第15話 九郎義経不在の『一ノ谷』範頼死す。
寿永3(1184)年1月 京都 比叡山『千光房』
九郎義経(26才)
俺は、兄頼朝と平家の源平合戦を痛み分けにするべく、11才で都落ち以来、実に15年ぶりに上洛し、京の都へ潜入していた。
「御曹司、あの都落ち以来ですな。ご立派な若武者になりましたなぁ。眩しいほどですぞ。」
「俊章和尚、壮健でいてくれてなによりだ。
和尚のおかげで俺の思うことができている。
和尚には、心から感謝している。」
「何を申されますか。この数年の飢饉にあって畿内の民達を、よくぞ救ってくだされた。
御仏が、拙僧を御曹司に導き会わせてくれてこの世に、大きな徳を生み出しましたな。
それだけで、拙僧が生きた甲斐があるというものでございますよ。ふぉっ、ふぉ、ふぉ。」
「七郎、七郎もようやってくれた。お前の働きは俺の誇りぞ。これからも頼りにするぞ。」
「御曹司、儂と御曹司の仲じゃぞ。この世から理不尽な者共を打ち払い、我らが天罰を与えてやろうぞ。はっはっはっ。」
「御曹司、母御には顔を見せたのか。心配を掛けておるのだぞ。早う見せて上げなされ。」
「うむ、明るいうちは人目もあるしな、今夜にでも参ろうと思う。養父殿にも弟にもずいぶん世話を掛けているし、礼を言わねばならぬ。」
「ところで七郎、また頼まれてくれ。近々近江の一ノ谷で戦になる。この文を源平各々の大将に届けてほしいのだ。」
「畏まってござるよ。しかし、渡すとどうなるのでござるか。」
「なぁに、公平に戦することになるだけよ。」
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寿永3(1184)年1月 京都一条大路 大蔵卿邸
九郎義経(26才)
「養父上、母上、それに能成、新年おめでとうございます。
長きに渡り顔を見せず申し訳ありませぬ。
でも、この通り育ちましてございますよ。」
「まあ、九郎。立派になって、母は、母は。」
そう言う母の常盤御前に、涙ながらに抱きつかれて、ずっと放してもらえなかった。
で、そのままのちょっと情けない姿で、養父上と話を続けた。
「養父上、都の様子は如何ですか。義仲の率いた軍兵が民に狼藉を働いたと聞きましたが。」
「うむ、酷い有様よ。飢饉の後の実りを心待ちにする民の実りきらぬ青苗を刈り、馬の餌にしたり、残りわずかな食料を兵糧に召し上げたりとやりたい放題で、義仲はそれを放任じゃ。
飢饉の最中に大軍勢で上洛するなど、気違い沙汰としか思えん。あれでも源氏か。」
「申し訳ございませぬ。政を知らぬ不祥源氏の従兄弟であります。」
「兄上、兄上が何も謝る必要などありませぬ。
兄上は、都や畿内の百姓や民を救ったのですから、感謝される立場です。」
「そのとおりじゃ。朝廷も公卿も何の手立てもせなんだ。政をなんだと思っておるのか。
まったく情けないことよ。」
「九郎ありがとうね。九郎が送ってくれたお米がとっても美味しかったわ。人に分けてあげることは控えるしかなかったけど、時々は呼んでご馳走してあげたのよ。
子供達が、とても喜んでいたわ。」
「そうじゃった。九郎、礼を申すぞ。
九郎が届けてくれた品や金子で、我が家が、どれほど助かったか、郎党下女達にもひもじい思いをさせずに済んでおる。」
「養父上、それは俺の恩返しです。母上と俺を引き取り養ってくれたご恩は忘れませぬ。」
「聞いたか能成、兄上の言葉を。お前にも期待しとるぞ。はははっ。」
「父上、それは無茶ぶりというものですっ。」
「「「はははっ(ほほほっ)。」」」
その夜は千鶴丸母子のことを話したり、俺が平泉に辿り着くまでの冒険談を話して、夜が老けるまで、15年ぶりの家族団らんだった。
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寿永3(1184)年2月 京都 比叡山『千光房』
九郎義経(26才)
「御曹司、昨年暮れに頼朝公の重臣 上総広常が梶原景時に誅殺されましたぞ。
上総広常は上洛に反対し坂東の地での独立を主張したとのこと。」
「上総広常は、奥州藤原家を模倣したか。
しかし、兄は納得しまいな。平家をそのままにし、義仲や行家叔父を放置すれば、我が身が危うい。倒し切らねばならぬだろうな。」
「御曹司、藤原で清盛公の法要をしている平氏一門の下へ、後白河院から停戦を勧告する使者が向かったようにございます。」
「むっ、欺瞞だな。まずいっ、その使者を討ち取れ。行かせれば停戦を信じた平家は戦わずに攻め込まれるぞ。
ただちに使者を追えっ。追って討ち取れ。」
京を出た院の使者一行に七郎配下の山伏達が福原の手前で追いついた。使者らは20人余り七郎配下は50人である。
「何者ぞ、我らは院の使者なるぞ。不敬である控えよ。」
「何が不敬だ。武士を虫けらのごとくあしらいおってっ。一人も逃すな、討ち取れっ。」
「ヒュッ、ヒューン。ヒュッ、ヒューン。」
使者達は鎧兜姿だが、近距離からのボウガンの矢は、鎧を貫き通す。
たちまち射抜くと、止めに首を跳ねて行く。
四半刻で使者達の一行は壊滅の憂き目を見た。
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しかして、太平の世に慣れた平家は、実戦の過激さ熾烈さというものを、見失っていた。
「よもや」「まさかっ」のお目出度き危機感の無さ、だったのである。
福原の背後を守る播磨の三草山の平家1万は源氏の搦手3万に、夜襲を受けて壊滅した。
そして、史実では
だが、今世の搦手の軍に稀代の戦術家である
搦手軍を率いていたのは、梶原景季だった。
勇猛ではあるが、奇策を使えない男である。
だが、俺が源氏の総大将範頼に文を送った。
『福原背後の山中に、鵯越なる山道あり。勇猛なる騎馬精鋭ならば、通り抜けられん。』
平家の総大将宗盛にも文を送った。
『福原背後の山中に、鵯越なる山道あり。備え怠るべからず。』
結果、鵯越を進んだ梶原景季の精鋭の軍勢は
300騎の半数以上が落馬し、無事に通り抜けた軍勢も、待ち構えた平家500の軍勢に討ち果たされた。
このため、残りの源氏の軍勢は、平家の防備する夢野口に参戦するしかなかった。
早朝、平氏軍主力の守る東側生田口には大将範頼率いる大手軍5万騎が布陣していた。
範頼軍は激しく矢を射かけるが、平氏は壕を巡らし、逆茂木を重ねて陣を固めて待ち構えていた。
平氏軍も雨のように矢を射かけて応じ源氏軍を怯ませる。平氏軍は2,000騎を繰り出して、白兵戦を展開した。
範頼軍は名のある武将が討たれて、死傷者が続出して攻めあぐねた。
また、塩屋口、夢野口も激戦が繰り広げられるが、平氏は激しく抵抗して、源氏軍は容易には突破できないでいた。
そういう状況の中、安徳天皇、建礼門院らと沖合いの船にいた平家の総大将宗盛は、雌雄を決するべく、わずか100騎を率いて、生田口の後方へ上陸して、大将範頼の本陣を急襲した。
戦いが拮抗して、前線に目が向いていた生田口の軍勢は、範頼の本陣に200騎しかおらず、しかも後方からの騎馬の急襲で、瞬く間に崩れ宗盛の郎党が大将範頼に襲い掛かった。
あっという間のでき事だった。源氏の総大将
範頼の首が跳ね飛んだのは。
そうしてこの戦は、生田口が大混乱に陥り、それが塩屋口、夢野口に波及して源氏の軍勢は各個、ばらばらになって撤退して行った。
こうして、平家は辛うじて福原を守り抜いたのである。
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「御曹司、梶原景季が鵯越に気が付かないのであれば、教えてやる必要がなかったのでは。」
「万が一気が付いたらまずいし、奇襲を防げば源氏の士気が下がり、平家の士気が上がる。
俺は平家に安々と滅びて欲しくないんだ。」
「それにしても、驚きましたなぁ。
よもや、兄君の範頼公が討ち死にするとは。
平家の宗盛殿の武勇、侮りがたしですな。」
「兄にとっては、大打撃だろうよ。平家追討の総大将を失ったわけだからな。
後任の総大将を巡って、坂東の豪族どもが、血みどろの争いを始めるだろうよ。」
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寿永3(1184)年2月 摂津国福原 雪見御所
平 宗盛 (38才)
何者であろうか。貴船神社のお告げと申して山伏姿の修験者が文を置いて行ったが、
『福原背後の山中に、鵯越なる山道あり。備え怠るべからず。』
『寡兵で大軍に勝利を得んとすれば、大将首を得ることなり。生田口は海のほとりにありて、
戦さ熱すれば、大将首そこにあり。』
『戦勝あらんとも、畏き辺りに寄るべからず。
御所ある都を守るは愚、攻めるは賢なり。
政を望むならば、まず朝敵となるべし。』
ふ〜む、これは謎かけだな。我ら平家に朝廷を倒す覚悟、ありやなしやと問うておる。
平家は既に安徳帝を頂いておる。それを如何にせよと言うのか。
しかし、意味するところは理解する。
平家は一旦本拠の伊勢に籠もり、英気を養うべきものとの諫言だな。
伊勢に戻って、20年の歳月で腐った武家の誇りを取り戻さんとするか。
それとも、西国へ下り、新たな勢力とならんと欲すべきか。
いずれにせよ、ここ福原は都に近すぎる。
朝廷と貴族すずめどもの喧騒には、近寄らぬようにせねばならぬな。
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この後、平家は福原を捨て、西国の九州へと移り住み、九州独立国への道を歩む。
怨霊義経の復讐のためとはいえ、俺はとんでもない歴史改ざんを始めてしまった。
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