第7話:7日目~居場所~

・7日目


 「私は、これからも生きます」


 私は、決意を胸に言葉にした。


 「そう…決めたのね」


 研究員の女性が返事をする。


 「私にも大切なものがあることが分かりましたので」


 女性は少し嬉しそうな表情をして、踵を返した。


 「データ更新の手続きも出来たし、帰るわね」


 「はい、ありがとうございます」


 「またね、ネリネ」


 「はい…」


 私は、彼女の名前を知らない。


 きっと、消去してしまったんだろう。


 彼女は、私のことを想ってくれているのに、彼女の名前を知らないことが酷く悲しかった。


 

 彼女が帰ってから、一人の時間が流れる。


 とてもとても長い時間だ。


 たった数日の出来事だったのに、ただもう一人居たことが、こんなにも大きかったなんて…。


 誰もいないこの時間は、とても退屈で、とても静かで、とても冷たい。


 フェアからの手紙に触れる。


 彼の温もりが残っているかのように暖かい。


 「あなたは、いつ帰ってくるのですか?」


 昨日出て行ったばかりの彼のことを思い出しながら、虚空に尋ねる。


 「私は、貴方が帰ってくる場所を守ります」


 

―3年近く時が経ち


 私は、いつも通りのルーティンをこなします。


 それが、終われば退屈な時間がやってきます。


 私は、何のために生きているのでしょう。


 それは、決まっています。



 大切な人がいつ帰ってきてもいいように…


 

 きぃっと小屋の扉が開く音がします。


 この小屋に尋ねてくる人なんてほとんどいません。


 振り返るとそこには…


 「…ただいま」


 少し気まずい表情で、少し何かを恐れながら、一人の人物が入ってきました。


 彼は、私が忘れているかもしれないと思っているのでしょうか。


 私が、そんな薄情者だと思われていたなんて、後でお説教ですね。


 私は、人生で一番の笑みで答えます。


 「おかえりなさい、フェア」


 「…っ、覚えているのか」


 「ええ、待ちくたびれました」


 「すまないな、仲間の行方を探ってみていたんだ」


 「当てがあったのですか?」


 「いや、でも完全に亡くなったか分からないものも居たから、心当たりを回ってみてたんだ。実を言うと、また行くつもりだ」


 「そうですか」


 フェアのやりたいこととは、仲間を探すことだったようです。


 「だが、またしばらく世話になってもいいか?」


 「ええ」


 

 フェアは、以前のように1週間ほど過ごすと、また旅立っていきました。


 私たちは、この奇妙な関係を数回繰り返したのです。


 私は、奇跡的にフェアの事のほとんどの記憶を失うことはありませんでした。


 こんな関係を何度か、続けていたところ…


 

 フェアは、ぱったりと訪れなくなったのです…。



 「あの人は、今どこで何をやっているんでしょうね…」


 私は、よく遊びに来る小リスに話しかけます。


 小リスは、何を言っているんだと言わんばかりに小首を傾げるだけです。


 でも、きっと彼は約束を守ってくれるでしょう。


 そう信じて…


 私はいつまでも、いつまでも…

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