第2話:2日目~交わり~

・2日目


 今日も、いつも通りの1日を。

 そう思っていたのだが、どうにもあの男の事が気になってしまう。

 

 「彼は、今何をしているのでしょう」

 

 彼が、ここに来た理由は察しが付く。

 おそらく、死に場所を探しに来たのだろう。

 

 魔族はそう簡単には死ねない。それが、力の強い魔族なら尚の事だ。


 この時代で生き残っていると言うことは、彼もそれなりの力を持っている方なのだろう。

 だからこそ、魔族にとって、住むことすら厳しいこの場所に来たのだろう。


 「そう言えば、名前すら聞いてませんでしたね」

 

 もう会うこともないのだろう。

 そう思うと、少し寂しさを覚えた。


 成り行きではあったが、私に初めてをくれた相手だ。

 彼に、料理を振舞った時、今まで感じたことのない感情が生まれたような気がした。

 私が、初めて生きている意味を感じたのだ。

 


 私は、自然といつもとは違う行動をとっていた。

 彼は、きっと人が入り込まないところに行ったのだろう。


 私は、森の奥に向けて歩みを進める。

 彼は、今一人で何を思っているのだろう。


 私は、動物も通っていないような道ならぬ道を進む。

 彼は、最期まで一人で嫌ではないのだろうか。


 私は、嫌だった。ずっと一人だったのが。何故、私だけこんな辺鄙なところで目覚めてしまったのかと。

 彼は、誰かと一緒に居る喜びを知っているのだろうか。


 私は、誰かと一緒に居たかった。

 彼は、どうなのだろうか。



 森の奥深くに入っていくと、小さな洞窟を見つけた。

 近くの草花を見てみると、少し踏まれた跡があり、誰かが入った形跡がある。


 きっと、彼はこの中に居るのだろう。

 私は、彼に会って、どうするのだろうか。

 

 「どうするんでしょうね」

 良く分からない自分に対して苦笑いする。


 この気持ちを確かめるために足を踏み入れる。


 私が初めて、何かをしたいと思ったのだ。

 限られた時間の中で、自分のために時間を使わないのは勿体ない。



 コツコツと足音が響く洞窟の中を歩く。

 本当に居るのだろうか。


 洞窟は思ったよりも小さかったみたいだ。

 目的の人物が見えた。


 「……何しに来た」

 彼は、少し不機嫌そうな顔で私を見る。


 「何しに来たんでしょうか…」

 私は、自分でも分からないことを聞かれ、オウム返ししてしまう。

 

 「……」

 彼は、黙ったままだ。

 私を初めてみたときでも怒りは見せなかったのに、少し怒気を感じる。

 

 「私は…私の気持ちの答えが知りたかったのです」

 「気持ち?」

 「はい。私の話を聞いていただけますでしょうか?」

 「……昨日の礼だ。暇つぶしに聞いてやろう」

 「ありがとうございます」

 私はお礼を言って、自分の気持ちを整理するようにポツポツと語り始める。



 「私は、私たちヒューマノイドは、本来、人に仕える存在です。それが存在する理由でした。しかし、私が目覚めたこの場所には、誰もいませんでした。元々居なかったのか、少し前に居なくなってしまったのか、詳しい記録は残っていませんでした」


 「私はヒューマノイドの寿命である3年と言う期間を、私の中に残されたルーティンのプログラムにのみ従って過ごすしかなかったんです。果たして、それは生きていると言えるのでしょうか。私がここに居る意味は何だったのでしょうか」


 「しかし、昨日、あなたに食事を用意した時、あなたにお礼を言って頂けたとき、私に初めて感じる感情があったのです」


 「私は…きっと誰かと一緒に居たかったのでしょう」



 私の要領の得ない話を真剣に聞いてくれていた彼は、出会った時と同じように眉間に皺を寄せて答えた。

 

 「お前がどう思っているかは知らんが、俺に一時でも仕えたことによって、お前の中のレゾンデートルが満たされたのではないか?」

 「…そうですね。あなたに食事を用意した時、確かに私の存在意義を感じました」


 「本来ヒューマノイドとはそういう存在だ。お前は、少し変わり種の様だが。長い時間、一人で過ごして、プログラムが変質してしまったのかもしれないな」


 「あなたは、一人で寂しくないのですか?」

 

 「そういう無神経なところはヒューマノイドらしいな」

 「そうでしょうか」


 「戦争のことは知っているだろう?俺の仲間はほとんどがそこで失われた。残った近しい者もだいぶ前に亡くなった。俺だけが残ってしまったんだ。寂しい…かどうかは分からんが、一人で生きる気にはならんな」

 彼は、昔を思い出すように遠くを見て答えてくれる。

 「そういうところはお前と一緒かもしれん。もう生きる意味が見出せないんだ…」


 「ここで、死ぬのですか」

 「……そうだな」


 やはり、彼は死に場所を求めてここに来ていたようだ。

 ここで私は、一つの提案を思いついた。


 「あなたは、ここで過ごしても命が尽きるまで、しばらく時間がかかるのですよね?」

 「そうだな…。早くとも数か月はかかるだろう」


 「であれば、それまで、私の小屋で一緒に過ごしませんか?」

 「……何故だ」

 彼は怪訝な様子で尋ねてくる。



 「私の存在意義を満たすために、あなたを利用したいのです」

 「…全く隠す気なく言ったな」

 

 「それでどうでしょう?」

 「俺にメリットが何もない」


 「温かいご飯を…」

 「必要ない」

 「温かいお風呂を…」

 「要らん」

 「ゆっくり休めるベッド…」

 「ここで充分だ」

 「……」

 「……」


 私の持てるべき武器を使っても頷いてもらえなかった。

 こうなったら…


 「では、私もここで過ごしましょう」

 彼は、出会ってから一番嫌そうな顔をした。

 

 「……何故、そこまでする。仮に、俺を連れていきたいなら、昨日のことを恩に着せて交渉すればいいだろう」

 

 「理由は先ほど述べました。私にとっては、大事なことなんです。昨日のことは、お礼を言って頂けたので十分です。それに、その事に関しては、私がお礼を言いたいくらいでしたので」

 「……お前は本当に変わったヒューマノイドだな」


 彼は深いため息を尽き、観念した様子を見せた。

 

 「……分かった。昨日世話になった礼だ。少し付き合ってやろう。こんなところで付きまとわれては迷惑だ」

 

 「ありがとうございます」

 私は、残りの時間を意味のある時間に出来そうで歓喜した。


 ここから、短くも私の生きた時間の中で一番濃い時間が始まるのです。



~another side~


 変なヒューマノイドの小屋に連れていかれる最中、考え事をしていた。

 こいつは、何なんだ?

 世話できる相手ならお構いなしなのだろか。


 本当は、一人で静かに命を絶つつもりだった。

 誰かと過ごすと、昔を思い出してしまいそうだったから。


 だが、このおかしなヒューマノイドが気にならないと言ったら噓になる。

 俺も、心のどこかでは、誰かと過ごすことを望んでいたのだろうか。


 ここに来てしまったのが運の尽き、どうせ死ぬまでの間暇になる。しばらく付き合ってやろう。

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