第三章 新源平合戦 孫子の戦い
第21話 九郎義経『目指すは朝敵』なり。
文治2(1186 )年11月 奥州平泉高館 衣川館
九郎義経 (28才)
河内に身を潜めていた叔父行家から、使者が来た。この後に及んで、なにを言って来たかと思ったが、一応、聞いて見ることにした。
「九郎様に置かれましては、平家の追討を無事逃れ奥州に落ち着かれたとのこと、祝着至極にございます。
都においては、義仲殿の下に参集した軍勢が平家を破り追い出したものの、院の意に添わず争うて、坂東勢を呼ぶ始末となった次第。
しかし、京の都は飢饉、震災と災難続きにて大軍を置くこと、できずにおりまする。
つまりは、どの勢力下にもないということ。
行家様は、平家に不覚を取り身を潜めておりまするが、院とは親しい間柄にて九郎様のお力添えあらば、院の下で源氏の威勢を振るうこと可能と申しております。」
「 · · 使者殿、長ったらしいが、つまり、叔父御と共に、院の下に付けと言うことだな。
俺は父上が破れた平治の乱で、身内を見捨てて身を潜めただけの、何の力にもならなかった叔父御を血縁者とは思っておらぬ。
それに、父上は院の近臣を倒した罪を着せられ、朝敵となっている身だ。
故に息子の俺も朝敵。朝敵として、立ち上がることこそが、俺の目指すところなのだ。」
「 · · · · · 。」
「理解したかな。叔父御が院の下にあるなら、いずれ、この九郎義経が倒すべき輩だ。
それまで首を洗って待っていろと伝えよ。」
「ひ、ひっ、な、なんとっ。」
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文治3(1187)年3月 奥州平泉高館 衣川館
九郎義経 (29才)
「御曹司、都で御曹司が上洛すると噂が流れておりまする。出処は院の周囲にございます。」
「そうか、叔父御め。俺に、断られた腹いせに企んだか。俺と兄の対立を煽るつもりだな。
七郎に伝えよ、噂には噂を流し対抗しろと。
俺が父上の仇討ちに、朝敵として上洛をするようだと、噂を上塗りして流せとな。」
『善く戦う者は、人を致すも人に致されず』
巧みに戦う者は、敵軍を思うがままに動かして、決して自分が敵の思うままに動かされたりはしない。【 孫子の兵法 】
………………………………………………………
「御曹司、過日、都で流した噂が効き目があり過ぎましたぞ。都中の民が院の行いを誹謗中傷しておりまする。
都の随所で、民達が朝廷の配下の者達を論破して諍いを起こしております。
ために、北面の武士が、わずか200人足らずしかおらぬ院は、いつ都の民達が蜂起するかと震え上がっているとか。」
「後白河院には、釘を刺しておいたにも拘らず行家叔父と結託して、謀略を企んだのだ。
ここは一つ灸を据えて置くか。
兄に文を遣わす。院に『都落ちなさるおつもりか。』と問うてくだされとな。」
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文治3(1187)年3月 相模国鎌倉 大倉御所
源 頼朝 (41才)
九郎から文が参った。都でまた、院が騒ぎを起こしたとな。
儂と九郎を対立させるための噂を流したが、墓穴を掘って都の民達を蜂起寸前にしている由、捨て置けぬので灸を据えてくれとある。
都を守護しているのは誰かと問えとある。
中々に手厳しいことよ。だが、後白河院は、勝手が過ぎるな。
中立を保ち、寝ている子の九郎を起こして、どうするというのか。
今はまだ、平家の追討も成らず、国中に小賢しい者共が溢れているというに。
九郎の奴は賢い。じっと儂の成すことを見ておる。敵にすると、最も手強い敵になろう。
『兄上は、平家打倒をなした暁には、如何なる国造りをなさるおつもりか。
平家の二の舞は、御免被りたし。』か。
確かに、後白河院だけではなく、朝廷という存在は、厄介この上ない。
権威だけを振りかざし、全ての勢力を下につけようとする。これまでは、源氏も平家も利用されて来たに過ぎぬ。
儂は武士の棟梁として、武士達の
とは言え、ここは一先ず、九郎の言う通り、後白河院に詰問しておくか。
「誰かある、都へ使者を立てる。軍勢は1万騎を用意を致せ。我が武威を見せるのだ。」
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文治3(1187)年4月 京都 上京 御所内裏
後白河院 (61才)
「行家、全くその方の言うた通りにはならぬではないか。どうせよと言うのだ、頼朝の怒りを買うてしもうたぞ。
都には万の軍勢が迫っておる。義経からは、いたずらが過ぎたと、儂を内裏ごと焼き払い、安徳帝の世とするから、覚悟せよと言うて来ておる。」
「この際、出家なされて、陳謝なされては。」
「うぬぬ、それで事が治まるか。愚か者めっ、さっさと都を出て行けっ。
そちがおると、儂の首が飛びかねぬわ。」
4月の上旬、入京した頼朝の軍勢は、御所を取り囲み後白河院を捕縛すると、洛南の鳥羽殿に幽閉した。
その後、畠山 重忠の下、1千の軍勢を都に留まらせて、都の政を司らせた。
俺は、幽閉された後白河院をお慰みするため都の民に茶を献上させた。
緑茶と、どくだみ茶を
献上後、後白河院は体質なのか、
まあ、それが狙いのお仕置きの『雪隠詰め』だったのだが。
一方、都から逃げ出した叔父行家は、謀議の首謀者として頼朝に追われ、逃亡の末に和泉国近木郷の日向権守清実の屋敷に潜伏していたが5月に地元民の密告により露顕し、北条時定の手勢に捕らえられ、山城国赤井河原にて長男の光家、次男の行頼と共に斬首された。
ここに、源氏諸勢力を蜂起させ、平家の没落をもたらした、初代梟雄とも呼ぶべき者が最後を遂げたのであった。
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文治3(1187)年6月 九州筑前国 太宰府
平 宗盛 (41才)
太宰府は、清盛が福原に大輪田泊湊を開いて以降、南宋貿易船が大輪田泊に直行してしまい従前の活気を失っていたが、それでも寄港地として物流を見る機会は多い。
最近、宗盛が目にするのは、南宋の品々ではない。福原から南宋へ輸出される品々だ。
染色も鮮やかな絹織物から、薄く軽い陶磁器の焼き物、馬の鞍や紐の皮製品、木竹の日用品など、都でも見かけなかった品々が通り過ぎて外つ国へと流れて行くのだ。
そして耳にした。奥州大山屋の名を。
都の大地震直後から、民の必要とする品々を安価で売り、それが都の民らを救ったと。
なんでも貴船神社に繋がりのある商人とか。
それを聞いて、俺は“ハッ”とした。
貴船神社、奥州大山。あの謎かけの文の主は奥州 藤原家の
「宗盛様、畿内の商人から聞きつけましたが、都では院が幽閉され、頼朝の家臣 畠山 重忠が治めているとのことにございます。
また、源 行家が捕縛斬首されたとの話が。
やはり、頼朝が最大の敵となりますなぁ。」
「違うな、種直 (原田種直)。我らを追いやったのは、頼朝に命を下した朝廷ぞ。
だが、朝廷が恐れる勢力がいる。其奴は都の民を半ば従えておるぞ。」
「いったい誰でございますか。そのような者がおるとは、聞き及んでおりませぬが。」
「地に潜んでおる、今はな。やがて、姿を現すであろうよ。」
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文治3(1187)年7月 奥州平泉高館 衣川館
九郎義経 (29才)
妙な者らが俺に臣従を求めて来た。北信濃の信濃源氏一族の村山七郎義直や栗田寺別当大法師範覚ら5人の当主だ。
彼らは義仲追討の平家に反攻し、以降義仲に従って上洛を果たしたはずだ。信濃へ逃げ帰った義仲に従っていたのではないのか。
「遥々よう来られたな、道中、たいへんであったろう。なにも、当主自ら来ることはなかったのではないか。」
「信濃から武蔵に出て、船で参りました。
我らはもう、お縋りするのは九郎様を置いて他にないのです。
我らは以仁王の令旨が出て、一も二もなく、源氏の一族として立つことを決めたのです。
平家が、義仲殿に追討の兵を向けたと知り、追討の軍勢と全力で戦いましてございます。
その後は義仲殿に従い、平家と戦い上洛したのです。幸い、義仲殿は戦の申し子のごとく、大軍を打ち破りましてございます。
しかし、義仲殿の下に参陣したのは、我らのような忠義の源氏ばかりではありませなんだ。
平家の庶流あり、出自の怪しき者達ありで、恩賞を目当ての烏合の衆でございました。
そして、都で一族の頼朝殿と戦すると知り、我らは義仲殿の下から離脱致しました。
我らは、源氏一族が轡を並べて戦うことを、望んでおりました。なのに、源氏同士で戦するなど望んではおりませぬ。
此度、九郎様にお縋りするのは、敗走して、信濃に戻った義仲殿が、再び我らに従うように求めて参ったからです。
我らは源氏同士の戦は、御免被りまする。」
「兄頼朝と俺の父の義朝は、義仲殿の父義賢と嘗て争い、我が長男義平が義賢殿を討った。
それを承知の上で、源氏同士の戦を忌諱すると申されるか。
俺とて、兄頼朝と戦になるやも知れぬ身だ。
なぜ、そんな俺に臣従を望むのだ。」
「河内源氏の嫡流であるお二方でございますが頼朝公は坂東の豪族の神輿に過ぎませぬ。
片や、九郎様は奥州藤原家を従え、寄せ集めではございませぬ。いずれが忠義の臣の集まりかは、明白にございます。」
「そうか、俺も信頼できる味方は必要だ。
して、俺に何をしてほしいのだ。」
「はい、家臣の証としての九郎様の旗印を下賜いただきたく、お願い申し上げまする。」
えっ、旗印。源氏の旗は白無地だよな。
兄も義仲も一緒か、それでは区別が付かないのか。まずいか。
おい、怨霊義経っ。どうすりゃいいんだっ。
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