特別に見えたな、いい匂いしたし。


 でも、こうしてさ、いい大人になると、今まで特別な人物、立場って、そうでも無いって感じることが多いんだよな。


 ふつー、っていうか当たり前。


 まあ、あの時の俺は幼かったよ。


 何を特別視していたんだろ?


 そう思い直す事って多い。つまりさ、特別なもんなんて、大人になればそんなに無いなって思うのが常なんだ。


 でもさ、そうでもなかったって、最近思い知らされたんだよ。


 あれはヤバいだろ?


 人ならざるものとか、妖怪とか、どういった人外ってわけじゃないんだ。


 きっと俺は進化した人間というものを目の当たりにしたんだって、わかったぜ。


 実は、俺は最近、この地区の【早期未成年婚】の二名を警備対象として守ったんだよ。


 この区画にいる警官とか、本署で暇してる奴とか総動員してな。


 で、まあ、何日か警備して、危険水域を出たって判断してさ、安全を確保したって判断で、その警戒網は解かれたわけなんだ。


 で、こっから俺の仕事な訳でさ、つまりデスクワーク。


 書類作りに入るんだよ。


 簡単に言うとな、仕事って、成果を残す事ばかりが仕事じゃないんだよ。


 結果ってさ、いい事も悪い事もあるんだよ。


 だから、その行きつく先の、いわゆる点を見てるだけじゃあ、ダメなんだよ。どうしてそうなったか、どんな道程を辿って、どれだけの人員を動員して、どんな環境でその時間的な条件とかな、そんなものを残して、過去の資料にするんだ。


 それは、今後、全く同じじゃなくても、なんか箇所かの相違点を眺めるための結構重要な資料になるんだよ。


 でな、今回は『早期未成年婚者』、つまり警備対象者への聞き込みだ。


 対応は妻、奥様の方が担当してくれた。


 いや、本当に参ったよ。


 だってさ、年代物の古民家の玄関の戸を開いたら、そこに女神がいたんだぜ。


 高校生って思って完全に気を抜いていたが、あれは女神だね。間違いない。


 だって、アフロディーテな笑顔を向けて、


 「この度はありがとうございました」


 なんて言うんだよ。


 胸を貫かれる感覚ってのかな? ズッキューン的な?


 曲がり角曲がったら、食パン加えた女の子とぶつかる方が、。まだ現実的だって思えたね


 きっと、この奥さん、人として、生まれてここまでの年齢なんて、俺の半分くらいだろ?


 この奥さん前に、全てが無価値とはいわないけど、でも、どう考えても、その頃の俺って何してたっけ? 確か異性と付き合うなんてフィクション程度に考えていたなあ、それでも女子と付き合ってる友達は何人かいて、女子はともかく同じ歳なのに、そんなことができる男子って、大人だよなあ、って考えてもいた。


 だから、当時の俺なんて、きっとガキみたいなもんだったろうって、そう思う。


 でもさ、当時はそれなりに楽しかったし、今、こうして現在の自分がいるのだって、くだらないなりに通ってきた、自分にしかわからない価値があったからに他ならない。


 まあ、俺は俺で良い。


 いいけどさ、


 でもさ、人ってここまで完成されるものかって、びっくりしたぜ。


 本当に何が違うんだろう?


 確かには見えてないけど、雰囲気だから、彼女から発しているのは、人としての完全体が出すオーラなのかもしれないな。


 俺は平凡で常識的な一般市民だが、警察官だけど、それを含めて一般市民な訳だけど、何が違うかって、やっぱりこの歳で、早期未成年婚に踏み込めるっていう新人類の迸る生命力を知ったね、って感じで納得はしておく。


 きっと、それほど長い時間じゃないけどさ、ちょっと、その一花さんに見惚れてしまった。


 で、その時にさ、いいなあ、結婚も、なんて漠然と考えてしまう、そこに感情を落とし込む状態を俺は知っている。


 一応、これでも監督官だからな、その辺については前もって勉強してるぜ。


 確か、『アフロディーテの渦輪)』だったか?


 政府主導の結婚参加計画、そのシンクタンク。変な宗教も関わってるらしいが、ほどんどを経済、衛生、生活のスペシャリストで作られた機関【cradle】。


 その組織の中で、学生結婚を推奨するチーム【BWS】。


 そして、その中心人物である、Dr.桜川律子。


 彼女が提唱する、拡散、伝染する発情思念『アフロディーテの渦輪)』。


 今、俺はそれにやられている。


 そういえば、その桜川氏も、この町に出向して彼らのような早期未成年婚者に対して手厚くサポートしている。


 いや、ちがうな、彼女はそんな奥ゆかしい人物ではない。


 もっと自身の研究に貪欲で、時に手段を選ばないと言われいて、注意勧告を受けている。


 もしかすると、ここに投入された、警察官、俺を含む全てが彼女にとっての被験体なのかもしれない。


 「どうされました?」


 一花さんの声で俺は、それほど長くもない考察から、現実に引き戻される。


 「いえ、ちょっと考え事を」


 と、答えてから、これで最後の質問になるが、と発する言葉を整えて、


 「最後に、外からの侵入者に関しての危険はありませんでしたが、このように大きな家です、すでに侵入していた可能性もあり、その最大予想潜伏期間から数日経っていますので、ここも安心でしょう」


 つまり、ここの家への出入りはなかった。また警戒前に、ここに潜伏しても、その待機時間は人が行える時間はとうの昔に過ぎているということだ。


 もちろん、専門家によって、須藤家の内情見聞は完了している。異常なしだ。


 「はあ」


 というちょっと気の抜けた返事も、どこか色っぽい。これじゃあ教師もやられるなあ、と思いつつも、俺自身の鼻の下の距離が気になった。


 そして、俺は訪ねる。いつものように、この答えを訪ねて、全てが完了となる。


 「警戒中に、なにか家の中で、奥さんと旦那さん以外の気配みたいなものを感じませんでしたか?」


 ない、という答えを期待する俺に反して、意外にも彼女は考えはじめる。


 え? あったの?


 彼女は言うのだ。


 「いえ、ここ、古い家でしょ? ですから、そういうのはしょっ中あるんですよ、背後に誰か立っている感じとか、いやですね」


 と言って数藤一花は微笑む。


 いやあ、そういうのじゃないから、怖い話はやめて、ちょっとそういうのは期待してないし、苦手だから…‥。


 どなたもいらっしゃいませんよね?


 そう思いつつ、玄関の天井付近を見つめる俺の目に、煤けた梁の影の一部が、落武者に見えたのって、気のせいだよね?


  


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