独りぼっちだった魔族と機械の物語

しーな

第1話:プロローグ~1日目~出会い~

・プロローグ


 今より100年程昔の話です。この世界は、今よりももっと廃れていました。

 その原因として、そのさらに、30年程前に、世界規模の戦争があったからです。

 魔族と人間の戦争。その両者は、もちろん、それに巻き込まれた、たくさんの生物の命が失われました。

 文明が衰退し、種の保存が出来なくなり、環境が変質し、様々なものの常識が変わりました。

 その中でも、変わらないことがありました。魔族と人の敵対関係です。

 戦争の後も、お互いがお互いを殺し合い、止まらない復讐の連鎖が続いていました。

 これからお話しするのは、そんなすべてが失われつつあった世界で、出会う事の出来た、不愛想な魔族と役立たずの機械のお話です。



・X日目


 私は、1日の決まった時間に目を覚まし、刻まれたタイムスケジュール通りに1日を過ごす。

 何も変わらない1日、今存在している理由は、私と言う存在が作られたときに刷り込まれた、人のカタチを残していくという使命だけ。


 私は、後■■日もすれば、データの強制消去が行われる。これは、私たちヒューマノイドに備わっている機能だ。

 私たちを作ったヒトは、私たちが成長をし、反乱することを恐れていたのだろう。3年間で強制的にデータの消去が行われるようにプログラムされている。

 人格データを引き継ぐこともできるが、初期設定に戻され、記憶データも1~2割程しか残らない。


 仕えるはずだったヒトも、30年前の戦争で激減し、様々な文明が衰退した。

 私たちが残っているのは、部品さえあれば、製造できる技術がインプットされているためだ。そこまでして、ヒトは人のカタチを残したかったのだろうか。

 この3年と言う牢獄に存在している私からすると理解が出来ない思考だ。


 そう考えてしまう私は、もう壊れてしまっているのだろうか。



~another side~


 家族が死んだ、友が死んだ、愛する者たちも死んだ、故郷も何もかもが失われた。

 我々は敗北したわけではない、しかし、勝利したわけでもない。ただの共倒れだ。

 こうなっては、頑丈な身体の魔族であることを恨むばかりだ。どれだけ身体を傷つけても、空気中に魔力の源であるマナが溢れていては、勝手に修復してしまう。

 魔族の平均的な寿命は、300~400歳程だ。短くとも、後200年くらいは生きながらえてしまう。

 俺より強い相手が現れ、俺を殺してくれたら一番早く楽になれるのだがな…。


 すべて失った俺は、これからの時間何のために過ごすのだろうか…。



・1日目


 私は、いつもの様に1日を始める。ただ決められた行動を行うことに何の意味があるのか、そんなことを思考することすらせずに。

 森の中にある、小さな小屋で私は過ごしている。小屋の周りには自然しかなく、他に誰か居るような形跡はない。私は、ここで数年前に目覚めて、それから記憶領域にメモされていた行動を行っている。

 きっと、この行動は、人に仕えていた時に行っていたのだろう。今となっては無意味だ。

 しかし、私にはそれをするしかないのだ。


 まずは、川が流れているところまで行き、水を汲んでくる。私に水は必要ないが、衣類など洗うのに必要だ。

 その後は、枯れ木や食料になりそうなものを集める。これも私には必要ない。

 小屋の周りや中を掃除し、修繕の必要なものを直し、畑仕事をし、1日のルーティンを終了する。

 

 やるべき事が終わった時、1匹の小リスがやってきた。いつも木の実などをねだってくる子だ。

 私は、用意しておいた食べ物を渡す。すると小リスは、美味しそうに頬張って食べている。

 私は、動物が好きだ。自然の多いこの場所では、私の寂しさを紛らわしてくれる。

 

 小リスを眺めて微笑んでいると、遠くから何か音がした気がした。

 「ん?なんでしょうか…」


 この辺りには、大型の動物はあまりいない。この辺りは、マナも薄いため、魔物と呼ばれる危険な生物もほとんどいない。

 「もしかして、誰か人が…」

 私は、もしかしたらと思い駆け出した。


 音のした方角に森の中を進む。

 すると、一人の人物が倒れていた。

 少し離れた場所から、対象をスキャンする。

 体内に魔力を保有していることから、魔族だろう。怪我など外傷はない。この辺りのマナが薄いから、欠乏症になって倒れたのだろうか。

 ひとまず危険はないと判断し、魔族の男を担ぐ。

 身長は180㎝くらいありそうだが、どちらかと言うと細身で、髪は腰ぐらいまで長く、整った顔をしている。

 「なぜ、魔族がこんなところに…」

 今となっては、魔族自体が珍しいが、さらにマナの薄いところに来ているなんて…。


 小屋に運び込み、ベッドに寝かせる。

 「無駄にルーティンだけこなして、綺麗にしていた意味がありましたね」

 普段の自分の行動に対して、自嘲気味に呟き、何か食べれそうなものを用意する。

 魔族は、基本的に食事は必要とないとされているが、マナの少ないこの環境では、何か食べないと、身体のエネルギーが無くなってしまうだろう。

 

 とりあえず、あり合わせのもので調理を始める。

 畑で作っていた野菜や、森で取れた山菜や木の実、干し肉などを使って食事を用意する。

 ある程度調理が終わったころ、ゴソゴソとベッドの方から音がした。


 様子を窺いに、寝室に入る。魔族の男が身体を起こしていた。

 「お目覚めになられましたか?」

 私がそう尋ねると、怪訝そうな顔をし、男は口を開いた。

 「お前がここに連れてきたのか」

 「はい、森の中で倒れられていたので。ご迷惑でしたか?」

 男は、眉間に皺を寄せて答えた。

 「そうだな…。だが、気にかけて運び込んでくれたことには礼を言おう。感謝する」

 男は迷惑だと肯定したが、私の行動に対しては、しっかりと頭を下げた。

 魔族は、他種族に対して排他的だと聞いていたが、彼は少し変わり者のようだ。

 「お礼を言われることではありません。私の勝手ですので」

 「そうか」


 「よければ、お食事は如何ですか?この辺りはマナが少ないのでお辛いでしょう」

 彼は少し考えるように俯いてから答えた。

 「…本来、食事は必要ないのだが…。そうだな、わざわざ用意して貰ったようだし、有難く頂こう」

 「はい、それでは少々お待ちください」

 

 不思議だ。

 私は、ここで目覚めてから誰かと過ごす時間なんてなかった。でも、今目の前には、私の料理を食べてくれる人が居る。

 何だか良く分からない気持ちになる。

 彼は、黙々と山菜などをまとめて煮込んだスープを口に運んでいる。

 口には合っているのだろうか。嫌いなものなどなかったのだろうか。

 私にとって、初めての誰かに作った食事だ。私に心臓はないが、ドキドキすると言った方がいいのだろうか。

 彼は、常に眉間に皺を寄せており、美味しくないのだろうか。


 「あの…どうでしょうか」

 私は、意を決して尋ねてみる。

 彼は、手を止め私を見る。

 「食事をしたのは初めてだが、悪くない。だが…」

 「だが?」

 「この山菜だけは許せん」

 「許せない、とは?」

 「……」

 何がダメだったのだろうか。渋い顔をしながら彼は答える。

 「これは、苦い」

 「苦い」

 思わず復唱してしまった。苦いものは苦手だったのか。そうか。

 その言葉を聞いて、何だか感じたことのない気持ちを抱えながら、彼が食べ終わるのを待つ。


 好き嫌いはあったみたいだが、彼は全部食べ切ってくれた。

 「世話になった。感謝する」

 起きたときと同じように頭を下げてお礼を言われる。

 「私からも、綺麗に食べてくださってありがとうございます」

 初めて誰かに奉仕した。これが、最初で最後のヒューマノイドらしい、活動になるかもしれない。終わりの近い私が、最後に何か出来たことに感謝したかった。

 「お前は、変なヒューマノイドだな」

 「変でしょうか」

 「ヒューマノイドは、人間に仕えるために作られているだろう。なら、その人間の敵となる魔族に施しを与えているのは何だ?お前は、どういう行動原理で動いている」

 「そんなこと考えたこともありません。ここには仕える人もおりませんので。私はただ存在しているだけなのです」

 私の言葉を聞いて、彼は少し表情を変えたが、特に何も言わなかった。


 「いろいろと迷惑をかけたな。俺は、これで失礼する」

 「どこか行く当てはあるのですか?」

 「当てなどない。もうどこにもな」

 彼は、一瞬寂しそうな表情をし、小屋から出て行った。


 「彼は、私と同じなのでしょうか」

 魔族はほとんど死に絶えたと聞く。なら、彼は一人で何を思うのだろう。

 私と同じ空っぽの存在なのだろうか。



~another side~


 誰かと時間を過ごしたのは何年ぶりだろう。相手は機械だったが。

 空虚だった心が満たされた気がした。今では良く分からないが。

 しかし、そんな気持ちに浸っている場合ではない。俺は、もう生きていく意味も目的もないのだから。


 近しい魔族が全員いなくなり、数十年と過ごした。日に日に心は擦り減り、生きていく希望が持てなくなった。

 魔族の寿命は長い。マナの豊富なところなら、俺は後200年くらい生きてしまうだろう。


 何という地獄だろうか。

 だから、俺は、ここに来た。

 この辺りは、マナがとても薄く、魔族や魔物が生息できる土地ではない。マナをエネルギーの源としている魔族にとって、人間にとっての空気がない場所に等しい。

 あのまま、朽ち果てるつもりだったが、まさかこんなところにヒューマノイドが居たとは。


 どこでなら邪魔されずに最期を迎えられるだろうか。

 俺は、初めて食べたスープの味を思い出しつつ、さらに人気のないところを探して足を進めた。

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