04 異常事態


 中学校。教室。


「じゃ、神澤。この問題を解いてくれ」


 無言で問題を解いていくレイラ。


「おー、さすが。正解!」


 夢幻と違ってレイラは成績もよくスポーツもできる子。容姿端麗ですれ違っただけで恋に落ちる男子がたくさんいるとかいないとか言われるほどの女の子である。しかし、強いて彼女の欠点を挙げるとすれば…


「ふん、この程度の問題、朝飯前あさめしまえよ!」


 夢幻と違って一切包み隠さない中二病なところであった。


「決めポーズは良いから早く席に戻ってください」


 そんなレイラに対してまた生徒の一人が声を上げた。その生徒は花崎若葉という。


「あ、先生。木葉は確かに変わったところがあるんだけど、それはこの子が完璧にちょっと足りない部分があるせいなんです」


「あぁ、欠点の一つ誰しも持ち合わせているから気にしないよ…」


「いえ、気になってしまいます。美しく気高い存在だからこそ欠点は普通の人の何百倍も目立つんです。真っ白な歯につく青のりが目立つようなものです」


「まさに、玉にきずということだね…」


「はい、なのでこの子のことも何とか生暖かく見守ってあげてくださいね」


「神澤さん。いいお友達を持ちましたね。一生大事にしてくださいね」


「私が盟友を裏切るというのか! このおろものめ!」


「そういう行いこそが友への裏切りだと思いますよ、神澤さん」


「あのー、先生。なんかやばい怪物近づいているみたいですよ?」


「やばい怪物だったら今頃、警報でも出ているでしょうね。授業を続けますよ」


 先生は軽くいなすが、このタイミングでみんなのスマホから一斉にアラートがなり始める。


 ~~江戸川区全域に緊急避難命令~~


 こちらは、江戸川区役所です。現在、江戸川区に緊急避難命令が発令されました。区民の皆様は急ぎ避難をお願いします。繰り返しお伝えします。こちらは、江戸川区役所です。現在、江戸川区に緊急避難命令が発令されました。区民の皆様は急ぎ避難をお願いします。


 この放送を聞いたレイラは、顔に手を当てながら嗤い始める。


「どうやら、私たちの出番が来たようね! フフフフ…」


「神澤さん、いいから早く校庭に避難してください」


 ******


 東京湾内。潜水艦「はくりゅう」


おんもん解析を完了、長魚雷へデータ入力》


「艦長、本当にここで撃つんですか? 誤射の危険性は? 長魚雷は一撃で空母をも撃沈できるんですよ?」


「そうだ。リスクを負ってでも倒さねばならない敵ということだ。さっさと持ち場に戻れ!」


 不安を持ちつつもはくりゅうの艦長は指示を出す。


《標的コードS(シエラ)-1(ワン)、まもなく攻撃許可エリア侵入します》


《1番、2番発射管、注水開始。3番、4番も順次データ入力開始》


《1番、2番発射管注水完了!》


《S(シエラ)-1(ワン)、指定エリアに侵入しました》


《攻撃開始》


《1番魚雷発射! 弾着まで3分12秒です》


《続いて、2番魚雷発射!》


 しばらく沈黙が続く。ソナー上では、魚雷が目標へ向かって一直線に近づいている。


「誘導継続」


「了解」


 この作戦では哨戒機とのデータリンクが維持されているため空から魚雷の航跡を追うことができた。黒い影に向かって順調に接近する魚雷。


 そして、しばらくすると、ピコーン、ピコーンというソナーの音が響き始める。


《ピットブル、アクティブソナー起動》


「ソナーが敵艦を探知、追尾しています」


「哨戒機からも正常に誘導されているとの報告あり」


「まもなく弾着します」


「そのままソナー誘導」


 この魚雷は、船底に潜り込んで爆発するように設計されており、爆発による突き上げによって船体を真っ二つに折ることができる。これが、魚雷の一撃必殺の由来である。


《弾着、今》


 哨戒機から中継される映像に大きな水柱が起きる。そして、突き上げるような魚雷の爆発によって海面から一瞬だけ黒い巨体が浮き上がる。


「おぉ…」


「直撃だな、長魚雷で沈まない船はない!」


 ******


 首相官邸、未確認海洋物体対策本部。


「展開中の潜水艦はくりゅうにより合計6発の長魚雷攻撃を実施しましたが効果なし、依然として目標は航行を続けております」


「…」


 総理はしばらく固まったままだった。


「総理?」


「えっ、敵はどうなったんだ?」


 寝ぼけたことをいうが野宮国防大臣は気にせず次の作戦を切り出す。


「国防軍は、これ以上の洋上阻止攻撃を断念し、地上迎撃に作戦を切り替えますがよろしいですか?」


「そんな、このままじゃ絶対被害出るんじゃない?」


「現在、最善避難経路を統合作戦計画人工知能に計算させているところです。計算完了後に直ちに避難誘導実施します」


 この切迫した状況下、対策本部の扉が静かに開く。中腰になりながら静かに入ってきた制服の女性士官は誰が見ても軍隊の人間だとわかった。彼女は一枚のメモを大勝おおがち統合とうごう幕僚ばくりょうちょうに手渡す。


 普段穏やかな幕僚長の目つきが鋭くなった。


「んん? これは?」


 そんな幕僚長の様子を気に掛ける総理大臣。


「えっ、なになに?」


「いえ、人工知能がこんなことを…」


 統合幕僚長はメモを総理と国防大臣に見せながら説明した。


「統合作戦AIが急に『ムゲン』と『レイラ』という近所の中学生らしき名前を吐き出し続けるようになりまして…」


「えっ、避難経路は? 音を上げたいのは俺だってのに…」


「総理、議事録に残りますよ」


「もう全部残しとけよ〜」

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