第2話 生徒達

「おい、シュン!! 君がシュンだな!?」

「え?」


 意識が戻ったのはなぜか学校の教室だった。ハスキーな声が僕を現実に引き戻すかのように響く。この状況に驚嘆しつつ周囲を見渡せば、見知らぬクラスメイトらしき人物達もいる。皆、僕と同じ黒の学ランを着用していた。

 

 そんな中、僕は一番後ろの席に着席していた。と言っても、この教室には僕を含め5人しか座っていない。正面には、ふわりとした金髪を持つ男の子、そして右斜めには読書をしている青髪の眼鏡の男の人。左側には机の上で突っ伏して寝ている真っ赤な髪の毛が印象的なパンクロックバンドを彷彿させるような男の子がいた。そして右隣の人には見覚えがあった。左の前髪だけが長めの紫髪な男の人。なぜか頬杖をつき、どことも知れず宙を見つめ、ぶすくれているようだ。


「だから、君がシュンなのか、と我は問いておる!」

「はっ、はい! 僕がシュンです!」


 ふいに大声が降りかかった。その声の勢いに吊られて、僕も大きく声を上げた。椅子に座ったまま見上げると、背が高く細くて綺麗な女性がいつの間にか目前に佇んでいた。右目元にはほくろがあり、その整った顔を際立たせている。年齢は20代前半辺りだろうか。前髪は斜めに綺麗に切り揃えられ、髪をきゅっと頭上で結んでいる。銀髪色の軽やかなポニーテールだ。細身の黒いスキニーパンツに黒のロングスーツを着用し、両耳には大きなシルバーリングのピアスをぶら下げている。エキゾチックな雰囲気だ。僕はその女性が醸し出す重い圧のような雰囲気に飲まれ、思わず姿勢を正した。


「ふむ、この写真と顔も一致しているな。17歳。身長172センチ、やせ型、黒髪、黒目、名簿と特徴も同じだ。よし。君はどうやら棒術を学んでいるようだな。どんなが出るか楽しみだ!」

ごう……?」


 なぜか僕の顔写真が貼ってある名簿を手に持っている。それに様々な個人情報が駄々もれだ。もしかしてこの女性は僕の、いや、このクラスの担任なのだろうか。けれど何かがおかしい。今のこの状況が僕には全く分からない。その時、その女性が僕の隣に座る男性へ声を荒げた。


「おい、イザミ!! この子は君が連れてきたんだろう? しっかり面倒を見るんだな!」

 

 そう荒々しく言うと、その教師らしい女性はそのまま教室を出て行ってしまった。

 

「ちっ、百道びゃくどうめ……。めんどくせっ」


 その後すぐに舌打ちが教室中に響いた。僕の隣に座るその紫髪の男の人が発したものだった。なぜか僕の面倒をなすりつけられたその男の人は、未だに頬杖をついたま、気だるそうに椅子へ座り込んでいる。心なしか、目も据わっている。学ランの下にグレーのパーカーを着て、制服もかなり気崩している。その風格からか圧を感じ、僕にとってはあまり近付きたいくない部類の人間だった。だが、今は彼だけが僕の頼りだ。この空間においては、僕は彼しか知らない。それにこの状況の説明も聞きたい。勇気を出して口を開いてみることにした。


「あの……僕、あなたと会ったことありますよね……?」

「はぁ?」


 その男の人は明らかに怪訝な顔で僕へ振り向いた。しかもかなり面倒くさそうだ。眉間にしわを寄せ、切れ長の瞳が僕を睨む。その表情から嫌悪感が丸見えだった。僕は思わず尻込みをしたが、どうにか続けた。


「なぜここにいるか分からないんですが……」

「何言ってんだ? 俺があの時、死にかけのお前の願いを叶えてやったんだからな?」

「願い……? 死にかけ……?」


 僕は必死に脳内の記憶を過去へ辿らせ、蘇らせた。そしてようやく僕が死にかけたあの時のことを思い出した。そうだ、僕は学校帰り、車にはねられた、はずだった。


「あっ……」

「やっと思い出したか?」


 あの女性からイザミと言われたその男の人は、僕と会話することさえ明らかに面倒くさそうだ。


「思い出しました……、けど……、この状況は一体どういうことでしょうか……? 僕、あの時動けないぐらい大怪我してたと思うんですけど……」

「だーかーらっ! お前が死神になりてーって言ってたから、連れてきたんだよ! この死神学園の百道びゃくどうクラスにな!! それで怪我もチャラになってんだよ!」

「死神、学園……?」

「ああ、だからお前は俺の代わりにしっかり勉強してこの役目を勤める未来を得られた! 良かったな!!」

「え……?」


 ほぼ投げやりに大声で僕へそう伝えると、もうこれ以上会話をしたくないのか、そっぽを向くように反対側へ顔を向けた。


「ねぇイザミ君、その辺にして置いてあげたら~? 困ってるでしょ~? ねぇシュン君?」


 この張り詰めた空気を和ませる緩やかな声が届いた。この状況を全く飲み込めない僕に、目の前に座る男の子が振り向いたのだ。優しく声を掛けてくれ、にっこりと微笑んでいる。首には大きめのロケットペンダントをぶら下げていた。誰かの写真でも入っているのだろうか。喋り方も、少しウェーブのかかった金髪の横髪さえ優しく揺れているようだった。少しイエローがかかった瞳で暖かな笑みと共に、僕に心地よさを与えてくれていた。とても清らかな雰囲気だ。


「クニ、お前に言われたくねぇ。俺の好き勝手にさせろ。俺が見つけてきたんだからな」

「それはそうだけど、もうちょっと説明してあげたら? 仕方ないからボクが代わりに説明してあげるね~。とっても親切にね!」

「はぁ……」


 困惑気味の僕の前で、優しく微笑むクニと呼ばれた、愛くるしい童顔な男の子。金髪のせいか、取り巻く空気さえ眩しく感じられた。その近くでは「めんどくせっ」と言いながらまた顔を背けるイザミ君。そんな不穏な空気に流されつつも、とにかくこの不可思議な状況の話を聞くことにした。


「シュン君、君はね、彼、イザミ君に願いを叶えてもらったんだよ~。君は死神になりたいとあの時、言ったんだよね?」


 さっきイザミ君が言ってた事と全く変わらないのは気のせいだろうか。


「そんなこと言ってないです……」

「ん? どういうことかな~? イザミ君?」


 にっこりと微笑むクニ君は、頬杖をついたままそのまま首を右へ傾げた。


「はぁ!? お前言ってただろ!? 死にかけのお前は、懇願するように死神になりてーって! 俺は確かに言ったのを聞いたぞ!!」

「いえ、あの時僕が言ったのは『死にたくない』です……」

「何言ってんだ!? お前は言った、しどろもどろだったが、確実に言った! 『死神になりたい』ってな!!」

「これはどうことかな~?」


 クニ君がまた更に首を傾げながら微笑んだ。イザミ君と僕との発言が全く嚙み合わない時、近くから低い声が届いた。それはとても早口だった。


「どうかされたのですか?」


 僕の右斜め前の席で、ずっと本を読みながら座っていた男の人が、眼鏡をくいっと持ち上げながら機敏な動作で振り向いた。青みのかかった髪色を持つ男の子だった。


「ああ、ロチア君、二人の意見が食い違っていてね。ボク困ってるんだよ~。どうすれば解決出来ると思う?」

「そんなこと私にはイージーですよ。ログを辿ればすぐに分かります」


 クニ君の質問に、ロチアと呼ばれたこの真面目そうな男の人は、とにかく喋るのが早いみたいだ。それに動きもかなり速い。喋ったのが速かったのか、行動が速かったのか分からない程だ。学ランのポケットからスマホをすぐ様手に取り、手慣れた手つきで操作したかと思うと、僕達へ見せやすいように差し出してくれた。3人一緒にその画面へ視線を寄せた。そこにはなぜか見覚えのある景色が画面全体に広がっていた。


「ああ、そうか、最近搭載された機能か。スマホで見れるんだったな。忘れてた」

「流石ロチア君だね、頼りになるよ~」


 紫髪と金髪の二人からそう言われたロチアと言われた男の人は、得意気に早々と「当たり前のことです」と一言添えた。


 その画面に映し出されたのは動画だった。「死にかけの後ですね」と平然と言いながらロチア君は指で操作し、そこまで早送りを始めた。


「これは……、一体……」


 僕は思わず声が漏れ出てしまった。画面上に映し出される映像を見て固唾を飲む。明らかにあの時の映像だった。あの時の風景だ。僕がトラックに引かれてしまった時の。どこかの防犯カメラの映像なのだろうか。それともどこかの衛星をハッキングでもしているのだろうか。その映像を見つめていると、次々にあの時の記憶が蘇ってくる。まるで走馬灯のようだった。あの時、なぜ僕はこうなってしまったのか。それは――。


「この辺りですね」


 ロチア君がある場面でスマホ画面を静止させた。僕が映っていた。アスファルトの上に仰向けに横たわる姿だ。そしてその灰色の地へ、目を塞ぎたくなる程に流れ出す血液。それを直視した僕は胸がうずき、思わず口に手を当てた。他の3人は表情一つ変えずにその画面を見つめている。画面の中の僕は今にも息絶えそうだ。だがその時、見覚えのある男性の背中が映し出された。今目の前にいる、黒の学ラン姿のイザミ君だ。周囲の様子から彼の姿はなぜか誰からも見えていないような気がした。そんな画面の中の彼は僕の顔を覗き込むように腰を下げた。その時だ。僕が何かを喋った。


「おいロチア、もっと音声でかくしろ」


 よく聞こえなかったせいか、イザミ君がロチア君へ催促した。彼はすかさずスマホの音量ボタンを操作し、音声を上げていく。そして10秒ほど巻き戻し、また再度僕の言葉を拾った。


『しに……た……い』


 スマホから教室中にその一言が響いた。


「これはどういうことかな~??」


 またにっこりと微笑み、首を更に45度傾けるクニ君。ロチア君はまた巻き戻し何度も僕の音声を流し始めた。


「何度聞いても、シュン様は『死にたい』と言っていますね」


 無表情で躊躇なくそう断言したロチア君。認めたくはないが、僕は確実にそう言っていた。


「はぁ!? おめぇ、このログおかしくねぇか!? 誰か改ざんでもしてんじゃねぇか!?」


 何度もリピートされる僕の発する言葉にイザミ君が物申してきたその時だった。


「ああ! うるせえ!!」


 僕の左横の席でずっと机の上に突っ伏して寝ていた、真っ赤な髪の男の子が急に顔を上げ、叫んだ。


「きさんっ、さっきからおりんが寝ちょーのにぎゃーぎゃーうるせぇっちゃ!! 全然寝れんっちゃき! おめぇらくらすぞっ!!」


 今まで聞いたこともない奇っ怪な言語だった。その時、彼の顔を初めて見た。唇には丸いピアスを一つ付け、両耳にも数えきれない程のピアスをしていた。赤い瞳も燃える様に鋭く、目の周りも真っ黒で、パンクバンドがするようなメイクを施している。爪先も黒のネイルを塗り、素肌に学ランを羽織り、胸筋まで露わになっている。この17年間、ここまで奇抜な人物とは出会ったことはない。


「ごめんね~、スサオ君。ちょっと立て込んでてさ。君の意見も良かったら聞かせてよ。この転入生のシュン君とイザミ君の意見が食い違っててね~」

「そんなのログ見て、終わりやん! ログを改ざん出来るもんなんてこの世にはおらんちゃき! それぐらいお前らだって知っちょるやろ!」

「ええ、そうですね。スサオ様のおっしゃる通りです。このログは正真正銘のもの。ですので、シュン様のおっしゃっている言葉は事実ですね」


 事実。それは僕が『死にたい』と言っているということ。


「ぼ、僕は、あの時もう体力的に喋るのがほとんどまともに出来なくて、しどろもどろでこんな風に聞こえるだけなんです! 僕、本当は『死にたくない』と言ったつもりだったんです!」

 

 必死に僕にとっての事実を伝えてみたけれど、実際喋っている言葉がその事実と異なるのだから、この訴えが通るのか僕にも自信がなかった。


「ですが、実際、ログに残っている言葉がこれですからね。ということはシュン様も、イザミ様もどちらの意見も違うと言う結果になりましたね。なので、どちらの言い分も通らないということです」


 眼鏡をくいっと持ち上げながら、ロチア君が簡潔にその結果を伝えた。


「けれどさ、イザミ君。どこからどう聞くと『死神になりたい』って聞こえちゃったわけ? もう相変わらずイザミ君ったら天然だな~。カワイイ~」


 ふふふ、と笑って軽く毒を吐くクニ君。そこは僕も心底同意見だった。


「ど、どこからどう聞いてもそう聞こえるだろ!?」


 みんな急に黙り込んだ。クニ君の笑いを堪える音だけが教室へ響いた気がした。


「おい、誰か何か答えろよ!?」


 顔をほのかに赤く染めて、必死に訴えるイザミ君。僕にも少し可愛く見えてしまったのは気のせいだろうか。


 その時だ。教室の引き戸が勢いよく開いた。先程のスレンダーな女性教師が颯爽と入室してきたのだ。黒のパンツロングスーツの上から、先程は着用していなかった黒のフード付きローブを被っていた。今から外出でもするのだろうか。彼女はそのまま教壇へ立つと、両手をバンっと勢いよくついた。


「さぁ! 実戦だ! 我、百道びゃくどうのクラス、この5人チームの初実習だ!」

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