第42話 離宮暮らし③

 「どんな形であれ、負けは負けです。ナナはエレ様に負けたのです」

 「っぐすっ………うっ、リリィ酷ぅ~」


 リリィが淡々と事実を話すと、ナナの目からさらに涙が溢れだす。


 リリィが試合終了宣言をした後、私はナナを囲っていた結界魔法を解除した。

 解除するなり、ナナは無事元の人間の姿に戻った。

 だが、彼女の目は涙でいっぱい。よほどあの負け方をしたのが嫌だったようだ。


 そうして、ナナはひとしきり泣いた後、地面に寝っ転がった。

 先ほどまで泣いていたのが嘘のように、笑顔を浮かべるナナ。

 彼女のキラキラ瞳には、雲が流れていく空が移っていた。


 「ねぇ、見てー。空が綺麗だよーん。エレ様もこっちで寝っ転がって見ようよー」


 と誘われたので、私もナナの隣に寝っ転がる。

 近くで立っていたリリィも一緒にナナの横で横たわった。


 ナナの言う通り、空が綺麗だった。

 昨夜雨が降り空気が澄んでいるおかげかもしれない。


 どこまでも遠いその青に、私は手を伸ばす。

 その手にさっーと強い風が吹いた。


 アーサー様もこの空を見てほしいな……。

 この空の色、アーサー様の瞳の色に似ているわ…………ぜひ見てほしい。


 だが、今日のアーサー様は忙しそうな様子だった。連れてくるというのはたぶん無理。


 また、この空を見つけた時は、彼と一緒に――――。


 と考えていると、隣から「はぁ」と大きなため息が聞こえた。


 「全く……エレ様もつよすぎだよーん。視界を奪うとか、最下層ダンジョンのモンスターか何かなのー?」


 と、隣のナナは冗談っぽくニコッと笑って言った。


 残念ながら私はモンスターではない。

 だが、モンスターの動きを参考にして、あの魔法を使ったのは確かだ。


 実際に視界奪取魔法を使うモンスターとは、出会ったことがない。

 だが、幼かった頃に聞いたお母様の冒険談に登場したのをよく覚えていた。


 「そういうナナこそ、体を液体に変化させるなんて、スライムか何かなんですか?」


 と返して見ると、ナナは「あっはっはっ、エレ様も返すねー!」と大笑い。


 「スライムじゃないよ~ん。あれは変身魔法の応用だから~。あ、鎌のやつは変形魔法を使ったよーん。私ちゃんは人間を含む物を変形しちゃうのが得意ちゃんなのよー。まぁ、さすがに使い過ぎると、魔力切れになっちゃうから、そう何回も使えないんだけどねー」

 

 自分の魔法について話すナナは料理を作る時とはまた違う、穏やかな笑顔を浮かべていた。とても楽しそうだった。


 「ナナ、あなたも護衛とか何かされていたのですか?」

 「うーん。護衛もしたことあるねー」

 「護衛“も”?」

 「うん。今の仕事に就くまでは、冒険者をしてたから護衛のクエストも受けたことがあるのぉー」


 どうやら、ナナの実家は、東の国の貴族だったらしく令嬢として過ごしていたのだが、『つまらないから』と言って、家の人に反対されながら、単身でクエストを受けていたようだ。


 「でも、なぜここへ?」


 冒険者から侍女になるなんて、そうそういないはずだ。

 どういうプロセスを得たのか知りたい。


 すると、ナナは空を見上げて、ちょっと困った表情を浮かべた。


 「なぜここにかぁ~。うーん。長い話になるよ~ん」

 「長くても構いません。ぜひお聞かせください」


 そう強く訴えると、ナナは少し嬉しそうに「仕方ないなぁ~」とこぼす。


 「ん~。そうだね~。私ちゃんがオウカグヤ国でクエストを受けた後の時だったかなぁ………」


 そして、目をつぶって過去を思い出すように、ゆっくりと語り始めた。




 ★★★★★★★★


 


 一仕事終えてさ、丁度お腹が空いてて街でいいご飯屋さんないかなぁ、ってぶらぶらしていたんだぁ。

 そんな時に、ふとある女の子の姿が眼に入ったの~。


 女の子というか、お嬢様はお忍びで街に来てたみたいで、地味目の服着ていたんだけど、護衛が多すぎて逆に目立っててさぁ。気になり過ぎて、他の人と同じように私ちゃんもお嬢様に注目してたのね~。


 それでそこにさ、ひったくりがおばあちゃんのカバンを奪っていったの~。

 普通貴族の目の前でするっ!? って驚き桃の木だったんだけど、私ちゃんも正義感あるから、ひったくりを捕まえようとしたのねぇ~。


 でも、意外と私ちゃんからはかなり離れてるしぃ、ひったくりの足は意外と早いしぃで捕まえることができなかったの――。


 そんな時、お嬢様がひったくりに眼鏡を外しながら『ねぇ! そこのひったくり!』ってかなり大きな話しかけたんだよね。

 私ちゃん的にはか弱そうなお嬢様が話しかけたって、意味がないと思ったんだけどさ~。

 ひったくりとお嬢様と目が合った瞬間、ひったくりの動きが止まったのぉ!

 もうぴたりと! 


 ………そう! その魔眼でその人の動き止めちゃったの! 

 それがさ、かっこよくてかっこよくて、そこにいるみんなお嬢様に惚れちゃったよね! 


 近くにいた人に「あれどこのお嬢様?」って聞いて、そこで初めて「お嬢様=マナミ様」ってことを知ったのね。


 …………あ~。私ちゃんも貴族の出ではあるけれどさぁ、あんまり興味がなかったし、マナミ様のことも名前ぐらいしか覚えていなかったの~。


 それで、その頃丁度ぉ、宮廷がマナミ様の侍女探しをしていたみたいで、わたしちゃん護衛もできるし、マナミ様に惚れた次の日に応募したの!


 えー? 急すぎー? そぉ?

 好きな人見つけたら、近くにいたいし、時間なんて関係ナッシングよ~。


 まぁ、それでねぇ。

 私ちゃんはマナミ様の侍女として頑張ってたんだけどさ……ほら、魔眼持ちってさ、気味が悪く思う人もいるみたいじゃーん? 一部の人からは呪い持ちなんかじゃないって言われたんだよね~。


 ま、私ちゃん、ムカついちゃったから、その人間全員をしゃべれないようにしてあげたわ~。

 

 …………ん? エレ様、何驚いてるの~? 

 これも仕事の一つよーん。主の偽の噂は全部潰さないとね~。


 それでね~、マナミ様には兄弟姉妹が大勢いるんだけどぉ~、次期国王候補がまだ決まってなくって、兄殿下でんかぁや姉殿下でんかぁとはバッチバチでさ~。

 しかも、マナミ様はかなり次期国王の最有力候補だったから、まぁ敵視されちゃって~。


 あ、1人の弟殿下でんかぁとは仲がいいけれど、それ以外の弟殿下でんかぁや妹殿下でんかぁとは仲があんましよくなくって…………。


 そんな家って空気重いじゃ~ん?

 毒殺仕掛ける時もあったし、刺客が来るときもあったの~。


 …………あ~、エレ様も? そこはお貴族様あるあるなのかぁ。

 まぁ、それでも、マナミ様はお強い方だから、学校には行っていたのね~。

 でも、貴族の子であってもいっつも裏があって~、心中穏やかじゃない感じ~? 


 そんな時にさ、アーサーでんかぁと婚約の話が出てちゃったの~。

 ほら、アーサーでんかぁは、第2王子だし、国王になるのはお兄様じゃーん?

 だから、婿として迎えようとしてたの~。


 マナミ様は、アーサーでんかぁと昔から顔なじみだったみたいだったし、すんなり受け入れられたみたいだったのね。

 でも、婚約話が上がってアーサーでんかぁとマナミ様が初めて会った時にさ、でんかぁが。


 『僕には好きな人いるから、君とは婚約できない』

 

 とか言ってさ、マナミ様との婚約話をおじゃんにしたの~。

 その後は、2人きりで話したいって言われて、私ちゃんたち同席できなかったんだけど、マナミ様も婚約話おじゃん話は同意してたみたい~。


 それで、アーサーでんかぁは婚約話を断る代わりに、自国でマナミ様が自由に動けるようにして、今みたいな感じになったの~。




 ★★★★★★★★




 「ああ。だから、マナミ様は学園の図書館の地下室に、お部屋を持たれているね」

 「そうなの~。本当は研究棟に部屋を持つ予定だったんだけど、人とできる限りで会いたくないっていうマナミ様の意見があったから、地下室になったんだ」


 なるほど。マナミ様があの地下室にいるのはそういうことだったのか。

 ナナのこれまでについて話してもらうつもりが、途中からマナミ様の話がメインになっていた。面白かったからいいけれど、でも、その中で気になることがあった。


 『僕には好きな人いるから、君とは婚約できない』


 アーサー様がマナミ様に言ったその言葉。

 それがなぜか心の中で引っかかった。


 「ねぇ、ナナ。婚約話があった時には、アーサー様に好きな人がいたって言っていたけど、それはいつ頃?」

 「学園に入学する2年前ぐらいだったかな~。リリィもその頃にはいたよね? 覚えてる?」

 「ええ。2年と3ヶ月6日前のことです。よく覚えています」

 「げっ。日にちまで覚えてるの……リリィ、こわっ」


 マナミ様に話したのが2年前………もっと昔から好意を持っていたのかもしれないのか。

 今は私のことが好きだと話しているけれど、アーサー様には私に会うまでに好きな人がいた。


 でも、そんな話を聞いたことはない。

 恐らく、マナミ様との内密の話だったのだろう。

 噂にもなっていないということは、彼女との恋は叶わなかったのかもしれない。


 突っ込むところではないだろうし、わざわざ彼に聞くことでもない。

 もしかしたら、辛い過去があるのかもしれないし、聞いたら嫉妬深い女みたいで惹かれるのかもしれない。


 そう昔の話。

 昔の話なのだ。気にすることはない。 

 それでも、心の奥でぐるぐると重たいものが渦巻く。

 

 「あの……アーサー様とその好きな人は……何かありましたか?」

 「………まぁ……はい」


 いつもならスパっと答えてくれてそうなリリィだが、その時の彼女は何か言いづらそうに私から目を逸らしていた。


 「リリィ」

 「……はい」

 「もしかしてですが、アーサー様に口留めされてますか?」

 「………………すみません」

 「いいえ。答えれないのなら、仕方がないもの。気にしないで」


 口留めされているということは、アーサー様は私に過去に好きだった人について知られたくないのだろう。

 

 知りたい思いはあるけれど………。


 その思いをぐっと抑え、私は遠く空を静かに眺めていた。

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