第2話 初めてのドラマで主役級

つぐみさんから来たメールは『昨日はありがとうございました、楽しかったです』だった。

僕は彼女になんて返せばいいか分からなかった。女性に慣れていないというか、高校でも大学でもあまり女子と話すことのないコミュ障だったから、返し方が分からなかった。

俳優という仕事を大学卒業後始めてから、自分が分からなくなった。

役に憑依してしまうというか、自分を自分に保てなくなった。そのため、つぐみさんから初めてもらったメールに返したひとことが『またどこかで会ったら、よろしくね』だった。

フランクすぎたかな、と考えたけどまあいいかと思った。

メールを返した後彼女からの連絡はなかった。

彼女に連絡している時、橋部よるは今年の秋に始まるドラマである『悲しい日』を撮っていた。

俳優としてドラマに出るのは初めての作品だった。

2.5次元の舞台には出ていたがテレビドラマは初めてだった。

主人公の友人役で最後は病気の闘病の末亡くなるという役だった。役名が園原信二という役でした。彼は徐々に体重が減って行くので、役のために減量をしていた。初めての役でテレビに出れることを嬉しく思っていた。

父にもドラマに出ることを報告していた。父も嬉しがっていた。

ただこのドラマがきっかけで自分の役への入り込みを知り、この役から周りの反応が変わっていくきっかけにもなった。


『ハッハッフー(急いで走ってきて息切れしている)信二。覚えているか俺らが初めて会った日のこと、俺たちどっちも無口で話すことなくて、紙に書いて見せながら話したよな、密にならないようにさ』

主人公が半泣きしながら話を進めていくなか、園原信二役の橋部よるはほぼ意識が遠のきながら耳は研ぎ澄まされ聞こえている。そして、セリフはない。なんとも言えない演技をしなければいけなかった。カットが掛からず、無言の演技が続いた。

ドラマはコメディヒューマンドラマなのだが、主人公と信二のシーンはほとんど悲しい場面が多く撮るのに苦労したのは橋部よるではなく、主人公役の栗太さんだった。

彼は、大根役者で顔だけ良かったと有名な話だった。彼の知名度を上げるために、主役にしたがセリフをほとんど覚えておらず、現場は大混乱に陥った。それを助けたのが、橋部よるだった。

栗太さんのセリフのほとんどを橋部よるが引き受けて、ドラマは完成したのだった。

そのため、完成したドラマで目立っていたのは栗太さんではなく、橋部よるだった。

視聴率は平均7.6%と深夜ドラマとしてはまあまあだったが、制作陣は今後ドラマでの栗太さんの起用を嫌がり、橋部よるを大絶賛したのだった。

橋部よるのデビュー作品は『悲しい日』と言われるくらい周りから心に残る作品となった。

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