03 我々には切り札が残っている
東京、江戸川区の中学校。夢幻は相変わらずスマホでレイラと連絡を取り合っていた。
《今頃、軍が屍神と戦っているはずなのに…、避難命令とかそろそろ出てもよくない?》
《大丈夫、大丈夫だって。国防軍のAIだって私たちの名前を出すように仕込んだんだから…》
夢幻とレイラはこの日に起こることを知っている。しかし、授業中にニュースを見るわけにもいかずあたふたし始める二人。
《ほんとうにまだかな…》
まるで、屍神を待ちわびるような気持ち。そんな気持ちが行き場をなくして夢幻は大きなため息をつく。だから、夢幻は気になってスマホでニュースを調べ始めた。こんなこと、先生に注意されるから普段は絶対にやらない夢幻であるが、スマホを机の下に隠しながら探す。
(あった!)
テュルッターのタイムラインに「未確認生物」のニュースを見つける。が、次の瞬間そのニュース映像が再生されてしまう。
「本日9頃、房総半島沖の海上にて謎の黒い影が確認されました」
静かなクラスに突如として流れる音。慌てて停止ボタンを押す夢幻だったが、時すでに遅し。
「おい、折原。授業中にスマホとはいい度胸だな」
「先生、こんな時に災害があったら困るじゃないですか」
「もし起こるなら、確かに困るな」
「でしょ? 僕は常に警戒を怠らない主義でして」
という、夢幻の言い訳に対して今度は先生が大きなため息をついた。
「お前な、世界の心配をする前に。自分の人生の心配をしろ。今時の黒歴史は一生物だぞ」
先生は夢幻に対して諭すように、語り掛けるのだった。しかし、夢幻の隣に座る瀬戸才人という生徒が立ち上がる。
「先生、本当に申し訳ありません」
予想外の登場人物に教師も驚いて振り向く。
「瀬戸?! どうしてお前が謝るんだ?」
「いえ、普段はこんなでも、友達としては良いやつなんです。たまに痛々しい言動はあれど、仲間想いで
「え、何? 瀬戸は折原の推薦人か何かなのか?」
「推薦人ではありませんが、小学生のころから目が離せないやつでした」
「お、おう。折原はいい友達持ったな。一生大事にしろよ」
「折原には僕からも厳しく言っておきますので…ここは許してやってください」
夢幻は瀬戸のおかげで先生に怒られるのを回避したが、一方でクラス中からクスクスと笑いものにされるのは避けられなかった。
「だから、マジでやべーのが来るんだって…」
ぼやくように反論するしかない夢幻だった。
******
国防省、統合作戦本部。
ここに、統合作戦計画用スーパーコンピューターが存在している。高速に推移する軍事作戦に対して素早く対応するためこの統合作戦計画室には専用の人工知能が存在していた。
「さっきから人工知能がおかしい」
巨額の予算を使って運用される統合作戦計画用人工知能があるメッセージを吐き出し続けるのだった。
「ムゲン、レイラ、ムゲン、レイラ、ムゲン、レイラ、ムゲン、レイラ…」
ひたすら表示される暗号とも名前ともつかない文字の繰り返し。
「これは一体?」
モニターを見つめる二人の技術担当官が首を傾げていると、急に中学校の住所と生徒の名前が表示され始める。
―折原忠、神澤木葉。この二人こそ救世主―
二人の技術担当官は顔を合わせる。
「はぇー、最近のAIはやばくなると中二病になるんだな?」
「感心してなくていいから本部へ報告しろ!」
「はい」
******
東京湾、イージス艦きりしまと未確認海洋物体。
《きりしまへ、作戦を継続せよ、作戦を継続せよ》
再び海上にとどろく咆哮。二隻から小刻みに速射砲による砲撃が行われ、水柱が一定間隔で立ち上る。
《こちらきりしま。即応弾の残弾ゼロ。再装填作業に入ります》
《本部よりきりしま。目標に変化はあるか?》
《変化を認めず。攻撃の効果なし》
******
「総理、第二斉射も効果なしです」
「ならば、あれを使うしかないだろうな!」
また、らしくないことを言い出す総理。
「今日は一体どうされたんですか?」
「いや、なんでもないから。早く何とかしてくれるか」
「承知しました。航空隊が
******
千葉県上空。高度3000メートル。4機の戦闘機が編隊を組んで飛行中。
《こちら、第204航空隊。まもなく作戦指定空域に到着する》
《全艦へ通達、まもなく航空攻撃を実施する、砲撃を中止し指定距離まで退避せよ》
指令により一斉に各艦が砲撃をやめ、大きく舵を切りながら距離を取り始める。そのすぐ後に、ジェット戦闘機の爆音が空に
204航空隊は獲物を一度見定めるように上空を通過する。
《こちら、204。ターゲット
《本部より204航空隊。攻撃を許可する(クリアーアタック)、攻撃を許可する(クリアーアタック)》
《204、直ちに攻撃を開始する》
******
中学校、職員室にて。
教頭が棚を整理していると、うっかりテレビのリモコンを床に落とす。すると衝撃でテレビが映りだす。テレビをすぐに消そうとした教頭だったが…
「現場の報告によりますと、軍の攻撃が行われているようです」
何やら大ニュースのようだった。気になってそのまま見続ける教頭。
「現場の三島さんより中継です」
中継が切り替わる。
「こちら、三島です。ご覧ください。先ほど軍による攻撃が行われ、海が張り裂けるほどの水柱が立ち上がりました。現在私たちの乗るヘリコプターは現場から5キロほど離れた場所を飛行していますが、衝撃を肌で感じるほどの威力です!」
興奮したリポーターがしゃべっていると、カメラの後ろで二回目の空爆が行われ、水面が大きく膨れ上がる。大爆発を起こしている様子が鮮明に映し出されていた。
「うわ、またすごい爆発です!」
そんな様子が職員室のモニターに映っていた。
「こりゃー大変だな…」
「教頭先生、今ネットで見ましたけど、これ東京湾の話らしいですよ」
「東京湾? 近くじゃないか?」
ドーンと一発、遠くで何かが爆発したようなわずかな振動がテレビ中継に遅れてやってくる。二人の教師は黙って顔を見合わせるのだった。
「今どの辺にいるの?」
職員室にいた教師はノートパソコンの画面を見せる。予想進路の先には江戸川区。葛西臨海公園がある。
「おいおい、真っすぐこっち来るじゃないか」
「県や教育委員会から避難指示は出ていないんですか?」
「ないな…問い合わせてみる」
「まぁ、これだけ軍隊が派手にやっていれば大丈夫そうですけどね…」
******
首相官邸、未確認海洋物体対策本部
「第一次、および第二次攻撃に効果を認めません」
「上陸予定時間は?」
「あと2時間ほどです」
「陸軍は準備できてる?」
「出動態勢は整っております。前線に機動装甲師団および回転翼機を主力とした強襲攻撃部隊と、後方に自走りゅう弾砲部隊と地対艦ミサイルの展開が完了しています」
「住民の避難は?」
「都との連絡に時間がかかり先ほどようやく避難命令が発令されることになりました」
「おいおい、遅過ぎないか?」
「住民の完全な避難には数時間を要します。洋上阻止が失敗した場合に地上迎撃を行うと民間人に多数の損害を生じると考えられます」
「えぇっ?!」
頭を抱える総理。大きなため息が対策本部に響いた。
「あんたが攻撃を渋るからでしょうが!」
防衛大臣に叱咤激励される総理だった。そうやって怒られた直後に総理のキャラクターが急に変わる。
「ふん、だが我々にはまだ切り札が残っている!!!」
一同がしばらく沈黙した。海軍幕僚長が困惑するも…
「あっ、えっと。長魚雷を使用してよいということですね?」
総理は眉間にしわを寄せて、黙って頷く。
(やっぱり、今日の総理ちょっと変だなぁ…)
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