第3話 Game [Round 2]

「それで、第二回戦はどういうルールなんだ?」


 少し拗ねながらではあったが、瑞稀は次なるゲームについて日菜に訊いた。

 すると、日菜はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔で説明した。


「基本的なルールは第一回戦と同じ。

 違うのは『シチュエーションを付けて』好きって言わないといけない所だよ」


 日菜がルールを説明すると、呆れてなのか瑞稀は両手で顔を覆った。

 そして、小さい声で呟いた。


「……結局、好きって言わないといけないじゃん」


 瑞稀のこの呟きが聞こえていたのか、日菜は顔を少しニヤつかせた。

 そして、少し間を空けてから口を開いた。


「カッコいいよくて可愛い瑞稀ちゃんに『好き』なんて言われたら、どんな人でも好きになると思うよ」


 日菜は揶揄う様に、でも、純粋な本心を瑞稀にぶつけた。

 すると、瑞稀は両手を下ろし、日菜の方をちょっと睨む様に見た。


「う、うるさい……」


 怒っている様に見える瑞稀であるが、その口調からも分かる通り、ただただ恥ずかしがっているだけであった。

 そして、睨んでいた目は段々と下を向き始めていた。

 そんな瑞稀を見て、日菜は頭の中で『瑞稀ちゃん可愛い』で埋め尽くされていた。


「それで、シチュエーションは?」


 恥ずかしさを紛らわす為なのか、瑞稀は本題であるルールの深掘りを始めた。


「うーん、それがまだ決まってないの」


 大まかなルールは決まっていたが、肝心の部分がまだであった。


「……そうだ!」


 悩む日菜であったが、ここで一つ名案が浮かんだ。


「ねぇ瑞稀ちゃん、一緒に考えてくれない?」

「えっ、ウチも?」


 それは瑞稀にとっては、あまりにも突然の話であった。

 呆気に取られて変な声が口から漏れた。


「一緒に考えて、お願いっ!」

「……しょ、しょうがないなー」


 日菜は両手を合わせ、顔の前まで持ってきて『お願い』のポーズを取った。

 そんな少しあざとい日菜に負けた瑞稀であった。

 …いや、日菜がこんな事をしなくても、瑞稀は一緒に考えていただろう。


「シチュエーション、か」

「うーん、良いシチュエーションないかなー」


 二人共、暫く考え込んでいた。

 何も思い浮かばず、ただいたずらに時間だけが虚しく過ぎてゆく。

 最終下校時間というタイムリミットが迫る中……。


「……あ」


 突然、瑞稀が声を出した。

 それは確実に何か思いついた声であった。


「瑞稀ちゃん、何か思い付いたの?」


 日菜が問いかけながら瑞稀を見ると、瑞稀は何故かフルフルと震えていた。


「大丈、夫……?」


 瑞稀の顔をよく見ると、顔を真っ赤に染めていた。

 耳まで真っ赤だ。

 一瞬、日菜は夕日のせいかと考えたが、それにしても赤かった。


「……」


 何かを思い付いた瑞稀は口をつぐんだきり、何も話さなくなってしまった。


「瑞稀ちゃん、何を思い付いたの?」

「……」

「ねぇねぇ、瑞稀ちゃん」

「……うぅー」

「うーん、もぉ……あっ!」


 口を噤むのが耐えられなくなったのか、瑞稀は男の子の方を向くのを止め、今座っている席の机に唸りながら突っ伏した。

 そんな瑞稀を見て少し呆れた日菜であった。

 が、良い作戦が思い付いたのか、顔をにやつかせ始めた。

 そして、瑞稀にジリジリと近づき、耳元でこう話した。


「もしかして……思い付いたのって、いやらしい事?」

「ーーー!?」


 瑞稀は顔をガバッと上げ、日菜の方を向いた。

 その目はカッと開いており、とても驚いている様子であった。

 そして、直ぐにその誤解を解こうとした。


「そ、そそ、そんな訳ないだろっ!」


 動揺のし過ぎで、瑞稀の口は上手く回っていなかった。

 まばたきの数が多くなっていたが、視線は日菜の目であった。


「それじゃあ、何を思い付いたのか教えてくれる?」

「うぐっ……」


 日菜が再度瑞稀に訊くと、口を閉ざしながら顔を俯かせた。


「わ、笑わないで聞いてくれる?」

「うん、分かったわ」

「……」


 そこには2、3秒程の話さない間があった。

 瑞稀はこれから話す決心を。

 そして、日菜は瑞稀の覚悟を邪魔しないように。


「あ、あのな……ウチが考えたシチュエーションは……」


 瑞稀の声は震えていた。

 恥ずかしさからなのか、緊張からなのか定かではないが、日菜が驚く程震えていた。




「こ…告白、とか……」




 その言葉は消え入りそうな程小さな声であった。

 しかし、それは確かに発せられ、瑞稀も日菜も耳が覚えていた。

 瑞稀に至っては口も覚えていた。

 お互いに顔が熱くなるのを感じた。


「…フッ……フフッ」


 最初、頑張って笑わずに堪えていた日菜であったが、最後は笑わずにはいられなかった。


「わ、笑うなって言っただろ」


 笑いを堪えきれなかった日菜を見て、瑞稀は両腕を机に乗せ、その腕の中に顔を埋めて拗ねた。


「やっぱり言うんじゃなかった……」


 自分の腕の中でいじける瑞稀。


「ご、ごめんね!笑わないように頑張ったんだけどーーー」


 日菜は焦りながらではあるが、瑞稀にちゃんと謝罪をした。

 そして、何故笑ってしまったのか、その理由も話した。


「瑞稀ちゃんも女の子なんだな、と思っちゃって」


 そう、瑞稀の様にいつも勝気な性格の子が、内なる部分ではとても純粋で、乙女であるというこのギャップ。

 日菜はこの瑞稀のギャップに心底愛おしく思い、笑いを堪えられなくなったのである。


「うるさいうるさいっ」


 瑞稀は自分の腕の中で叫んだ為、声が少しくぐもっていた。

 へそを曲げてしまった瑞稀に、日菜は先程同様に焦っていた。

 しかし、一度冷静になり、自分の考えを纏め、そしてその考えを瑞稀の耳に話した。


「瑞稀ちゃん、ごめんね。

 でも、瑞稀ちゃんの考えてくれた『告白』は、とても良いと思うの。

 だから、一緒にこのシチュエーションでやってみない?」


 日菜の話し方は、まるで母親が子供に語りかける様な、ゆっくりと優しい口調であった。

 そして、嘘偽りの無いその言葉は、瑞稀の顔を上げさせる事が出来た。


「……うん、分かった」


 瑞稀は日菜の目を見ながら、このゲームを続ける意欲を示した。


「日菜、ありがと」

「ううん、こっちこそありがとう」


 二人の間に出来た小さな壁は、ものの数分で崩れ落ちた。

 とてつもなく呆気なかった。


 ゴソゴソゴソッ……


 急に男の子が動き出した。

 瑞稀と日菜は起こしてしまったと焦ったが、そうではなかった。

 男の子は起きずに、ただ両耳が出る様に体勢を変えただけであった。


「驚かせるなよ……」

「なんだか既視感があるわね」


 二人は未だに起きない男の子を見ながら、お互いに顔から笑みを溢していた。




 シチュエーションが『告白』という事もあり、瑞稀も日菜も考えるのに時間を要した。

 その間も時は刻一刻と過ぎて行き、グラウンドでは最後まで部活をしていた人が、徐々に減っていった。


「瑞稀ちゃん、どう?」


 日菜が瑞稀に準備が出来たか訊くと、


「う、うん。多分、大丈夫……」


 全然大丈夫そうではない瑞稀の声が返ってきた。

 瑞稀を見てみると、頭を抱えながら悩んでいた。

 その顔には、苦虫でも噛んだかの様な表情をしていた。

 これはダメだと感じた日菜は、瑞稀に一つ提案をした。


「……私からやっても良い?」


 すると、瑞稀は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、


「えっ!?…い、良いよ。てか、寧ろお願いしたい……」


 日菜の方を向きながら、あっさりとOKをしてくれた。

 ……本当は纏まっていないのであろう。

 瑞稀から許可を得た日菜は、早速男の子の前まで歩いた。

 男の子はスースーと静かに寝息を立てており、起きる気配が一向に無かった。


 一見、冷静そうに見える日菜であるが、心臓が口から出そうな程、緊張していた。

 それもそうだ。

 いくら相手が寝ているとはいえ、これから告白をするのだ。

 もし、途中で起きてしまったりなんてしたら……。

 バクバクと鼓動する心臓を落ち着かせる為、大きな深呼吸をする。


「スゥー……ハァー……」


 心臓の鼓動は少し早い程度に戻り、少しモヤモヤしていた頭もクリアになった。


(よしっ!)


 日菜は心の中で大きな決意を固め、思い切って男の子の右耳に唇を近づけた。

 吐息が掛かる位近い場所で、日菜はゲームという名の『告白』を始めた。




「ねぇねぇ、起きてる?起きて…無いよね?

 ……うん、そのまま寝てて良いから、私の気持ちをちょっとだけ話させて。


 君はさっき私たちが話してた、中学二年生の時のスキーのお話、覚えてる?

 ……覚えていてくれると嬉しいな。

 あの時の君、本当にかっこよくて王子様が来てくれたと思ったの。


 それでね、実は君が皆んなの所までおんぶしてくれた事、ちょっとだけ覚えてるんだ。

 スキーウェア越しだったけど、大きくてあったかくて、凄く安心したの。

 今、思い出すとドキドキする位に……。

 まぁ、その後に気を失っちゃったんだけどね。


 さっき、この時に好きになったって言ったでしょ?

 実はあれ、半分本当で半分嘘なの。


 中学一年生の時、一緒のクラスで隣の席だったでしょ?

 人見知りな私なのに、いつも君が話しかけてくれたの覚えてる?

 食べ物の話や好きな本の話、色んな話をしたよね。

 ……本当はその時から、君の事が気になってたの。


 最初はちょっと嫌だったけど、段々君が話しかけてくれるのが嬉しくなってたの。

 だって、君のお話は面白いし、私も話せるようになったし。

 本ばかり読んでいた私に、世界は本だけじゃ無い事を教えてくれたのは君なの。

 本当に感謝してるわ。


 色々話しちゃってごめんね。

 でもね、これだけは言わせて。

 私にとって、君は命の恩人だし、王子様だし…私の初恋の相手なの。

 だから、ね。

 ……好きです、大好きです!

 私と…付き合ってくれませんか?」




 日菜が告白をしている間、まるで時が止まっている様であった。

 日菜の声以外、何も音が聞こえなかったのだ。

 しかし、告白が終わるのと同時に、周りの環境音が戻って来たのだ。


 告白を終えた日菜は、男の子の耳からゆっくりと離れ、元々座っていた椅子にゆっくりと座った。

 そこで、日菜はやっと大きく一呼吸を入れた。

 一呼吸を入れた後、日菜は口を開いた。


「…あはは、凄く緊張した」


 日菜は何事もなかったかの様に、平静を装っていた。

 しかし瑞稀はと言うと、顔がずっと曇っていた。

 日菜の顔を見ながら、ずっと不安がっていたのだ。


「日菜……泣いてるよ」

「えっ……」


 瑞稀は静かに教えてくれた。

 慌てて日菜は自分の顔を触ると、確かに濡れていた。


「あ、あれ?なんでだろう」


 日菜は手で涙を拭った。

 ゴシゴシと拭った事もあり、目の辺りは赤く腫れぼったくなっていた。


「もしかしたら、自分が思ってる以上に緊張してたのかも」


 日菜は努めて明るく振る舞い、瑞稀に向かって笑顔を向けた。

 しかし、日菜の涙を見てしまった瑞稀は、更に心配になっていた。


「日菜…本当に大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」


 瑞稀が一度、日菜に大丈夫であるか訊くと、いつも通りの明るい日菜の声が返ってきた。


「本当に?」

「本当に」


 心配で瑞稀がもう一度訊くと、変わらず日菜の声が返って来た。

 そこで、ようやく瑞稀は日菜が大丈夫であるのと思い、ホッと胸を撫で下ろした。

 しかし、瑞稀にとっては胸を撫で下ろしている場合ではなかった。


「さぁ、私はやったよ。次は瑞稀ちゃんの番だよ」


 そう、このゲームはまだ終わっていないのである。

 日菜が最後までやり切った為、瑞稀もちゃんとやらなければならない。


「……分かった。ウチもやる」


 瑞稀は一度大きく深呼吸をした後、覚悟を決めた。

 そして、椅子から立ち上がり、男の子に近づいた。


 この時日菜はと言うと、心の中で瑞稀の事を応援していた。

 味方ではないのにもかかわらず。


 男の子に近づいた瑞稀は、その勢いのまま男の子の左耳に唇を近づけた。

 そして、ゲームという名の『告白』を始めた。




「な、なぁ…起きてる、か?起きて…ないよな?

 …よし、お前はそのまま寝ててくれよ。

 その間、少しだけ昔の話をするな。


 昔、近所の公園で一緒に遊んでたの、覚えているか?

 ブランコに乗ったり、砂場遊びをしたりさ。

 いつも二人で一緒に遊んでたよな。


 でもある時、ウチが他の子達にいじめられてた事があったでしょ?

 その時、君が駆けつけてくれて、追い払ってくれたの、今でも覚えてるんだ。


 それで追い払った後、お前がなんて言ったか覚えてる?

 ……ウチはずっと覚えてるよ。

 だって、『瑞稀ちゃんは僕が守る』って言ってくれたんだから。

 素直に嬉しかった。

 ……いや、あの頃のウチは素直だったな。

 なにせ『大きくなったら結婚しよう』なんて言ったんだからね。


 その後、お互い小学生になったら、バッタリ話さなくなったよな。

 唯一話すのはバレンタインの時だけ。

 なんかね、お前と話すのが恥ずかしくなったんだ。

 ……だって、どんどんかっこよくなるんだもん。


 中学の時も全然話さなかったよな。

 なんか、お互いに自分のやりたい事に精一杯だった気がする。

 ウチなんてずっと陸上ばっかだったもんね。

 ……だからこそ、あの最後の大会は悔しかった。

 ウチの中学での青春、全てをその大会に集約してたからね。


 そんなウチが弱ってる時、また君が来てくれたんだ。

 あの小さい頃の様に。

 正直な話、あの慰め方はウチにとってはずるいと思った。

 あんなの泣くに決まってるだろ。

 ……反則だよ。


 その時に自分の気持ちを再確認出来たんだ。

 やっぱり、自分の気持ちは変わってなかった。

 ……お前の事が好きだって。


 ごめん、日菜みたいに長くなっちゃったな。

 でも、この気持ちだけは受け取って欲しい。

 ……好きです。

 ウチと付き合ってください」




 瑞稀が最後まで言い終えると、柔らかな風がフワッと教室内に入り込んだ。

 風が瑞稀と日菜の耳をくすぐった。

 そして、二人ともそこで思い出した。

 日菜の時と同様、告白の時だけ音が消えていた事に。


 瑞稀は告白をしてから一言も言葉を発しず、男の子の耳から顔を離した。

 そして、自分が座っていた椅子に戻り、静かに男の子の様子を伺った。


 そんな瑞稀を1秒たりとも目を離さず、そばで見守っていた日菜は、今の瑞稀を見て心配になった。


「瑞稀ちゃん……」

「な、なんだよ。ウチは泣いてなんかーーー」


 瑞稀は日菜の不安そうな声を聞くや否や、自らの顔を触ってみた。

 その手の感触は、僅かではあるが湿っていた。


「う、嘘…。なんでウチも泣いてるんだ……」


 そう…瑞稀もまた、日菜と同じく一筋の涙を流していた。

 告白という勇気ある行動の裏側に潜む、強大な緊張感から解き放たれたからである。


 瑞稀は日菜にみっともない姿を見られまいと、日菜とは反対側に顔を向け、手で涙を拭った。

 そんな瑞稀を見て、日菜はくすりと笑った。


「フフッ……瑞稀ちゃん、私たち似たもの同士だね」


 日菜が瑞稀を見ながらそう言うと、それに呼応するかの様に瑞稀は日菜の顔を見た。

 瑞稀の顔はやっぱり日菜の時と同様、ゴシゴシと擦ったせいで少し赤くなっていた。

 日菜の方を振り向いた一瞬、また怒っている様に見えた瑞稀であった。

 が、日菜の笑顔を見た瞬間、釣られるかの如く、歯を見せて笑ってくれた。

 そして、


「うん、そうみたいだな!」


 一言そう肯定すると、寝ている男の子の前で、声の大きさ関係なく笑い合った。

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