24
王族の朝食が終わると、今度は城で暮らしている貴族たちの番となる。
身分の優劣で全てが決まっているとまでは言わないけれど、どうせなら全部一緒にまとめてしまった方が楽なのに、と半分が食べ残されたプレートを手に、頭を下げて部屋を退室しながら思っていた。
「あら、それで最後?」
「分からないけど、たぶん」
通りかかったジルは両方の手に高く重ねた食器類を載せたプレートを持っていた。少し歩くとカチャカチャと音が鳴るのだが、落としてしまう不安はないのだろうか。
「それにしてもあんた、上手いことおヒル様に取り入ったのね。いくら人手が足りてないからって、あんたみたいな非力でとろそうな小娘を侍女として雇うだなんて、そうそうないことよ?」
最初ジルに「ここで侍女として働くことになった」と言うと「またまた、そんな嘘ついて」と信じてもらえなかった。けれど、すぐに使わなくなったお古の制服を手に侍女長ヒルデガルトが現れ、それをチェルに手渡したことで、ようやく認めてもらえた。それもわざわざ侍女長がその時に、
「彼女のこと、頼みましたから」
とジルに言ったものだから、二度どころか三度以上の驚きを持って、チェルの侍女配属は受け止められたのだ。
「そもそもおヒル様って自分のことは自分でやる。何かを覚えるなら教えてもらうのではなく自分で見て、やってみて、分からないことだけ聞きなさい、というタイプなのよ。だからアタイもやってきた当初はそりゃあ必死で先輩たちのこと、見様見真似で覚えたものよ。それが直接は言わなかったにしても教育係を付けるだなんてねえ……中身が入れ替わったんじゃないかしら」
実はチェルも自分から提案したものの、こんなに簡単に侍女になることを了承してくれるとは思ってもみなかった。それだけ王様の妾の子だという話が効果的だったということだろうか。
けれどもし自分がヒルデガルトの立場だったらなら、面倒な火種になりそうな人物をわざわざ王宮内には置いておかないだろう。何とか言いくるめ、それこそ金でなくとも何か街で仕事を
――何故ヒルデガルトは自分を侍女にしたのだろうか?
案外簡単に潜り込めたと喜んでいたものの、実は彼女の何らかの思惑に嵌まってしまっているのではないかと、不意に不安が去来した。
「どうかした?」
「あのさ、ジルは、ずっとここで侍女を続けるつもり?」
台所まで戻ってきて皿洗いをしている侍女たちにプレートを渡すと、チェルたちはお城の裏口に向かう。そっちに洗濯用の小川が流れていて、毎日大量の洗濯物を手分けして洗うことになるのだ。
「ずっとここで? そんなの考えたこともないわよ。そもそもさ、アタイは別にお城の侍女をやりたくてここに来た訳じゃないのさ。あんたも知ってると思うけど、アタイはここに奴隷として売られてやってきたのさ」
奴隷。人売り。そんな言葉を、チェルも知らない訳ではない。ただ彼女が暮らしていた村では幸いなことに奴隷を雇ったり、自分の子どもを人買いに売ったりしているのを見たことはなかった。かつては三人目、四人目が生まれると当たり前のように人買いを頼っていたというが、小規模ながら森を開拓し、畑を作り、綿花を作り、織物をしたりするようになってから、働き手が欲しくなり、売られなくなったのだという話を母から聞かされたことがある。
「アタイの家はもっと南の、それこそ海がすぐ傍にある港町でさ、朝まだ日も明けないうちに男たちが漁に出ていくのを女たちが見送るのが日常的な光景だった。アタイの父も祖父も漁師でね、アタイも何度か船に乗せてもらったことがあるよ。あんまり気持ちのいいもんじゃないけど、それでも海の上で揺られながら潮の匂いとウミネコの声に、のんびりと釣り糸を垂らしている祖父から、色々な昔話を聞くのは好きだったねえ」
「海か。あたしは見たこともないや」
「ここのお城が立っている人工湖も結構大きいと思うけどさ、海ってのはでかいってもんじゃないの。もうずうーっと海。どこまで行っても続いているんじゃないかと不安になるくらい、ずっと海なのさ。それが父も祖父も大好きだったのよ。けどね、ある時町にやってきたちょび髭の男夫婦にね、うまい話持ちかけられて、みーんな有り金どころか、船まで持ってかれちまったのさ」
「それで一家離散。アタイは人買いに売られ、気づいたらここで侍女をやってましたと。そんなだからさ、ここでずっと侍女やって暮らしていけるならそれでいいし、もしまたどこかに売られようものなら、なるように任せるしかないね」
そう言い切って彼女は明るく笑う。二重の目が閉じられ、口を大きく開け、ひゃひゃひゃと笑う。けれどそれはどこか乾いていて、チェルの胸の奥に
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