第34話 お願い

 クライドとの決闘があった次の日の放課後。

 彼からようやくレイピアについて、教えてもらうことができた。

 もちろん、クライドと会う時にはアーサー様も一緒。レイピアについて気になっていたマナミ様もいらしていた。


 「それでクライド。あのレイピアはどこで手に入れたのですか?」

 「あれは天空都市で買ったもんだ。天空都市ヴァンシュタイン、分かるだろ?」

 「ええ」


 天空都市ヴァンシュタイン――――それは空にある巨大都市。

 厳密にいえば、アイトラー群島という天空の島の群の中にある都市だ。


 アイトラー群島にははるか昔に神々が遊びで、地上にあった岩に魔法による細工を施し、空に浮かぶ島を作ったという逸話があった。

 また、神々がいるとされる天に近く神秘的な印象を持ちやすく、大陸の人たちなら一度は行ってみたいと思うらしい。


 群島の一部の島は魔王軍に取られてしまっているが、空の島群の領地はほぼ全てエルフ族のものとなっている。


 まぁ、強靭な羽があるエルフ族さんなら、簡単に地上と天空の島を行き来できるし、エルフさん自体天空の島で生まれたから当たり前と言えば当たり前。


 そんなエルフの領地――アイトラー群島は発見されるまで、エルフ族と大陸人の間に交流はなかった。

 だが、発見されたからはエルフ族の人たちも大陸に訪れるようになり、逆に大陸の人たちが天空都市に行くようになった。


 ひと昔であれば大陸人も、何にもなしにエルフに連れて行ってもらえる、もしくは転移魔法を使って天空都市に行くことができた。

 だが、魔王軍が人間になりすまして天空都市に侵入、一部の島が奪われたこともあってからは、普通の人間が天空都市に行く場合には許可証が必要となった。

 だから、大陸に住む人間がそう滅多に行ける場所ではない。


 うーん……なら、クライドはどうやって行ったのだろう?

 ガーディアン家は大きいところだし、そのツテとかで行けたのかしら?


 「そりゃあ、知り合いのエルフに許可証を作ってもらったのさ」

 「知り合い……ガーディアン家と繋がりのある方ですか?」

 「いいや。冒険者ギルドで出会った普通のエルフの女だ。ちょっと夜のコミュニケーションを取って見たら、仲良くなっちまったんでついでに連れて行ってもらったんだよ」


 夜のコミュニケーションって何だろうと思いながらも、私は天空都市に行く手順について頭の中でまとめていく。


 「つまり、黒のレイピアを手に入れるためには、許可証を貰って天空都市に行かないといけないのですね」

 「ああ。あんたにはアーサーがいるし、天空都市なんてすぐに行けるさ。な、王子様」

 「エレちゃんのためなら、許可証を取るぐらい、1日もらえればできるよ」

 「さすが完璧王子様……まぁ、もし許可証が取れなかったら、知り合いを紹介するから、その時は俺に言ってくれ」

 「ありがとうございます」


 入国許可証をいただこうと外務省に向かう予定を立てていたのだが、アーサー様が。


 「僕が許可証を貰いにいくから、エレちゃんは何もしなくても大丈夫だよ」


 と強く言われたので、許可証の件はアーサー様にお任せすることにした。




 ★★★★★★★★




 時は過ぎて、クライドと戦ったその週の週末の土曜日。

 その日は特に予定がなかった私は朝から訓練をしようと運動着に着替え、荷物を持つとすぐに寮室を出た。

 

 「ごきげんよう」

 

 だが、そのまま訓練場には行けなかった。

 部屋の前で私を待っていた人がいた。


 話さない人は覚えられない私だけど、この桃色髪の人は分かるわ……。


 「ブリジット様、お久しぶりです」

 「お久しぶりですわ。先日は大変ご迷惑をおかけしました」


 ブリジット様は丁寧に深く頭を下げる。


 あの事件の後、ブリジット様から直接の謝罪があった。

 自分の連れが迷惑をかけた、と。


 どうやら、ブリジット様はスカーレットさんとは交流していたものの、彼女がスカーレットさんに私への嫌がらせに関する命令はしていなかったらしい。

 調査した検察も証拠なしということで同じ結論を出していた。


 そのことに、アーサー様やマナミ様は激怒していたが、私は検察と同じ意見だった。


 確かに、ブリジット様はアーサー様が好きすぎて、盲目的なところはあると思う。

 でも、公爵令嬢として多くの人たちと交流をして地道に顔を広めているようだし、普段の所作はとても丁寧だし、ご友人にも気配りしていたところを見たことがある。

 だから、私はブリジット様がいじめまでするような人には思えなかった。

 

 「レイルロードさんとお話をしたくて、お茶のお誘いに参りましたの」


 と言われた時には、お茶のお誘いに二つ返事で了承。同じ公爵家の人間としてブリジット様について知るにはいい機会だと思い、ブリジット様とともにサロンに向かった。


 サロンの一番広いホールではいつもなら大勢の人がお茶や会話を楽しんでいる、賑やかな場所。

 だが、朝早いせいか、そこに人の姿はない。


 もぬけの殻みたいなサロンに入るのは初めてかも……。


 サロンは東側と南側が温室のようにガラス張りとなっている。

 東の窓から太陽の光がそっと差し込み、静かなホールを照らしていた。

 

 こんな広い場所で2人でお茶をするなんて新鮮だわ。


 と思っていたが、ブリジット様に案内されたのはホールの席ではなく、北東にあった1つの黒い扉。

 趣のあるその扉には「ラストナイト家専用」というプレートがあった。


 ブリジット様がその扉を開いた瞬間、花の風が正面から舞い込む。


 「わぁ……」

 

 扉から出てすぐの場所にはバラのトンネルがあった。

 綺麗に赤や白の薔薇が綺麗に咲き誇っていた。


 ブリジット様に案内され、そのトンネルを潜り抜け進んでいく。


 奥へ進んでいくと、それは見事な景色が広がっていた。

 ピンクのサルスベリやダリア、ラークスパー、ディディスカスなど夏の花が見とれてしまうほど美しく咲いていた。

 咲いていない花もあり、種類としては学園の庭よりも多い。

 とにかく豪華な庭園だった。


 「学園にはこんな場所があったとは……知りませんでした」

 「知らないのも当然ですわ。ここはラストナイト家専用の庭園ですもの。ここの管理はラストナイト家の者がしておりますのよ」


 と、前を歩くブリジット様が説明してくれた。

 さらに進んでいくと、白いパビリオンがあり、1人の侍女さんらしい人が私たちを迎えてくれた。

 席に着くと、侍女さんがお茶やお菓子を用意してくれた。


 「風の噂でレイルロードさんがリンゴのケーキをお好きだと聞きまして、アップルパイをご用意させていただきましたわ」


 表面のパイ生地は艶やかで、ほんのりとリンゴの甘い香りが漂ってくる、見てるだけでよだれが垂れそうなアップルパイ。


 しかも、私に用意されたのは一切れではなく、まるまるホールのアップルパイ。

 ブリジット様は少しで十分だそうで、一切れよりもずっと小さいアップルパイをお皿に次ぎ分けていた。


 こんなに輝きを放つとは……よほどいい食材を使っているのだろう。

 しかも相手の食事量をリーチして、ホールを用意してくださるとは……さすが見る目を持つ公爵令嬢さん。


 はぁ……食べたい。今すぐ食べたいよ。


 だが、私は欲望を抑えた。耐えた。


 アーサー様は理解力のある方だし、付き合いはあるから、あまり気にすることはなかった。

 でも、急にがっついたら、食い意地が張っているように思われて、ブリジット様が引かれるかも。


 うむ……失礼のないようにしたい。


 「ブリジット様、私のためにわざわざありがとうございます」

 「いいえ。わたくしからお誘いしたのですから、このおもてなしは当然ですわ。遠慮なさらずに、どうぞお召し上がりくださいませ」


 ブリジット様が許可を出してくれたわ。

 よし、遠慮なく食べよう。


 私は一切れ切り分け、フォークに持ち替えて一口サイズに切って食べた。

 その瞬間、リンゴの香りと甘さが口の中で広がる。


 美味しい、美味しいけれど……………なんかピリッとする。

 なんだろ、これ。


 もしかして、ブラックペッパーとかスパイスとかが入っているのかしら?

 アップルパイにこんな刺激を入れるなんて、面白いわ。

 

 最初は気になったピリッと感も食べていくうちに気にならなくなり、私はアップルパイを口の中に放り込む。うん、美味しいわ。いくらでも食べれる。


 「ねぇ、レイルロードさん」


 ブリジット様に声をかけられて、私はようやく食べるのを止めた。


 「夢中になってしまってすみません」

 「いいえ」

 「それで、ブリジット様。なんでしょうか?」

 「こうして、お茶にお誘いにしたのは、あなたにお願いをしたいことがありまして……」

 「なるほど」


 確かに、突然お茶に誘ってくるのはおかしいと、どこか思っていた。

 ただ仲良くなりたくて声をかけてきた――なんて出来た話はそうそうない。

 こんなホールのアップルパイをくださったわけだし、当然、裏があるもの。


 「レイルロードさん、どうか聞いていただけないでしょうか」

 「…………それはどのようなお願いでしょうか?」


 そう問うと、ブリジット様は目と閉じ、俯く。

 一つ呼吸を置くと、顔上げた。


 彼女の黒の瞳は真っすぐだった。

 真剣だった。

 

 「どうか殿下との婚約を解消していただけませんか?」


 それは本気のお願いだった。

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