06 今度こそ本当に覚醒の時


 夢幻とレイラは救助ヘリの邪魔をして先生に鬼のように怒られた。普段は優しくて、ニコニコしている先生にものすごい剣幕で怒られ、大人が本気出すとすっごく怖いんだなと痛感したのである。


「ねぇ、レイラ…やっぱ俺、この性格やめる…」


 夢幻がつぶやいた。徒歩で避難中の生徒たちのおしゃべりに交じりながら、小さな声でつぶやいた。けれど、レイラはちゃんと聞いている。夢幻の手をそっと握るレイラ。


「だめよ、諦めちゃ。私たちはたぶんきっと神に選ばれたはず…、だからがんばって!」


 こんな時、絶対に中二病の監獄に閉じ込めてくるのがレイラである。本来、気の弱いうえに冷静な夢幻はこういう中二病ごっこは好きではなかった。しかし、完璧な美少女のレイラにれてしまったのが運の尽きだった。


 奇天烈な発言以外は完璧なレイラであった。レイラに嫌われないようにクラスのみんなに笑われながらも彼女のたった一人の存在でありたいと思春期の男の子なりに夢幻は頑張っているのだ。


 それでも、心が折れることがある。例えば、ついさっき。先生に真面目に怒られ、夢幻は人生で一番レイラを好きになったことを後悔こうかいしていた。


「なぁ、レイラ。あれは、きっと内定の話だったんじゃないかな?」


「内定?」


「うん、決まることが決まっただけで、実は決まってないパターンじゃないかな?」


「でも、現実にしにがみが攻めてきているじゃない!」


 そう、確かに軍でもなんともならない何かが攻めてきている。しかし、そんなの創作においては当たり前じゃないだろうか? 強力な兵器が通じないからこそスーパーヒーローが輝くのだ。つまるところ、これがたとえ世界最強とされる米軍だって映画と同じく最初は苦戦するに違いない。


「物語ってそんなもんだろ?」


「それってつまり?」


 序章は誰でも同じようにするはずだ。だからこそ、僕らじゃない可能性が出てくるんだ! 物語の始まりはみんなが同じことを考える。だからこそあり得るんだ。


「この災害は、僕たちに似た誰かが描いた災害であって、僕たちの災害じゃないのかも」


 そう、神様が声をかけた内定者はたくさんいた。


「けど、僕たちは選ばれていないかもしれない」


 夢幻は名推理顔をしながらレイラを見る。しかし、レイラはちょっと泣きそうだった。幼馴染の二人だから、レイラの気持ちはなんとなく察することができた。この目は、一人にしないでと言いたいときの瞳。今時、こんなに痛いキャラを維持するレイラもそれはそれで孤独なのかもしれない。


 そして、こんな時に父さんに言われた言葉が脳裏をよぎる。


 ―女の涙はな、何よりも卑怯なんだよ―


 レイラの瞳からあふれる涙を見て、その言葉の意味を理解したのである。


「あわわ、いや、そうだよな、屍神だよな! 僕たちが一生懸命に考えた序章だもんね、ほかの人と同じわけないよね!」


 そう言って、夢幻は強引に結論付ける。


 そんな時、先生が首から下げている防災無線のアナウンスが突然警告を出し始めた。


 ―緊急事態です。未確認海洋物体は、まもなく葛西かさい臨海りんかい公園こうえん付近に上陸する模様。近隣の住民は直ちに非難をお願いします!―


 そのアナウンスと同時に、重たいものが激突したようなドーンという地響じひびきがする。


 ―た、大変です。未確認海洋物体が起き上がり始めています! 大きな巨体が海面から顔を覗かせています!―


 真っ黒な柱のような幾何学的形状のその物体。


「ブラック・オベリスク…」


 それは、紛れもなく夢幻とレイラの二人で考えた最初の屍神の姿そのものであった。


「お、おい、あれ見ろ! マジでやべーぞ!」


 そして、背後を見ると、空を真っ黒く切り取ったように立ち上がるブラック・オベリスクの姿があったのである。


「ほ、ほら。やっぱり本物の屍神じゃない! イラストと同じ感じになってる!」


 危機的状況、かつ、さっきまで涙目だったのに、今この瞬間はめっちゃ喜ぶレイラであった。


「えっ、でも僕たちの覚醒かくせいイベントは?」


 レイラの瞳が再びくもる。この目は「うっさいバーカ」と言う直前の瞳である。


「うっさい、バーカ!」


 もっとも、夢幻からすれば言われ慣れたものなのでなんとも思わないけれど…。


 二人の書いたシナリオでは、みんながいる場所で軍のヘリがやってきて、二人が呼び出されて神託しんたくを与えるのだが、まだそのイベントが起きていない。


「でもさ、総理の発言とか、軍の人工知能の話とか私たちには確認できないこと多くない?」


 レイラの主張を要約すると簡単である。僕たちに観測できないイベントが多数ある。つまり、そういう神託もすでに終わっている可能性である。


「だったら、もう能力使えるかもしれないな…」


「それもそうね」


 レイラが、指を組み術式の構築をしている。しなやかで細く長いレイラの指が非常に無理のある形に折りたたまれていく。夢幻からはとっても痛そうに見えた。


「た、た、試しに、あいつの移動力を奪ってみる」


 レイラの能力は、ゼロの支配者であり、様々なものをゼロにする最強能力である。指でゼロの形を作り、のぞき込んだ先の相手がその呪縛じゅばくに捕らわれるという即効性も兼ね備えているのである。これでどんな相手に対しても最強である!


 ―ゼロの神秘が願う、かの者の動きを止めよ。ムーブメント・ゼロ!―


「ど、どう?」


 二人で見上げると、起き上がっていたオベリスクがの動きが止まったように見える。


「止まった? 私の力でブラック・オベリスクは不動になったようね!」


 どや顔をするレイラ。それに対して、レイラの友達の花崎さんがツッコミを入れる。


「あれは垂直になったから止まったんじゃない?」


「でも進んで来ないから成功よ! 私の能力が発動したんだって!」


「こんな時でもまたレイラがなんか言ってる…」


「私の力なんだってば!」


「あぁ、せっかくならビームの一つでも出してよね。わかりにくいのよ」


 非常事態に限らず、レイラに対して辛辣な花崎さんである。


「こう、私たちの役割としては、私が防御役メインで夢幻君が攻撃メインなのよ、だから…その…」


「はいはい、攻撃はできないと」


「むぅ…」


 一旦は静かになったオベリスクだった。しかし、今度はコンクリートを砕くようにゴリゴリと音をひびかせ始める。


「いやいや、やっぱなんか音するじゃん。動いてるよ!」


「たぶん、気のせいじゃないかしら?」


「うーん…」


 正直目視ではわからない。しかし、すでに展開中の装甲車から無線が漏れ聞こえてきて。


「敵の直立と同時に再進行を確認。予定したラインで一斉攻撃態勢に入る…」


「ほら、やっぱ、止まってないって!」


「……」


 困り果てたレイラは再び涙目で夢幻を見るのである。


 そんな、江戸川区の一角に無数のヘリコプターの音が聞こえてくる。


「というか、マジでやべーぞ。今までに見たこともない量の攻撃ヘリが来てる!」


 瀬戸が不安を口にした矢先である。


《攻撃許可! 全部隊発砲開始!》


「やばい、走って逃げろ!」


 一斉に放たれる火砲。何キロか向こうで発生する爆炎ばくえん


 微かに感じる熱線。として爆風と一緒にたくさんの破片が飛んでくる。


「うがっ」


「痛い」


 そんな破片が命中して怪我をする、瀬戸と花崎。


「瀬戸! だ、大丈夫か?」


「あぁ、夢幻。膝に石を受けちまった。俺のことはもういいから置いて先に行け」


「おい、そんな寂しいこと言うなよ! 俺の親友はお前しかいないんだから!」


 同じように、レイラもまた


「若葉!? しっかりして!」


「う、うぅ。木葉。もう私は助からないわ」


「だ、だめよ。まだあなたの夢を叶えてないじゃない。推しと結婚する夢は諦めるの?!」


「木葉、ここでの私は普通の人生だったけど。来世ではアイドルになって必ずや野望を成し遂げるからね」


「若葉ぁ〜〜!!!」


 こんな時である。また、一機のヘリが二人のそばに強引に着陸してくるのである。なんと、タイミングよく救助が来るものだろうか


「先生、この二人を先に手当てしてもらってください!」


 しかし、ヘリから降りてきたのはミニスカの軍服に白衣姿の、メガネをかけた女の軍人であった。女はレイラと夢幻をちょっと高いところから見下ろす。そんな一風変わった女に向かってレイラが真剣にお願いする。


「あの、すみませんが怪我している二人の避難をお願いします!」


 しかし、女はちょっと笑いながら二人を見ている。


「救助はもちろんするけどさ、一つ…、いや、二つ…教えてくれるかな?」


「はい、なんでも言ってください」


「この辺りに、夢幻とレイラって名前の子いないかな?」


 二人揃って、目をぱちりとさせる、夢幻とレイラ。


「これってもしかして、神託イベント?」


 目を合わせる夢幻とレイラ。黒ずんでいたレイラの瞳がどんどん輝き始めるのだった。

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