02 不治の病を患う子たち


 東京湾が見渡せる場所に佇むとある中学校。ここに、主人公の一人であるおりはらただしがいた。実は、彼には裏の名がある。


 その名は「夢幻むげん」である。※彼の脳内設定である


 彼の好きな数字は世界で一番大きな「∞」。そういう気持ちから、夢幻という人格が呼び出された時の、彼は「無限」を操る存在になる。あらゆるパラメータを無限大に改変でき、防御力だろうが攻撃力だろうがなんでもカンストさせて、簡単に最強になれる。持ちうる可能性は無限大の設定である。


 そんな心も体も中学二年生の夢幻は今、机の陰にスマホを仕込みこそこそと周囲を警戒しながら一所懸命メッセージを打ち込んでいた。


《レイラ、今日が例の日のはずだよな?》


 そのメッセージを受け取ったのは夢幻のすぐ後ろの席に座る、神澤かみさわ木葉このはであった。すらりとしたしなやかな体つきに長い髪をなびかせ、透き通る瞳と整った顔つき。すれ違うだけで恋に落ちるような女の子である木葉このは夢幻むげんの隣に住む幼馴染である。


 そんな完璧に近い存在の木葉だが、ひとつ致命的な欠点を挙げるとしたら夢幻と同じく中二病であることだった。もちろん彼女にも裏の名前があり


 その名は「レイラ」。無限と対になるゼロの神秘を司る。※もちろん設定である


 しかも、彼女は夢幻と違って友達にもそう呼ぶように吹聴して回っていた。


 学校の中では「木葉は可愛いけど変わった子」として有名だった。しかし、可愛いのでなんだかんだそういうキャラクターだとして許されている。ちなみに成績はとっても良い。


 レイラは夢幻のメッセージにすぐに返事をした。


《そうね、今日から全てが始まるわ》


《でも、もう11時過ぎたよ。何にも起きてなくない?》


《心配することはない。今頃、総理が軍を動員しているはずだから》


《でもさ、僕たちがシナリオ書いた時と総理が違うじゃん。今の総理なんか頼りなくない?》


《そこは、たぶん神パワーで何とかなる…はず…》


 夢幻の弱気を受けてレイラもまたちょっとだけ不安になってくる。だから、レイラは少し背伸びして広がる東京湾を見るけれど、普段と変わった様子は感じられなかった。


《本当に来るよね?》


 ******


 首相官邸、未確認海洋物体対策本部。


「総理、もう湾内ですよ。そろそろ攻撃許可をご裁可いただけませんか」


 宮野防衛大臣はこのセリフを既に100回は言った気持ちでいる。


「そう言われてもねぇ…」


 それに対する総理の返事も100回目となる。周りの閣僚たちが苛立ち始めいよいよ本気で総理を取り囲もうと思った頃合いだった。


「あれ? あれあれあれ?」


 総理は急に何かを思い出して秘書官を見る。


「そういえば今日、何日だっけ?」


「今日は4月5日、例の日です」


 すると、総理は急に顔が青白くなり、ぶつぶつと何かを唱え始める。


「例の日、例の日、例の日…。は、始まりの日じゃないか…」


 いつものひょうひょうとした雰囲気からうって変わって、似つかわない大きな声で変なことを言い始める総理。


「ちょっと、総理。ここでの会話は議事録に残るんですよ?」


 しかし、人が変わったように総理は続ける。普段では見られないほど力強く思い切った口調で自身の決断を言い渡すのだった。


「決めたぞ、軍による完全排除を決定する。諸君、直ちに行動開始せよ!」


「えっ、どうしたんですか急に?」


「あの弱腰総理が…。何か悪霊でも乗り移ったのか?」


「だから、議事録に残りますってば!」


 この、首相官邸賑わせた総理の異常事態。しかし、そんな事情を夢幻もレイラも知らなかった


 ******


 東京湾内を航行中のイージス艦きりしま。毎時21ノットで航行中。くだんの未確認海洋物体の追跡任務を続行中である。


《本部より、きりしま。作戦変更。現時刻より追跡任務を解除、未確認海洋物体の排除を実施する》


 通信手からの連絡を受け、艦長は隣に座る司令官を見る。司令官は一回頷いただけだった。


《攻撃準備!。これは訓練ではない。攻撃準備!》


 ******


 首相官邸、未確認海洋物体対策本部。


 南海海軍幕僚長の作戦説明。


「まず、現在作戦海域近隣に民間船舶がおります。被害範囲を制限するため、ミサイルや長魚雷の使用を控え、艦隊による艦砲射撃と空軍の精密誘導爆弾による攻撃を実施します」


 対策本部の中央モニターに現場を確認する観測機(UAV)の映像が流されている。現在、関係各所が作戦実施に当たり避難命令を通達し、避難を実施している段階だった。


「総務省より、報道ヘリの退避完了との報告」


「きりしまも民間航空機の退避を確認との報告です」


 続々と入る報告。そして、すべてが整う。


 軍の制服を着た大勝司令官は短く命令する


《限定攻撃作戦を許可する》


 ******


《きりしま了解。直ちに攻撃を開始する》


「127ミリ速射砲、展開!」


「目標諸元、目標物前方へ照準完了」


 艦長は隣の司令官を見ると、司令官は大きく頷いた。


「打ち方はじめ」


「打ちぃ~方はじめ!」


 砲撃手が命令を復唱し、主砲の操作トリガーを引く。砲撃手の操作と同時に、ズドン、ズドンと砲弾が素早く放たれ、海水面に水柱が刻まれていく。


 ******


 首相官邸、対策本部。


「報告。きりしま、しらなみ、2隻から127ミリ砲弾20発を発砲。全弾命中」


「おぉ~」


 対策本部内でも映像が流れどよめきが起きる。


「それで、効果はあったのか?」


「目標は依然前進を継続。攻撃の効果はありません」


 大臣たちは顔を見合わせるのであった。


 *****


 東京、江戸川区の中学校。夢幻とレイラ。


《やっぱ来ないのかな?》



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