第54話 鬼姫

 遠くで煌々と光を放つ星々が散りばめられた夜空の下。

 飽きるまで大好きなアーサー様とダンスをした私。

 だが、時間もあっという間に過ぎ、帰り時間になったのだが。


 「エレちゃん、疲れたでしょ? 部屋を準備してるから、泊まらない?」


 とアーサー様から提案をいただいた。

 でも、寝不足事件の時にお泊りをしたばかり。

 迷惑も掛かると思い、断って兄様と一緒に帰ろうとした。


 だけど、兄様に「折角だし泊まっていきなよー」と半強制的に馬車を追い出され、私は結局王城に泊まることになった。

 寮や実家のものよりも、フカフカなベッド。いつもなら、秒で眠ってしまうであろう状況だった。


 でも、あまりにも楽しかったその日は、寝付けなくて。


 散歩がてら王城の廊下を歩くことにした。

 私の少し後ろを歩くのはリリィ。

 彼女も準備や着替えの手伝いで疲れただろうに、こうして一緒に夜の散歩に付いてきてくれていた。


 「リリィは寝なくても大丈夫?」

 「私は短い睡眠を取るだけで十分ですので、特に問題はありません。エレシュキガル様は寝付けませんか?」

 「うん。今日が楽しすぎたから、まだ寝たくないの」


 明日だって予定はある。寝ないといけないのは分かっている。

 だけど、もう少しこの余韻に浸っていたい。

 

 そうして、背後を歩くリリィと時折他愛のない話をしながら、歩いていると。


 バタリっ――――。


 背後から物が落ちるような音がした。


 「夜遅くに失礼いたします、エレシュキガル様」


 振り返ると、少し離れた先で立っていたその少女。

 彼女の足元にはリリィが倒れていた。


 「あなた、誰――――」


 リリィの所に駆け寄りたい気持ちを押し殺して、静かに彼女に問う。

 リリィの息はある。多分、奇絶してるだけ…………彼女は大丈夫。


 問題は――――。


 柱の影で顔を見えないその相手。


 「警戒なさらないでください、エレシュキガル様。私は先ほどご挨拶させていただいたレイン・ラストナイトです」


 と名乗る彼女は、下を見ることなくさぞ当たり前かのようにリリィの体をまたぎ、一歩進む。

 ようやく見えた彼女の顔は笑顔を保ったまま。

 あの違和感の感じる笑顔のまま。


 「………近づかないで」

 「はて? なぜですか?」


 この状況で警戒心を抱かないはずがない。

 だが、それも見当もつかないと言いたげに首を傾げるレイン。


 「もう一度問うわ――――あなた誰?」


 ずっと引っかかっていた違和感。

 警戒を隠さず、睨みつける。

 それでも、レインは仮面のような笑みを保っていたが、途中で溜息をつく。


 その溜息と同時に、笑顔の仮面は外れ、またその顔も変化した。


 「今更、警戒心なんて見せて、あんたアホちゃう――――?」


 岩のようにパラパラと崩れていくレインの体。

 同時にレインとは別の女体が生成される。


 「あなたは――――」


 彼女の本当の姿に、私は目を見開いていた。




 ★★★★★★★★




 スカーレットの様子がおかしい――――。


 パーティー終了後、執事からその報告を受けたアーサー。

 牢獄にいる人間が狂うのは高確率で起きること。


 また、パーティー中にもずっとエレシュキガルの傍にいたにも関わらず、思いが溢れ愛でたい感情が大きくなり、彼女とおしゃべりをしようと思っていた彼だが。


 『魔王軍の内通者について話してあげる』


 と聞き捨てならないことを言いだしたらしく、アーサーはいら立ちを押さえ、従者とともにスカーレットがいる牢獄へと向かった。


 「うふふ、やっと来たんかいな」


 部屋の中央で膝を折り曲げ座り込む、赤髪の少女。

 お風呂もろくに入っていないと思われる彼女の髪は、この前会った時と変わらず綺麗にカールがかかっていて、質素な服も汚れ一つ見当たらない。


 もしかすると、兵士に媚びを売って物をもらっているのかもしれない。

 そう考え、後で問いただそうと決めたアーサーは、柵を返して彼女の正面に立つ。

 壁一点を見ていた彼女だが、アーサーが姿を現すとゆっくりと視線を向けた。


 「今日はパーティーがあったらしいけど、どやった? あの婚約者と楽しんだかい?」

 「…………無駄話はいい。さっさと本題を話せ」


 アーサーが強く命令すると、スカーレットは気が削がれたように呆れた顔を浮かべる。


 「ええ、うちから折角話をしてあげようと思ってたんのに、そんな態度ええん?」

 「…………」

 「まぁええわ。あんたのお望み通り話しちゃら」


 今まで語尾を伸ばす癖があったスカーレット。

 だが、今はまるでマナミの実家オウカグヤ国の第2の都市の方言のようで、別人と話しているような気分になる。


 「あんたが魔王軍の内通者がこの国いる、そんなことは王子様あんたもなんとなく察しとるやろ?」

 「…………ああ」


 アーサーはブリジットの件やデート中にエレシュキガルが襲われた件を思い返す。

 ラストナイト公爵の策略もあるかもしれないが、魔物を使えるのは魔王軍しかいない。

 最悪のパターンとして、公爵と魔王軍が繋がっている可能性を考えていたのだが、出てきたスカーレットの次の言葉は意外なものだった。


 「でも、それが内通者裏切者じゃなくって、魔王軍幹部がいたらどないする?」

 「は――――」


 魔王軍幹部。

 それはかつて自分が殺されそうになった相手。

 自分がエレシュキガルに会えなくなってしまったきっかけを作った相手。


 意外な人物に、アーサーは思わず驚きの声を漏らしていた。


 「そんなことも想像できんかったとは…………はぁ、うちら・・・をなめすぎなんよ、あんたら。うちらだって戦場で戦う脳しかないわけじゃない。敵地にこっそり出向いて、今後出てくる戦力を内部から事前に減らすことやて、うちらもするで?」

 「………………お前は何者だ」

 「うち? うちは――――」


 スカーレットの本来の名前を聞いた瞬間、彼の水色の瞳は見開く。

 そして、一瞬のうちに腰の剣を引き、柵の間から彼女の首に刃を向ける。


 「ああ、そんなものでうちを壊した・・・・・・って無駄やで。私の本体、ここにないんやものぉ」

 「…………」

 「あんたたちと学園で会った時は本体やったんやけどな、捕まった頃には傀儡おもちゃに切り替えてたんやわ………それよりもねぇ? 他に気にすることがあるんやない?」


 スカーレットはフヒっと妖艶で煽るような笑みを浮かべる。

 彼女の口角は不気味なほど上がり、暗闇の部屋で怪しく鋭い桃色の瞳が光っていた。


 「ふふふっ、あんたらこんな所にいてええん? あんたのお姫様エレシュキガル、どうなっても知らんで――――?」


 その一言で、アーサーは彼女の企みに気づく。


 彼は全速力で地上へと繋がる階段を駆け上がり、魔法使用ができる部屋へと移動すると、転移魔法のスクロールを取り出し、展開する。

 彼を追ってきた執事たちもスクロールに触れ、瞬く間に彼らの体は消失、転移。


 一方、牢屋に一人残されたスカーレット。

 

 「最高の日にぶち壊されるのはどういう気分やろかっ、あははっ!!」


 牢屋に響くのは1人の不気味な笑い声。

 そして、彼女の体は蒸発するように消えて、カランと楔だけが地面に落ちていた。




 ★★★★★★★★




 愛らしい少女から、生まれた角を持つ女体。

 自分よりも小さな体に、豊かな胸。

 頭には人間にはあるまじき2本の角。

 

 人間のような体をして、人間ではない禍々しいオーラを放つ彼女は胸を大きく開き、はだけた着物を身にまとっていた。


 「――――こうして、話すのもあんたのお友達を殺した時以来やなぁ、銀魔女さん?」


 不敵に笑う彼女に対し、沸々と沸くいら立ち。

 確かめるように彼女の名前を呟く。


 「シュレイン…………」

 「おうおう、私の名前を覚えとったかいな」

 「忘れるわけないじゃない」


 鬼姫シュレイン――――魔王の愛人にして、魔王軍幹部が1人。

 警戒はするものの、ただそれだけでは怒りになどかられない。

 幹部であっても、冷静に対処できる。


 でも、でも…………こいつだけはっ…………。


 心の底から憎しみが湧きだすほどの相手、鬼姫シュレイン。

 彼女は私の母と友人を奪った張本人だった――――。

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