第43話 聞いて、伝えて、分かり合って

 大遅刻ぅ――――! 第43話です! よろしくお願いしますっ!


 ――――――――――――




 『僕には好きな人いる』


 ナナからアーサー様の話を聞いて、ずっとその言葉が頭の中でグルグル。

 アーサー様の好きだった人のことばかり考えていた。


 勉強中もふと気づけば、考えていて、『アーサー様の好きな人ってどんな人だったのだろう?』とか「その人とはどうなったのだろう?』と、永遠に疑問が浮かんで仕方がなかった。


 でも、考えても答えは分からない。

 リリィには聞けないし、ナナに尋ねても彼女も答えれない。

 他のメイドたちもきっとそう。


 一番いいのはアーサー様なんだろうけれど…………。


 そう思ったものの、アーサー様に嫌がられたりしたら………と不安になり、彼の所に行く気にはなれなかった。

 夕食の時間になりアーサー様に会ったが、彼に言い出せないまま。

 

 そうして、次の日になった。

 その日の午前はアーサー様にリリィとナナを相手に対戦をしていた。

 

 「今日のエレ様、調子悪いね? なんかあったー?」


 と、ナナからバトル後に言われ、さすがにまずいと思った私は、疑問解消に向けて動くことにした。


 このモヤモヤをどうにかするには……やっぱり直接聞くのが、たぶん一番……。


 そう。ちょっと聞けばいいだけ。

 誤魔化されたら、「言いたくない」と言われれば……その時は素直に諦めて、忘れる努力をする。

 

 ええ、それでいいじゃない。

 ちょうど今日の午後は、アーサー様とお茶をすることになっているし、その時に聞きましょう。


 「ごめん。エレちゃん、今日のお茶会に行けそうにない。本当にごめん」

 

 そうして、その日のお昼すぎ。

 全力ダッシュできたのか、アーサー様は息を荒げながら、そう言ってきた。

 別に執事や侍女に伝言を伝えることもできただろうに、わざわざ私のところまで来てくれた。

 それはそれで嬉しかった。


 でも、そっか………お茶会はできなくなっちゃったのね。


 きっと、アーサー様は抜け出せない急用でもできたのだろう。

 仕方ないわ。私たちにはどうしようもできないもの。


 あのことを聞くことぐらい、いつだってできる。

 今じゃなくても大丈夫だし、夕食の時にはまた会うのだし、その時に聞けばいい。


 だが、夕食時に彼の姿はなかった。

 どんなに忙しくても夕食には来てくれていたアーサー様だが、いくら待っても彼は来なかった。


 私は離宮に来て初めて1人で夕食を取った。


 こういう日もある。

 ええ。仕方ない、仕方ない………。


 そう言い聞かせながらも、ちょっとだけ寂しさはあった。

 疑問も解決せずモヤモヤも残ったまま。


 このままベッドに行っても、色んなことが気になって寝れなさそうだわ。


 そう思った私は、2階にある蔵書室へと向かった。

 一冊の本を取り、窓際のロッキングチェアに腰を掛けて本を読み始めた。

 

 だが、集中できない。

 選んだ本が悪かったのかと思い、本を変えるも全く効果なし。

 小説の世界に入り込んだとしても、どこかでアーサー様のことがよぎる。


 「…………ダメね」


 何をしようと集中できないなんてこと、今までなかった。

 

 外の空気を吸ったら、変わるかな?


 近くにいたリリィとともに、蔵書室からベランダの外へと出る。

 冷たい風に髪を揺らされながら、私は夜空を見上げた。


 天気は良く雲一つなく、月の姿も見えない。

 無数の星々が、宝石のようにキラキラと煌めていた。


 綺麗だわ……。


 わかだまりは消え、幻想的な星空に目が離せなかった。

 その瞬間、一つの星がきらりと流れていく。


 「リリィ! 今、流れ星が――――」


 後ろで一緒に見たであろうリリィに話しかけながら、私はさっと後ろを振り返った。


 「見えたの……だけれど………………」


 だが、少し離れた場所で待機しているはずのリリィの姿はない。

 その代わり、彼がいた。

 

 「リリィじゃなくてごめんね」

 「いえ………………」


 ベランダの入り口に立っていたのは、いつもとは雰囲気が違うアーサー様。

 シャツ1枚に茶色のズボンと、ラフな格好だった。


 それでも、美形な顔を持つ彼は、いつも以上に神々しく見えた。


 「アーサー様、なぜここに………?」


 仕事で忙しいから、今日はもう会わないだろうと思っていたのに。


 「昼間のお茶会を謝りにきたんだ。用事があったとはいえ、お茶会に行けなくてごめん」

 「……お気になさらないでください。仕事の方が大切ですので。仕事はもう大丈夫なのですか? かなり急を要されていたようですが……」

 「うん。それはもう大丈夫だよ。本当はもう少し早く終わらせて、エレちゃんと一緒に夕食を取りたかったんだけどね。それには間に合わなかった、ごめんね」

 「いえ………」


 もしかして、先ほど仕事を終えて、ここに来たのだろうか?

 昼からずっと仕事をしていれば、疲れが出ているでしょうに。


 「お茶会の件なら、私は本当に何も気にしていませんので。アーサー様もお疲れでしょう? どうかお休みください」


 過労は体に支障をきたしてしまう。

 だが、彼は横に首を振った。


 「ううん、戻らないよ。戻ったとしても、眠れないしね」


 「僕がここに来た本当の目的はね、エレちゃんと話をしたかったからなんだよ。エレちゃん、僕に何か聞きたいことがあったんでしょ?」

 「………………リリィから聞いたのですか?」


 ナナには様子がおかしいと気づかれていた。

 リリィにも気づかれてただろうし、アーサー様に伝えてもおかしくない。

 

 「いいや、何も聞いていないよ。聞かなくても、エレちゃんの様子が違うことぐらい分かるよ。ご飯にしか目がいかないエレちゃんが、夕食中に珍しく僕のことをじろじろ見てたからね」

 「…………」


 いつものようにご飯を食べれていたと思っていたのに、無意識にそんなことをしていたのか………私。


 「なんでも聞いて。エレちゃんの質問なら、全て答えるから」


 そこまで言うのなら、遠回しに聞くのも野暮だ。


 「では、単刀直入にお聞きします。アーサー様は、学園入学前に好きな人がいらっしゃったのですか?」


 アーサー様は答えなかった。

 私をじっと見つめて、少し眉をひそめてるけれど、口を開かない。

 黙ったままで、私たちの間に風が吹いた。


 ああ………これは聞かない方がよかったかも。

 迷惑よね。困るだけよね。


 「答えなくても全然大丈夫です。私がただ気になっただけなので、はい……」


 このまま違う話題を出そう。

 そうだ。さっき見たあの流れ星の話でも――――。


 「もしかして、嫉妬してるの?」

 「…………すみません。嫌ですよね。こんなの……」


 どっと後悔が襲ってくる。


 昔好きだった人に嫉妬しているなんて、バカらしい。

 そうと分かっているのに、きっとアーサー様の好きな人は、彼とよく遊んだのだろうなとか、彼の小さい頃を知っているのだろうなと思うと、どうしても嫉妬みたいな感情が出てきた。

 

 私は俯き、ぎゅっと体を縮こまらせた。

 今すぐにどこか逃げたかった。


 ぎゅっと目をつぶっていると、コツコツと足音が近づいてくる。

 大きな手が私の両手を握りこんだ。


 「嫌なんかじゃないよ。むしろ嬉しいな」

 「えっ?」


 嬉しい………?


 「嫉妬するなんて、それだけ僕のことを思ってくれてるんでしょ。僕ばかりが嫉妬してたから、エレちゃんが嫉妬してくれるなんて、嬉しい以外の何があるのさ」

 

 アーサー様が嫉妬する状況なんてあっただろうか。


 「でも、嫉妬なんてしなくても大丈夫だよ。僕はずっとエレちゃんしか見えていないから。今も昔も」

 「昔も、ですか?」


 顔を上げると、端正な美しい顔が視界に入り込む。

 彼は太陽のような温かい微笑みを浮かべていた。


 「うん。昔僕が言った『好きな人』はエレちゃんのことだよ」

 「…………」

 「嘘じゃないんだ。ずっとエレちゃんの話は聞いていたし、魔法石で録画された映像で君の活躍を見ていたんだ。だけど、エレちゃんには婚約者がいた」

 「…………」

 「でも、エレちゃんはお茶会にもパーティーにも来てくれない。会う機会がなさ過ぎて、学園に入学するまでは、自分の気持ちをエレちゃんには伝えれないかもしれない、と諦めていたんだ」


 確かに、軍にいた私は、お茶会はおろか王族が開催するパーティーにすら姿を出さなかった。行く気がなかった。


 「だから、嬉しいんだ。婚約できて、エレちゃんが僕のことを思ってくれて」


 その後、アーサー様は、マナミ様との婚約話の時のこと、リリィに口止めしていた理由、全て話してくれた。

 「リリィに口止めしていたのは、私に引かれたくなかったから」という話を聞いて、私は悩んでいた自分があほらしく思えてしまった。


 なんだか、すっきりした。

 でも、全部が解決したわけじゃない。


 彼が話してくれたけれど、私はまだ伝えていないことがある。

 アーサー様も誤解している、完全に理解していないことだってあると思う。


 なら、私も自分の気持ちは伝えないと。

 自分の気持ちを伝えないままなんて、ダメだ。


 「アーサー様、やっぱり私、学園に戻りたいです」

 「…………」

 「離宮が嫌いだというわけではありません。本当によくしていただいております。ただ、私はセレナにやマナミ様、リアムさんにクライド、そして、アーサー様と一緒に学園生活をしたいのです………学園に入学してから皆さんと授業を受け、お茶会をして、決闘をして、多くのことを経験しました。全てが楽しかったのです」


 軍にいた頃は魔王を倒して、お母様とルイの仇を取ることばかり考えていた。

 

 でも、学園に来て少しだけ変わった。

 ルイのように、この世界を平和にしたい。

 みんなが、アーサー様がこの世界で生きて笑っていてほしい。


 以前とは異なる目標が、自分の中でできていた。

 学園卒業後は軍に戻って戦うけれど、それまでは学園生活を楽しみながら、魔法技術を上げたいし、戦術も学んでいきたい。

 そして、大切なものを見つけていきたい。


 でも、1人で戻るのはきっと違う。

 私もアーサー様から離れるようなことはしたくないし、それをすれば彼を心配させてしまう。


 だから――――。


 「――――大好きなアーサー様と一緒に学園に戻りたいです」


 伝えれば、彼とのその先の話ができる。

 2人が納得のできる未来を進むことができる。

 

 婚約破棄を受けて話すようになってすぐ、私たちは一度すれ違った。

 あの時は、全然会話ができていなかった。私がその努力をしていなかった。


 離宮に来てからも、そうだった。

 私の思いを伝えていなかったし、勝手に考えるだけ考えて、アーサー様の本当の思いを理解するようなことはしていなかった。


 だから、しっかり自分の意見を伝えて、彼の意見を聴いて、分かり合って一緒に進んでいきたい。


 「………それがエレちゃんの本心なんだね」

 「はい」


 アーサー様は私の手を引き、ぎゅっと私を抱きしめる。

 その抱きしめは強く、彼は私の肩に顔をうずめた。


 「君を失いたくなくって、失うのが怖くって……離宮に閉じ込めておけば、エレちゃんはどこにも行かない、傷つくこともない、って安心していたんだ」

 「………………」

 「でも、それは逆だったんだね………………ああ、戦っている君の方が輝いていることは、僕が一番分かっていたのにな……」


 そうアーサー様は小さく呟くと、私をハグから解放する。

 両手を握ったまま、私と向き合った。


 「僕もエレちゃんの楽しい学園生活を送ってみたい。だから、一緒に戻ろうか、学園に」 

 「はい」


 元気よく返事をすると、アーサー様はニコリと優しく微笑む。

 それを見た私も、笑みを浮かべていた。


 これから何かあっても、こうやってちゃんと伝えて、聞いて、分かり合って。

 そうやって、一緒に前に進もう――――。


 そんなことを考えていると、きらりと光るものが視界に入った。

 アーサー様も見えたのか、空を見上げていた。


 「今、見えたね」

 「はい………あ、また流れ星が」


 ふと横を見ると、アーサー様の宝石のような水色の瞳に、次々と流れていく流星群が移っていた。

 

 綺麗………………。


 アーサー様の瞳に見入っていると、彼が気づき顔を向けた。


 「僕の顔を見てどうしたの? 何かおかしなところでもあった?」

 「いえ、アーサー様の瞳に流れ星が映って綺麗だな、と思いまして」


 そう言うと、「ありがとう」と笑顔で答えるアーサー様。

 

 「エレちゃんの瞳も綺麗だよ。ずっと隣で見ていたいな」

 「うふふ、心配しなくても、私はずっと傍にいますよ」


 と言いながら、アーサー様と繋いでいる手を右手をぎゅっと握る。

 それにこたえるように、彼も握り返してきた。


 「うん。僕もエレちゃんから離れる気はないからね」


 そうして、私たちは手をつないだまま流星群の空をずっと眺めていた。




 ★★★★おまけ★★★★




 「眠たくなかったらでいいんだけど、今からお茶会を開きませんか?」


 流れ星を眺めていると、アーサー様からそんなお誘いがあった。


 「私は大丈夫ですが、アーサー様の方こそお疲れでは?」

 「それは大丈夫。エレちゃんと一緒にお茶をしないと、僕眠れなさそうなんだ」

 「うふふっ、またそんなご冗談を」

 「本当だよ。エレちゃんと2人きりの時間を十分に取らないと、僕は静かに眠ることはできないんだ」

 

 そんな話をしていると、姿を消していたはずのリリィが背後で待機していた。

 準備がいい彼女はナナと一緒に、すでにお茶の準備をしていた。


 そうして、煌めく星空の下、私たちは夜のお茶会を開いた。

 いつも以上に楽しいティーパーティーだった。

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