青い月に愛されるということ

椎名類

青い月に愛されるということ

「――さま、どこにいらっしゃるのですか! あぁもう、あのお方は本当に元気が有り余っていらっしゃる。お願いですから、爺やを困らせないでくださいませ!」


「おーい! 爺や! 俺はここだ!」


「――さま! そこは外に繋がっていて危ないと、何度もお伝えしておりますよ。さ、こちらへお戻り下さい。またお母様が心配いたしますよ」


「爺や、母上に伝えてくれ。俺は、早く王になりたい。だから行ってくるよ! 必ず戻ってくると母上に誓おう! 父を超えると約束しよう! じゃあな爺や! 後のことは頼んだ!」


「はい? ちょ、お待ち下さい! 戻れる保証なんてありません……。はぁ、遅かった……」


 ――――――――――


 昔々、あるところに。

 青い月が浮かぶ、魔法の国がありました。


 ある者は箒で空を飛び、ある者は鏡で未来を覗きます。しかし、この魔法の力は夜にしか使えないという制限付き。魔法を使うには、月の魔力が必要でした。空を飛ぶにも、未来を覗くにも、月に愛されないと魔法は使えないのです。

 

 あれは、満月の日。青い月が一番大きく輝き続ける特別な夜。一人の少女が流れ星に願いをかけました。


「友達ができますように」

 

 少女が願い事をすると、流れ星は一層強く光って海に落ちたように見えました。

 まさか。そう思いながらも、少女は海へ急ぎます。もしかしたら、流れ星が願いを叶えてくれたかも! そんな思いを抱いて。

 海に着くと、浜辺に一人の少年が倒れていました。波打ち際に倒れる少年は、本当に海に落ちて流れ着いたかのようでした。

 少女は急いで駆け寄って声を掛けます。


「あの! 大丈夫?」


 少女と同い年くらいの少年は、見たことのない水色の髪をしていました。声を掛けるとその少年はパチリと目を開け、辺りを見回した後に少女を見て言いました。


「お前、誰?」

「お前!? ……私は、シュリ。あなたは? なんで倒れてたの?」

「俺? 俺は……あれ? わかんない!」

「わからないの? 名前も?」

「あはは! わかんない! 全っ然思い出せない!」


 けらけらと笑う少年をシュリは放っておく事もできず、家に連れて帰りました。少年は数日経っても、どこから来たのか、自分が何者なのかも思い出せません。


「名前、どうしても思い出せない?」

「んー、全然思い出せない! 何で俺ここにいるんだろう?」


 少年は、本当に何も思い出せないようでした。

 友達が欲しい。あの満月の日に星へ願ったから、この少年は自分が魔法で作ったのかもしれない。まだ自分には魔法は使えないけれど、あの大きな満月の日に願ったからかもしれない。そう考えたシュリは、少年と一緒に暮らす事を決めました。


 


「ねー、シュリ。俺に名前ちょうだいよ」

「えっ、私?」

「うん」


 少年が、ある日唐突にそう言い出しました。

 

「じゃあ、スカイはどう? 君の髪って、昼の空みたいな色だから」

「昼の空? ふーん……。

 いいじゃん! スカイ! 気に入った! 俺のこと今からスカイって呼べ!」

「呼べって、私が今つけてあげたのに! 生意気!」

 


 

 一緒に暮らしている内に、二人は本当に仲良くなりました。

 魔法使い志望のシュリは、毎晩のように魔法の練習に明け暮れます。そんなシュリを真似している内に、スカイはあっという間に魔法を使えるようになりました。それだけでなく、スカイはシュリよりも早く成長していくのです。海で出会った時はシュリと同い年くらいに思えたのに、一ヶ月ほどでスカイは一年分くらい成長しているようでした。

 そして不思議な事に、スカイは月が出ていない昼間でも魔法を使うことができました。

 青い月が出ていない昼間でも、魔法が使える水色の髪の少年。そんな噂が流れ、スカイはあっという間に有名になりました。街の人々はスカイの元へ押しかけ、魔法をねだります。


「俺が今から言うアイテムを用意してよ。持ってきた奴に魔法をかけてやる!」


 そう言ってスカイは街の人々から沢山のアイテムを貰いました。

 街で一番の杖職人が作った魔法の杖、銀蜘蛛の糸が織り込まれた高級ローブ、最速の印が入ったブランド物の箒……スカイは入手困難な高級品ばかりを口にしましたが、街の人々は昼に魔法をかけてもらいたい一心で用意してきます。

 そして、スカイは貢物すべてをシュリに手渡して言うのです。


「シュリが魔法使いになって、一緒に魔法で遊べるように!」


 スカイがいくら素晴らしい物を用意しても、シュリが魔法を使えるようになることはありませんでした。


 


 

 ある日、シュリは街へ出掛けました。

 すると、街の人々はシュリがそこにいるのに、いないように扱うのです。


「おばさん? どうしたの?」

「ねえったら!」


 まるで自分が透明な硝子にでもなって、周りから見えなくなってしまったようでした。

 家への帰り道。薄暗い中、シュリはいくら話しかけても答えてくれない街の人々の顔を思い浮かべながら、とぼとぼ歩いていました。心が痛くて苦しくて、どうしようもありません。

 痛い。心の痛みとは別の痛みを感じ、足元を見ると小石が転がっていました。顔を上げると、街の子供たちが魔法で石を浮かせているのが目に入り、シュリは咄嗟にしゃがみ込みます。笑いながらシュリに石をぶつける子供たち。シュリは泣き出してしまいます。


「どうして……どうして、こんなことするの?」


 子供たちは口々に言います。


「スカイになんでも貰ってるくせに、魔法使えないんだって?」

「母さんがシュリのせいでみんな困ってるって言ってたんだ! シュリが魔法を覚えないせいで、スカイの欲しいアイテムを用意するのが大変になるって!」

「どうせ、まだ魔法使えないんだろ! 使えたら石だって避けられるもんな!」


 抵抗もできず、シュリは泣き続けました。心が痛い。体が痛い。自分は透明な硝子なんかじゃなかったのに、ヒビが入って粉々になって消えてしまいそうでした。

 魔法で石を防げないシュリを見て、子供たちは言います。


「月に愛されてないシュリは、魔法使いにはなれない!」



 

 家へ帰ると、スカイが庭で待っていました。

 兎やリスを宙に浮かせて、自分もふわふわ浮きながら魔法を使って楽しそうにしています。

 シュリが帰ってきた事に気付いたスカイは、一層瞳を輝かせてこちらへ飛んで来ました。

 

「シュリ! おかえり! 遅かったから待ってたよ……シュリ? どうした?」

「どうもしないよ」

「泣いただろ。涙の跡がある。体も、なんでこんなに傷付いてる?」


 シュリは傷を隠すように腕を組み、スカイへ言いました。


「あのね、スカイ。私、魔法使えないみたい。魔法使いには、なれないみたい。だからもう、アイテムを集めなくて良いよ。街の人たちを困らせるのはやめよう」

「困らせる? 何言ってんの。あいつらが昼に魔法使いたいからってだけだろ? シュリは魔法使いになれるよ! ……街で何かあった?」

「何もない」

「涙、止まってないよ。あいつらに何された?」


 見透かすようなスカイの瞳に耐えきれず、シュリは泣きながら今日あったことを話しました。

 誰もシュリと話してくれなかった事。子供たちに石をぶつけられた事。自分のせいで、街の人を困らせている事。スカイにアイテムを貰っても、魔法使いにはなれないという事。

 スカイは何も言わずに、シュリの涙を拭いながらずっと話を聞いていました。シュリが話し終わると、スカイはシュリから離れていきました。背を向けた瞬間、叫びだしたのです。

 

「ふざけんなよ! シュリは何も悪くない! シュリは魔法使いになれる! あいつらが俺の魔法を求めたんだろ! なんでこんなことするんだよ!」


 いつも笑顔で楽しそうなスカイからは想像できない程、怒りを表したスカイにシュリは驚きました。シュリは、スカイが怒っているところを初めて見たのです。


「許せない。なんでシュリがこんなに傷付かなきゃいけないんだよ」


 怒るスカイの体の周りに、水色の光がチリチリと舞っていました。


「はぁー……。俺、街に行ってあいつらに言ってくるから」

「ちょっと待って! そんなことしないで!」


 スカイの手を掴むと、スカイは勢い良く振り向いて言います。

 

「なんでだよ! もうあいつらの為に魔法は使わない! 昼に魔法を使えるのは俺だけだ! シュリのせいで困ってる? 元からあいつらは困ってた! 夜だけの魔法に満足すれば良かったんだ! それを俺が……!」

「スカイ! 落ち着いて!」

「落ち着いてる!」


 スカイの怒りを鎮めるように、諭すように、シュリは言います。

 

「もういいの。私が魔法使いになるのを諦めればいいの。月に愛されてない私が、魔法使いになれるわけなかったんだよ」


 震える手をスカイに察されるのが怖くて、スカイから手を放しました。隠すように背中で手を組んでみても、シュリの震えは止まりません。

 スカイはシュリの両肩を掴んで、真っ直ぐにシュリを見て言いました。

 

「そんなわけない! 俺は、シュリに魔法を習ったんだ! シュリなら魔法使いになれる。俺にはわかる!」

「……わかんないよ」

「俺がわかってんだよ!」

 

「昼も夜も魔法が使えるスカイには、私の気持ちなんてわかんないよ!」


 スカイが目を見開いてシュリの肩を掴む力を弱めた時、シュリは言ってはいけない事を言ってしまった。そう思いました。何も言わずにシュリを見つめ続ける瞳に耐えきれず、シュリはスカイを置いて家に逃げ帰りました。

 数時間経っても庭に立ち尽くしたまま月の光を浴び続けるスカイを、シュリは窓から眺めていました。明日になったら、スカイに謝ろう。そう決めてシュリは眠りにつきました。


 



「スカイ、昨日はごめんなさい」


 開口一番謝るシュリに、スカイは驚いた様子でした。


「シュリが謝る必要ないよ! 俺が悪かった。ごめんな。シュリは俺のこと、もう嫌いか?」


 苦しそうに微笑んだスカイを見て、シュリはスカイを傷付けてしまった事を深く後悔しました。


「嫌いなわけないよ! 本当にごめんね。仲直り、してくれる?」

「もちろん。仲直りしよう!」


 もう二度とスカイを傷付けない。そう決めたシュリは、スカイと二人の時間を大切にしました。昼はスカイの魔法を見て、夜はシュリが魔法を練習して、そんな日々が二人にとって尊く幸せな時間でした。

 スカイは夜中に庭へ出る事が多くなりました。ふわふわと浮きながら、ぼーっと月を眺めているようでした。次の日の朝には決まって、シュリと手を繋ぎたがったり、頭を撫でたがったりするのです。

 

 

 ある朝もそうでした。庭へ出ていたことを知りながら、黙って頭を撫でられているとスカイは突然言いました。


「俺さ、思い出したんだ」

「何を?」

「俺、月から来た。月で王になる為、ここに来た」


 シュリは不思議と驚きませんでした。

 何度練習しても魔法を使えない自分が、スカイを作り出せるわけがない。満月の日にスカイと出会った事、月の愛を受けない昼でも魔法が使える事、月を眺めるスカイの事を思い出して妙に納得してしまいました。


「俺、早く王位を継ぎたかったんだ。でも歳が足らなかった。月の外……この世界は成長のスピードが早まるって文献で知った。早く成長する代償に、5つの感情を自分で見つけ出さなきゃいけなかった」


 ぽつりぽつりと話し出すスカイの言葉を、シュリは黙って聞いていました。


「シュリに名前をつけて貰って嬉しかった。

 一緒に魔法の練習した毎日が楽しかった。

 シュリが街の奴らに傷付けられて、俺は怒った。

 ……魔法が使える俺には、シュリの気持ちわかんないって言われて苦しかった」


 懐かしい日々が蘇ります。まだ三ヶ月程しか経っていないのに、シュリにとって濃密な時間でした。


「4つ目の感情を知った時に俺は思い出したんだ。俺がここに来た理由も、俺の本当の名前も、何もかも」


 同い年くらいだった少年は、いつのまにか青年になっていました。


「でも、シュリと仲直りして嬉しくて、また楽しい毎日が始まって、俺もう他に感情集められないなーって思った。このまま、ずっとシュリと一緒に居たい。もう月になんて帰りたくない。王なんてなりたくない。

 ……俺、王になるの怖くなったんだ」


 頭を撫でてくれていたスカイの手が、いつの間にか離れていたことにシュリは気付きませんでした。


「これで、5つ目。今夜は満月だ。夜になったら、月に戻らないといけない。戻って、王位を継がなきゃいけない。

 必ず戻ると母に誓った。父を超えようとこの地に来たのに……。シュリに出会って、シュリに感情を貰って、俺、王になるの怖くなっちゃったよ。

 どうしよう、戻りたくない。一緒に居て、シュリ」


 初めて見る、弱音を吐くスカイでした。

 シュリだって、大切な友達と一緒に居たい。それでも、自分を律してシュリは言います。


「ダメ、戻らないと。王様になりたかったんでしょう?」

「うん。でも、怖くて仕方ないんだ。シュリと離れることも、民たちに感情を向けられ続けることも。嬉しい楽しいだけじゃない、怒りや苦しみも受け止めなくちゃいけない事が……怖いんだ」


 俯いてしまったスカイの手を取って、シュリは言葉を繋ぎます。

 

「どうしても怖いって言うなら、ほんの少しの勇気をあげる」

「勇気?」

「うん。私は一緒にいられないけど、スカイが頑張れるおまじない……って言うのかな?」

 

「魔法、かけてくれるのか?」

 

「そうだね。

 私は未だに魔法が使えないけど、きっとスカイが魔法に変えてくれるって信じてる」

「……あぁ。

 俺がシュリを魔法使いにしてみせる。シュリの魔法で、俺は王になれる」


 シュリの魔法を信じたスカイは、その日の夜に姿を消しました。

 ひとりぼっちになってしまったシュリは、青い月が夜に浮かぶ度、たったひとりのかけがえの無い友達のことを思い出しました。


 ――――――――――

 

 スカイが姿を消して、一年が経ったある日。

 太陽の陽射しが眩しい中、シュリに影がかかりました。ふと空を見上げてみると、頭上には懐かしい水色の髪の青年が浮いていたのです。


「スカイ!?」


 笑うのを抑えていたスカイは、シュリに気付かれるとけらけら笑い出しました。


「シュリ! 会いたかった!」

「どうしたの!?」


「俺は王になった! シュリの魔法で!

 それで……、迎えに来ちゃった。俺ら、離れてる必要なんてないよ。一緒に、月で王様をやろう! 俺の魔法使い!」


 両手を広げて自信満々に言うスカイを見て、シュリは嬉しくなりました。


「スカイはホントに生意気。勝手に私を置いて行って、迎えに来るなんて。私に王なんてできるの? 一緒にってアリなの?」


「アリに決まってる! 俺が月の王様なんだから! 俺が決める!

 俺を王にしたのは、誰だ? 言ってみろよ」


 不敵に笑うスカイを見て、シュリは言い返します。


「……あなたの魔法使いで、友達のシュリ!

 あなたこそ、誰? 名前は?」


「俺の名は、スカイ。本当の名前は……月に行ったら教えてやる! 行こう、シュリ!」


 こうして、星に友達が欲しいと願った少女は、たった一人の友達と共に月の王様になりました。


 めでたし めでたし

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青い月に愛されるということ 椎名類 @siina_lui

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