05 私たちの出番ね!


 中学校の校庭。避難命令発令に伴い全校生徒が校庭に集合している


「全員集まったか?」


 事態は切迫している。しかし、当事者は案外どこか緊張感がなかった。スマホからニュースを見て情報を集め、それを広めるやつが面白可笑しく語るのだ。


「なんかヤバそうなやつが近づいている」


「怪物ちょっと見てみたいなぁ」


 と、極めて好奇心旺盛な欲求が巡っていた。それは、もちろん夢幻やレイラも同じだった。むしろ、誰よりもその気持ちが強かったのだ。


 夢幻はさっきからずっと海の方が気になっていた。自分の描いた怪物が一体どのように実体化しているのかとても気になっていたから。


 夢幻は自分の考えられる限り強そうなクリーチャーを作ったつもりだった。


「夢幻、だからクリーチャーじゃなくて屍神しにがみだって言ってるでしょ」


 レイラは誇らしげに語る。迫り来る怪物をなんと呼ぶか、結局じゃんけんで勝ったレイラの呼び名が採用され、屍神と呼ぶことになったのだ。


 しかし、それでも最初におそってくる屍神の個体名は創造主である夢幻が決めている。


 ―ブラック・オベリスク―


 それは、完璧なレイラに対する嫉妬の気持ちでもあり、彼女に負けたくない気持ちで作った屍神しにがみだ。


 ただ、夢幻もレイラも世界を壊したくて屍神を作ったのではない。それは決してない。しかし、ある種のヒーローになりたいという気持ちが、この災いの原因だったと言われればそれは間違っていなかった。


「これから僕たちはあの屍神と戦うんだな」


「そうだね、やっとこの時が来たね!」


 そんな、二人の視線の先に、一機のヘリコプターがやってくる。


「レイラ、とうとう僕たちお迎えが来たね」


「えぇ、行きましょう夢幻!」


 二人は、この世界を守りたいと思ったからこそ、未知の災害として屍神を生み出した。面白がって生み出したその屍神が、まさか本当に具現化するなんてその時は思っていなかったけれど、生み出したからには救わねばならない。


「じゃぁ、行ってくるね」


 列を離れてヘリの元へ向かう二人。


「おい、お前らどこに行く! 軍の邪魔をするんじゃない」


「先生、僕たち軍に呼び出されてるんです」


「私たちは『屍神』を倒す定めがあるんです」


「はぁ、何言ってやがるんだ?」


 ヘリはちょうど二人の前に降り立ち、扉が開く。


「俺は夢幻、無限のエネルギーを操る者。いつでも戦う準備はできています!」


「私はレイラ、ゼロの神秘を秘めし者。さぁ、私たちを敵の元へ連れて行ってください!」


 そんな二人を無言で見下ろす隊員。鋭い目つきながらパチパチと瞬きしてめちゃくちゃ困った様子だった。


「あの…、今は緊急事態につき元気な子たちは走って避難願います。まずは障碍者や怪我人を優先しますので」


 すかさず、教頭先生がダッシュで駆け付け、夢幻とレイラの後頭部にチョップが入る。


「お前ら、わけわかないことは今だけはやめてくれよな。マジで!」


 と、教師に引きずられて戻る二人だった。


 ******


 首相官邸、屋上ヘリパッド。


 黒服の護衛が首相用のヘリを無言で守っている。そんな場所に、一機のヘリがやってくる。


 しかし、もちろんのことながら官邸の駐機パットは既に埋まっている。


「主任、ここは降りられませんよ」


「じゃぁ寄せて。ロープで降りてくる!」


 国防軍の制服のスカートを短く詰めた姿に白衣という独特な格好でラぺリング(ロープによる降下)を始める一人の女性。


 スイーと慣れた様子で官邸の屋上に降り立つ謎の軍人。それを首相官邸の警護をする面々が見て慌てて無線を入れる。


「こちら、屋上ヘリパッド。至急、南海幕僚長へ、例のしんけんの女が来ました」


 ******


 同、対策本部内。


 テレビ報道の不安を煽る声だけが部屋に響く中、南海海軍幕僚長の電話が鳴る。そして…。


「な、なんですって?!」


 と大きな声を上げた。


「どうした幕僚長?」


「大変です、しんけん三佳みよし主任がこちらに来たそうです!」


「えっ。今、三佳みよしって言いました?」


 漏れ聞こえた声に対して野宮国防大臣までもが驚く。


「はい、山梨やまなし奥地おくちふういんしたのに!」


「それで、どうするよ?」


 困り果てる大臣と二人の幕僚長のやり取りを興味深そうに見つめる総理。


「え? 誰それ?」


「三佳は、稀代きだい変人へんじんでして…、その…」


 幕僚長が口をもごもごさせながら説明する。しかし、総理は意外に冷静だった。


「じゃ、さっきの名前が出てた中学生の解析かいせきさせたら?」


 大臣や幕僚長の目つきが変わる。目からうろこが落ちたようだった。


「あ、総理もたまにはいいことおっしゃいますね!」


「野宮君、たまにははよけいだよ」


 そうこうしているうちに、対策本部の外が騒がしくなった。


「申し訳ありませんがここは主任格では許可なく入れません!」


「つべこべうるさい! 道を開けろ、この文民ぶんみん警官けいかんどもが!」


「えっ、グレネード!? 避けろ!」


 ボフッ。扉の向こうが煙で満たされ、許可も得ずに対策本部に突撃してくる一人の女性。彼女こそが悪名あくめい高き新事態しんじたい研究所けんきゅうしょに努める三佳みよし 奈癒なゆ 研究主任(二尉)である。


「新事態研究所の三佳。ただいま参上いたしました!」


 一斉に閣僚たちや官僚の視線を浴びる三佳。唖然あぜんとする周囲に対して、一切いっさい動じることもなくそのまま総理の元へ向かってくる。そして、総理の前で立ち止まった。


 あまりのオーラに総理は大臣や幕僚長をきょろきょろと見る。


 一方の三佳は総理から指示をもらいたそうな顔つきで眼鏡をゆする。


「ほら、総理が言い出しっぺなんだから!」


 野宮国防大臣がこっそりと耳打ちする。仕方なさそうに喋り始める総理。


「呼んでないけども、ご足労ありがとう。君にぜひ解析してほしい謎があるんだ。いいかな?」


「それは、総理の命令めいれいですか?」


「あ、あぁ。君たちにしか頼めない任務だ」


「わかりました、お話しお聞きしましょう!」


「実は先ほど、統合作戦計画AIがこの二人の中学生の名前を語り始めたのだ。二人にコンタクトして事情を聴いてはくれないか?」


「ほほう、これは面白そうですね。承知です!」


 そう言っておとなしく振り返える三佳。しかし、言い忘れがあったからもう一度くるりと向き直る。


「ついでに、あの海洋物体も倒しちゃって構いませんね?」


「え? できるならやってくれ」


「はい、そっちも承知しちゃったよ」


 対策本部の扉がぱたりと閉まった。


「はぁ~」


 と対策本部にため息がこぼれた。


「軍には、随分ユニークな部下がいるんだね」


「えぇ、まさか自力で封印ふういんを破るなんて…」


「それはともかく、これ終わったら新事研の予算カットね」

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