第38話 早期未成年婚者安全警備システム【泰人】

 警視庁生活安全部青少年育成課分室早期婚姻関係者安全相談室所属、向島泰人。


 それがこの俺だ。


 現在、この地方都市の一組の夫婦の安全がおびやかされていると、急遽、付近のパトロールを強化したところだ。


 従来なら、このような住民からの要請については、地域科、つまり各分署で対応するのであるが、この早期未成年婚の関係者については、こうして本庁の刑事である俺が出向いて行うというのが通例になっている。


 とは言っても、まだ事例の少ない案件でもある。


 もちろん、指揮陣頭は本領、そして実際に動くのは所轄の警官ということになっている。


 地域密着型の、いわゆるお巡りさんの方が、土地勘とかあるからな、この辺は妥当だと思ってるよ。


 「あ、ご苦労様で、どうも、今回はよろしくお願いします」


 ああ、びっくりした。


 所轄のベテラン刑事さんの団体さんだ。


 簡単な配置図と、計画書は送っておいたが、急に、細かなことを聞いてきたからびっくりした。


よくさ、テレビドラマとか、刑事ドラマっての? 


そんな物語の中で、本庁から出向して 来て刑事がブイブイいわす、みたいな設定あるじゃない。


 あれ、絶対にないから、嘘だから。


 地域の安全を守る、地元に根付いた所轄の警察の皆さんの協力なくして、事件の解決、もしくは防犯なんてないから。


 しかも、俺みたいあ若造がさ、一応、組織図上とはいえ、職歴どころか人生の大先輩の上にいるとかありえないから。


 本当に、この辺って学歴社会ってのの弊害だよな。


 弊害側の俺が言うのもなんだけど、社会を歪めている原因の一つだと俺は思ってるね、


 「あ、副署長さん、ちわっす」


 あの人、叩き上げな人なんだよな。もっと上の方狙えたのに、本庁からの誘いを断って、現状の階級にこだわって、確か来年定年の筈だけど、この地域社会に生涯を捧げてるて人。


 もう、普通の視線すら怖いよなあ、あの眼光、空いてるんだか閉じてるんだかって線みたいな目から、殺人ビームみたいな視線飛ばしてくるんだ。怖ええ…‥


 ガッチリむっちりの筋質な体に頬の傷って、本庁でも有名だよ。


 確か、この地元で起こった割と大きな事件の時に犯人を取り押さえる時についた傷だって話。


 相手は、ライフルとサバイバルナイフで武装してたらしいんだけど、丸腰で行ったらしいって、もっぱらな噂だ。


 これだって、本庁からの発砲の許可が出なかったから、その間に人質の子供が危ないって、つっこんて言ったって話。


 まあ、結局さ、本庁の刑事って言っても、まあ、サラリーマンと変わらない訳で、現場でギリギリのところでやってる所轄のベテランの皆さんの邪魔にならないようにやって行くのが俺の心情な訳。


 まあ、いるんだよなあ、本庁だからさ、必殺机上の空論なお偉い人たちがさ、確かに無茶なんだいを言ってくるんだよな。


 だから俺の仕事ってのは、そこに板挟みに合う事でもあるんだよ。


 ほら、そんな事を考えている間に、もう、警戒網は完成されてる。


 さすが所轄のみんさん。


 今回は、余剰人員だけを確保しつつ、従来の所轄の業務の邪魔をしないように、緩やかな地域警戒網を展開することだから。


 それでも、ここの所轄の手の空いた人間、交番勤務のお巡りさんを含めると、それなりの数がいる。


 主警備点を中心に、日を見て警戒網を狭めて行こうとは思う。


 なにより、一番最悪の事態になると、考えた上で、もし、正体不明の存在が、不明な理由により行動を起こすとしたら、接触のあった日から、今日までが最大値になる。だから、我々の警戒網に引っかかる人物の中に、今回の逮捕対象ということになる。


 なにより、この対象者が、過去の事件の被疑者になる可能性が高い。


 殺人罪において時効はない。


 まして、かつての犯行をおこなったものは、『快楽殺人者』という、この国でも類を見ない分類が行われている。


 これだけのベテラン刑事が、地元密着の所轄の先輩様方が捕まえられなかった相手。


 地域に密着しているからこそ、なのかもしれない、と、頭の切れる俺の先輩は言っていたがな。


 やっかいな事件だよ。


 それにしても、ここ、割と首都に近い地方都市でも、地中電線化ってのが進んでいるんだなあ…‥。


 おかげで隠れるところがないのはいいことだけど、俺もこうして、誰かの家の、塀の角あたりに待機して、どっからでも見え見えになってるのは、犯人にとっても警官にとっても不便なところだな。


 そんなどうでもいいことを考えている俺に、するするとミニパトが近づいてくる。


 そして、窓から、


 「夜食です」


 とアンパンと、低脂肪乳の紙パックを渡される。


 「ゴミは後ほど回収に来ます」


 っていう婦人警官に、


 「お、お、おう」


 って変な声で返事をしてしまう。


 まあ、俺自体は私服姿なんだけど、ミニパト婦人警官から、夜食を渡された時点で警官ってバレてしまうけど、まあ、防犯って意味合いではいいのかもだけど、ちょっと緊張感が揺らいでしまう。


 それにしても、そっか。


 やっぱ、張り込みの時には、あんぱんと牛乳ってのが定番なんだな。


 バランスはともかく、栄養価は高そうである。


 さて、何事もなければいいが。


 俺は、 今回の警備対象者達の住宅。この現代において、まるで時代錯誤もさらに突き抜けたような、文化遺産的な、旧家お屋敷。


 その台所から立ち上る、ああ、鯖とか焼いてるのかな? それに菜葉の味噌汁とか最高だよなあ、若妻って感じだ。


 そんな事を考えながら俺は俺の夕飯を食す。


 焼き魚の匂いをいただきながら、口の中にはアンパンの味がして、いいなあ、と思う俺は、だだ今嫁さん募集中の28歳、誰かいい人いないかなあ、と、出会いの無い職場に、そういえば独身者多いや、なんて改めて思い出して、夜の凍える風に一つ身震いをしていたんだ。

 



 


 

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