09 肝っ玉乙女と小心ボーイ
首相官邸、未確認海洋物体対策本部。
「えっ、どういうこと? もう一回説明して?」
総理は状況が理解できていなかった、幕僚長の説明を何度聞いても理解できず、なかなか喉を通って行かなかった。
「え〜、ですからレイラと夢幻と名乗る江戸川区の中学生二人があの海洋物体を停止させ、今は海に押し返しているとの報告が入っております」
言葉の意味はわかる。しかし、信じる事ができなかった。
「総理、まもなく偵察機の映像が繋がりますのでそちらで確認しましょう」
「あ、あぁ。そうしようか」
「3番モニターに映します」
「すぐ頼む!」
******
レイラと夢幻の中学校前。
「レイラちゃん。相手の動きは止まったけどどうする? ヘリで移動する?」
ブラック・オベリスクは巨体故に近くに見えるが、これでも数キロ離れていた。
「大丈夫、私たちに任せてください!」
レイラは夢幻を見て、夢幻は頷く。
二人の描いたシナリオはこうである。実はブラック・オベリスクはエネルギーを吸収するタイプの
(学校が壊れるのは嫌だからね!)
「じゃぁ、アレやろうか!」
アレとは、夢幻のパワーを使ってレイラを遠く投げ飛ばして擬似的に空を飛ぶ技である。ちなみに、最初のうちはまだ使える技が限られている設定である。
「オッケー! 無限の力を筋肉に込めて! 無限筋力、インフィニット・マッスル!」
夢幻の使った神技。こちらは名前の通り筋力がアホみたいに高くなる技である。質量のあるもであっても光速まで加速できる能力だが、フルパワーで使うと地球を消滅させる程のエネルギーが生じてしまうので、ほとんどの場合はいい感じに制限して使う。
「それって、無限じゃないのでは?」
という、矢板のツッコミに一瞬びっくりした顔をする夢幻。そんな、微妙な空気に構うことなくレイラが詠唱する。
「あらゆる攻撃から私を守護せよ、攻撃無効、ダメージ・ゼロ!」
一方、レイラの使った神技もまた名前の通りで、あらゆる物理ダメージを無効化する完全な防御である。光速で飛翔する直径10キロの小惑星だったとして、そのエネルギーさえも無効化できるほどの強力な技である。
「なるほど、それでレイラちゃんを夢幻君が投げて体当たりしようってことか!」
わざわざ解説してくれる三佳。
「じゃ、まずあいつのムーブメント・ゼロを解除して…、それから、慣性をゼロにするイナーシャ・ゼロを使って…、そこにキック入れてくるね!」
ゼロとゼロの戦いは簡単ではない。相手は攻撃を吸収する存在。そんな敵を打ち倒すために攻撃を与えたくない。しかし、ブラック・オベリスク体当たりだろうがビームだろうがあらゆるエネルギーを吸収する存在である。
「そのために、ゼロとゼロの衝突が必要なの!」
レイラの自重をゼロにして投げつけても、相手に1グラムでも質量があれば攻撃がはじかれてしまうが、相手をとどめる力である慣性が0であれば話が変わり、ゼロとゼロの対決であれば相手を後退させることが可能となる(というレイラの設定)である。
と、長々とレイラが説明していたが、受け取る夢幻は
「あっうん」
と、小難しくて理解できなかった夢幻であった。そんな物分かりの悪い夢幻にデコピンをするレイラ。
「もう、君は私が合図したら投げてくれればいいから!」
「わ、わかった!」
能力同士の戦いはともかく、二人の関係性ではレイラが夢幻を尻に敷くのである。
「行くよ!」
構える夢幻の手のひらにレイラが飛び乗り、夢幻は勢いよくレイラを投げる。投げられたレイラは一瞬で加速し、音速を超えたことの証明である衝撃波で辺りの瓦礫が飛び散り、ガラスが割れるのである。
レイラはそのまま夢幻にもらった運動エネルギーを敵にぶつける。そして、その効果を最大限発揮するために、ブラック・オベリスクの慣性を限りなくゼロにして吹っ飛びやすくするのである。
―かの巨体を慣性の呪縛から解き放て! 慣性消滅、イナーシャ・ゼロ!―
そして、レイラの蹴りがブラック・オベリスクに命中する。
レイラの足を中心に纏っていた衝撃波が広がり、あれだけ強固に抵抗してたオベリスクがみるみる傾いていくのである。
「これが、神に祝福された力…」
******
首相官邸、未確認海洋物体対策本部。
「おぉぉ〜」
「今までびくともしなかったのに押し返している!」
一同にどよめきが起きる。
「えっと。これ、ディープフェイクかじゃないよね?」
一方で妙に冷静な総理大臣。
「軍のカメラだからそういうのは入っておりません」
南海海将が否定するも、
「ほんと? 中学生が妙な力を得て怪物と戦うなんておとぎ話じゃないんだから」
「……」
誰も反論しなかった。
「とりあえず、解決すればなんでもいいけどさ」
という、総理の言葉に乗っかるように野宮国防大臣が口を開く
「そうですよ。それに、これは新事態研究所の功績ですから、要するに国防省の成果ですよね?」
「えっ、これ俺の勅命だったよね?」
野宮国防大臣は総理から妙に細かいところを指摘されて返す言葉に困る。大人同士の地味な権力闘争はいつも油断ならないのである。
「あ、本格的な攻撃が始まったみたいですよ!」
「あぁ、本当だ。すごいなぁ…」
******
江戸川区葛西臨海公園付近、敵との交戦地点
「夢幻、もう一度行くよ!」
「はいよ!」
ぴょんと飛び上がったレイラの身体を夢幻が両手で受け止めると次の瞬間には、レイラの小さく遠ざかる後ろ姿だけが小さく見えている。そしてわずかな黒い点が巨大なオベリスクに激突すると、それに見合わぬ衝撃の波動が丸く広がって巨塔を傾け、後ずさりさせるのである。
「魚雷もミサイルも効果がなかったのに…」
ただ、二人の戦いを見ていることしかできない隊員たちはぼやくだけである。
「いいなぁ、俺らも訓練したら何か技出せないかな?」
「なんとなく、選ばれたやつしかできなさそう…」
そんな周りの声を聴いてニタニタしたくなる気持ちををこらえる夢幻であった。
(そうだ、もっと僕らのことを
無限を司る少年の器はそんなに大きくないのである。
そんな現場に複数台の装甲車がやってくる。そして、悠々と一人の老齢な軍人が降りてくる。
「やぁ、少年。戦いは順調かな?」
そして、にたにた顔の夢幻に
(この人、たぶんめっちゃ偉い人だ…)
そう感じ取った夢幻は思わず、向き直ってびしっと気を付けをするのだった。
「はい、順調であります!」
そして、慣れない
「それは頼もしい!」
バシッとした本物の敬礼が帰ってきてうれしくなる夢幻であった。
「おーい、夢幻君!」
そうしているうちにレイラが帰ってきた。レイラの大きな瞳がちらりとその風格のある男を見る。
「どちら様?」
一方、ゼロの神秘を操るレイラは夢幻と対極だった。何事にも猪突猛進。肝っ玉は大きい女の子。
「失礼失礼。私は大勝という国防軍のしがない司令官だよ」
「あ、偉い人なんですね! よろしくお願いします!」
レイラはできた女の子なのだが、あまり空気を読まないので失礼な態度をとったりもする。そんなレイラを横目で見る夢幻はいつも冷や汗をかいているのだった。
「あんまり、失礼な態度取らないほうがいいと思うなぁ…」
「なにもごもご言っているの? 早くもう一回いくよ!」
対するレイラは楽しくなってきたのかノリノリであった。ここ最近で一番機嫌が良い。
「はいはい」
そうして、レイラをまた投げる夢幻。
(消化試合かな?)
と思っていた時だった。
同じようにレイラを投げ、同じような衝撃波が走るも「ガキーン」という固いものにぶつかったような効果音が空に響いた。そして、今までのようにオベリスクがのけぞらなくなったのだ。
「あれ? 失敗した?」
ブラック・オベリスクはまるでゲームのマップ端にある見えない壁に阻まれるがごとく、湾岸に張り付くのだった。
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