第33話 きょうだい

 見上げれば、オレンジ色の空。

 西を見れば、沈もうとする橙の夕日が見える。


 クライドと話したその日の放課後、私はクライドとの待ち合わせ場所にしていた競技場にいた。

 少し離れたところには、私と向かい立つクライドの姿。

 

 競技場の周囲は人でいっぱいだった。

 女の子が多いから、クライドを見に来た人なのだろう。


 後ろを振り返った先。

 そこには心配そうな顔でこちらを見るアーサー様。

 彼の他に、セレナとリアムさんがいらっしゃった。


 だが、そこにマナミ様の姿はなく。


 「はぁ………」


 彼女は溜息をついて、クライドと私の間に立っていた。


 「ねぇ、エレシュキガル。なんで審判が私なの? 他に適役がいたんじゃない?」

 「すみません。セレナはしたくないと言いますし、リアムさんは『パスしておきます』と言われてしまって……」

 「アーサー様は……いや、分かったわ。本当に私しかいなかったのね」


 苦笑いをしながらも、私はマナミ様の言葉にコクリと頷く。


 最初はアーサー様に審判をしていただこうと思っていた。

 だが、アーサー様は試合を始める前から『試合終了、エレちゃんの勝利』と言ってしまうので、審判からはおりてもらった。


 向かいに立つクライドが「ほぉ」と声を漏らす。

 彼の視線は私の右手に向いていた。


 「お前の相棒はそれか。初めて俺たちが話した時も、それを使っていたな」

 

 私が今回の決闘で使うのは、戦場で大活躍してもらった大杖。

 杖の上部には拳ほどの大きさの瑠璃色の魔法石があり、それを囲むように銀の装飾が施されている。

 魔法石も星形の正八方体で、装飾にも月や星の模様があり、この大杖はどうやら星々をイメージしているよう。


 実技訓練でも使ったこの大杖は通常の杖よりも長さもあって重量もあるが、威力は倍以上。

 術者の魔力量にも依存するところもあるが、簡単な魔法でも上級魔法を放ったかのような力を持つ。


 この杖は生前母が愛用していた杖の一つだった。

 母は杖を何本か保持していたのだが、魔王の所に行く時にはこれを持っていったらしい。


 だが、母は殺され、杖は破壊。

 レイルロード家に帰ってきたのは、灰となった母と杖の残骸。

 杖の大部分は原型をとどめず、魔法石も粉になっていた。


 だから、今持っている私の杖は母が使っていた時のままではない。

 部分的には杖の残骸から作り出していているが、ほとんどが新たな部品から作られている。

 それでも大切な形見の杖。


 この子のおかげでどんな劣勢状況でも勝ち進んでこれた。

 もちろん、今日の決闘もこの子と一緒に勝つ。


 一方、クライドの武器はというと。


 「俺はお前が欲しがっているこいつを持ってきたぜ」


 彼が持っていたのはあの漆黒のレイピアだった。

 光を全て吸い込みそうなぐらい黒く、波の文様が描かれた鍔には3つの青の宝石が付けられており、青い光を放っていた。


 「2人とも準備はできた? できたようなら、もう始めちゃいたいんだけど」

 「俺はできたぜ」

 「私もです」

 「OK。2人とも決闘ルールは分かってるわよね? 説明は飛ばしちゃってもいいわよね?」

 「はい、構いません」

 「おう」

 「じゃあ、フィールドの端に移動して。移動が確認したら始めるわ」


 私はクライドに背を向け、フィールドの端まで歩いていきながら、決闘ルールについて振り返る。


 学園の決闘ルールには主に3つの決まりがあった。

 1つは決闘の決着について。どちらかが戦闘不能と判断された場合、またはフィールド外に出た場合に、決闘終了となる。

 2つ目は魔法について。禁忌魔法の使用は禁止で、使用が認められている古代魔法の使用は可。難易度区分ではⅥまでの魔法の使用を許可されている。

 3つ目はバトルフィールド。フィールド内からは出てはいけないが、空中でフィールド外に出る分にはOK。だが、フィールド外で地面に足をつけたら、試合終了となる。

 空中戦ならどうなっても大丈夫という感じだ。

 

 武器に関する規定はないため、どんな武器を使っても構わないし、武器無しでもOK。

 たまに魔法無し、自身の拳のみで戦う戦闘民族みたいな人がいたりするが、ほとんどは杖や剣を所持して戦う。


 そうして、私はフィールドの端まで行くと、アーサー様と目が合った。

 

 「アーサー様、勝ってきます」

 

 そう言うと、彼はにっこりと笑ってくれた。 

 アーサー様に背を向け立ち、目を閉じる。そして、ゆっくり深呼吸。

 冷たい空気が肺の中に入って、出ていく。

 

 負けるつもりはない。

 それに、アーサー様が後ろにいると、自然と力が湧き出てきた。

 絶対に負けない気がした。


 「はじめ!」


 そうして、マナミ様の合図と同時に、私は走り出した。




 ★★★★★★★★




 クライドはすばしっこかった。

 彼は試合開始直後に走り出し、私に真っすぐやってきた。

 私は逃げ回った。土の壁を作ったり、光魔法で自分のダミーを作ったり、とにかく逃げた。


 「どうした、エレシュキガル!? 全然好戦的じゃねーじゃん!」


 だが、クライドから煽られたので、私は攻撃を始めた。

 学生との決闘の経験はなかったため、やり過ぎてしまわないかと心配だったが、クライドに攻撃は当たらなかった。

 氷塊の雨をかわされ、緑魔法で作った蔓も回避された。


 その上、波を何度も押し寄せてきて、私の攻撃は断続的になる。

 波がなくなったかと思えば、いつの間にかクライドが目の前にいた。

 驚くことに彼は素手で結界魔法を壊し、もう一方の手で持っていたレイピアで私の首を狙ってきた。


 私はすぐにしゃがみ込み、ギリギリ回避。

 私の耳元で、金属の音が横切った。


 態勢を崩しながらも、私はすかさず彼の足に向かって蹴りを入れる。 

 だが、クライドにバク宙で逃げられ、足を引っかけれずに終わった。


 「本気で戦えよ! エレシュキガル!」


 彼は本気だった。

 本気で私を殺そうとしていた。


 「これは決闘ですよ! 首を狙うなんて、正気ですか!?」

 「ああ! 俺は正気だぜ! お前が本気になってやってくれるまで、俺はお前の首を狙うからな! だから、全力を出せよ、エレシュキガル!」


 クライドは青い目をカッと見開き、楽しそうに叫ぶ。


 今戦って分かった。彼は本当に強い。

 軍にいてもおかしくないぐらいには強い。


 決闘開始前は殺してしまわないか怖かった。

 でも、彼が相手なら、もう少し力を出しても構わないだろう。


 私は大杖をぎゅっと握りしめ、結界魔法を展開。

 地面から透明な立方体をはやし、そのまま縦に伸ばして、私の体を上に押し上げる。


 そして、クライドの攻撃が当たらないところまで上に来ると、また結界魔法でガラスのような透明な地面を作り、地上にいるクライドを見下ろす。


 有利な状況を作り出した上で、私は攻撃を開始した。

 

 光の槍の雨を降らせ、地面を炎の海にした。

 そんな戦況不利な状況でも、彼は攻撃を止めなかった。


 光の槍は剣でさばかれ、炎は波で消された。

 さらに、光の弾を作り出し、空にいる私に投げつけてきていた。

 

 「そんな遠くじゃ攻撃はできないぜ! 降りて来いよ! 魔女さんよォ!」


 遠距離な攻撃は彼には当たらないと判断した私は、素直に飛び降りた。

 

 落下中に攻撃されないよう、私は氷魔法で彼の体を氷漬けにした。

 それもすぐに炎魔法で氷を解凍されたが、その間にクライドに小さな隙ができた。

 

 クライドの頭上まで落ちると、私は右足を大きく振り、彼のレイピアを蹴り飛ばす。

 当時に緑魔法で蔓を伸ばして、クライドの足を引っかけた。


 蔓を引っ張りつつ、私は地面に着地。

 

 一方のクライドはバランスを崩して、後ろに倒れ込んだ。

 すかさず、大杖の先を彼の首元に向けた。

 

 「クライド、あなたの負けです」

 「…………」


 競技場は静かだった。

 オレンジ色に照らされたその場所に、さぁーと風が吹き、私の髪をなびかせる。


 負けが確定したクライドはただ呆然としていた。

 瞬きをすることもなく、ただ青の瞳を私に向けていた。


 「あなたの負けです」

 「…………ああ、そうだな」


 クライドの返答は上の空のようで、様子がおかしかった。


 「クライド、大丈夫ですか?」

 「…………いや、大丈夫じゃないな」

 「大丈夫じゃない? どこか痛めたんですか?」

 「ああ」

 

 私は「どこを痛めたのですか?」と聞いたが、彼は黙ったまま。

 何も発さず、目を見開いてこちらを見ていた。


 …………うーん。

 もしかして、こけた反動で頭でも打ったのかしら?

 それで脳震盪でも起きて、ぼっーとしているのかしら?


 心配になり、彼に顔を近づける。

 それでもクライドは微動だにせず、うんともすんとも言わない。

 目の前で手を振っても、反応はなかった。


 これは早く保健室に連れて行かないといけないわね……。


 「クライド。体を痛めたのなら、一旦保健室に行きましょう。肩を貸しますので」


 と、腕を肩にまわそうと近づこうとした瞬間、クライドの手が私の頬へと伸びる。

 

 「何してるの?」


 だが、その手は私の頬に触れる前に、いつの間にか近くまで来ていたアーサー様に掴まれた。

 その瞬間、クライドはハッと我に返ったように息をし、その後いつも見せていた笑顔に戻る。


 何事もなかったように、クライドは立ち上がった。


 「エレシュキガル。あんたはやっぱり強いな」

 「あなたも十分強いと思いますよ」 

 「そうか?」

 「はい。あなたを軍に連れていきたいぐらいには。よかったら、軍に来ませんか? 上司にはこちらから話を通しておきますので」


 私がそう言うと、クライドは目を丸くさせる。


 「あっはっはっ! 俺、勧誘されちゃったよ!」

 「ダメ……ですか?」

 「いや! ダメというわけではないんだどな! 俺はな、軍とか組織で動くのはいまいち相性が悪いんだわ!」

 「そうですか。それは残念です。では、私の訓練の練習相手になっていただけませんか? 時間がある時でいいので」

 「いいぜ! 暇な時はいつでも付き合ってやるよ」


 と言って、クライドはにひっと笑い、親指を上に突き立てる。

 よかった。

 最近の訓練は1人ですることがほとんどだったから、そろそろ対戦相手が欲しいと思っていたのよね。


 「エレちゃん、そこまで」


 その瞬間、大きなの腕が後ろからきて、私を包み込む。

 振り向くと、アーサー様の姿があった。


 「アーサー様?」


 アーサー様は背後から私を抱きしめていた。

 いつもよりもきつく、私の肩に顔をうずめていた。


 アーサー様の腕から解放されると、私はアーサー様の顔がようやく見えた。

 彼は心配そうな不安そうな顔をしていた。


 「ねぇ、エレちゃん。もうクライドと関わらないでね」

 「二度とですか?」

 「うん。クライドと話す時は誰かと一緒にいて。できれば、僕が一緒の時にしてね」


 と、アーサー様は強く念を押してきた。


 「ええ、アーサー様の言う通りにしておいた方がいいですわ。クライドは天性の女たらしですからね」


 アーサー様の忠告に賛成の声をあげてきたのはセレナ。

 彼女の隣にはリアムさんと遠くで審判をしていたマナミ様もこちらにやってきた。


 「えー。その言い方はないんじゃねーの、セレナ」

 「あなたが色んな女子と関係を持っているのは事実ですもの。仕方ないですわ」

 「えー。俺はただあっちが求めるから、その要望に応えているだけなのにー」

 「要望を応える相手は好きな子だけでよいのです」

 「そう言われてもな、可愛い子は全員好きだからなー、俺」

 「はぁ……全くあなたという人は……そのようなことを言うから、女たらしと言われるのですよ」


 親し気に話すセレナとクライド。

 2人は昔からの知り合いのように見えた。


 「あの……クライドとセレナはお知り合いなのですか?」


 気になって聞いてみると、セレナは横に首を振った。


 「いいえ、そのようなものではないですわ」

 「でも、とても仲良さそうですね」

 「そう見えましたの?」

 「はい」


 すると、セレナとクライドは目を合わせ、クスッと笑った。


 「仲がいいのは当たり前だな」

 「当たり前ですわね」

 「そうなんですか?」

 「うん、だって、俺たち」





 「きょうだいだから」

 「きょうだいですの」




 

 「え。それって、つまり……」

 「ああ、俺の名前はクライド・ガーディアン。信じられねぇと思うが、俺もガーディアン家の人間だ。セレナとは双子の姉弟で、セレナが上で、俺が下だ」


 これまでクライドの苗字を聞く機会はなかった。

 クライドという名前を出すだけで、いつも分かってもらえたから。


 でも、まさか彼がセレナの双子だったとは……。


 改めて、2人の顔を見比べてみる。

 セレナもクライドも同じ黒髪、濃さは違うものの同じ青系統の瞳を持っていた。

 

 「こうしてみると、2人は似ていますね……」

 「そうでしょう。でも、性格は真逆ですの」

 「そうだな。血が繋がっているのかと思うぐらいには違うかもな」


 セレナは真面目、クライドはマイペースなところはある。

 でも、強気なところは似ていると思う。


 「エレシュキガル。姉である私から忠告しておきますわ。このろくでもない私の弟は女たらしです。近づくとやけどしますわよ」

 「えー。エレシュキガルが関わりたければ関わる、それでいいんじゃねーの? セレナがどうこういう話じゃないだろう」

 「私の友人が、弟に泣かせられるところは見たくないから言っているだけですわ」

 「じゃあ、セレナの前では泣かせないから、安心してくれ」


 そんなクライドの言葉に、アーサー様は眉をひそめていた。

 とても嫌そうにしているわね……クライドのことが嫌いなのかしら。


 そのことを尋ねてみたが、アーサー様は横に首を振った。


 「嫌いというわけではないんだけど……」

 「私がクライドと関わっているのが嫌ですか」

 「うん。とっても嫌です」

 「そうですか」


 アーサー様の嫌なことはしたくない。

 レイピアのことを聞いたら、彼とは距離を置くことにしよう。


 黙った私が気になったのか、アーサー様は理由を話してくれた。


 「もし、クライドがリアムのように何もなかったら、僕は何も思わないんだけどね。でも、クライドはあんな風だからさ、エレちゃんを奪っていくんじゃないかって心配なんだよ」


 私がクライドの武器に興味があっても、彼がいくら強くて戦いたくなっても、それ以上の感情はない。

 不思議と、アーサー様に思うような『一緒に過ごしてみたい』というのは湧き出てこない。 

 それに私はアーサー様の婚約者だ。離れることはしない。


 「ご安心を、アーサー様。婚約がぱぁーにならない限り、私はあなたの婚約者です。離れることはいたしません」


 アーサー様は安堵したのか、柔らかく微笑む。

 そして、私の手をぎゅっと握った。


 「…………そうだね。絶対にエレちゃんとの婚約はぱぁーにはさせないし、離さないよ」


 私たちのやり取りを聞いたクライドは「王子様に惚れられた女は大変だねぇ~」と呟いていた。

 

 「でも、俺と付き合った方が気楽になれると思うんだけどなー」

 「エレちゃん。クライドには耳を貸さなくてもいいよ」

 「あ~あ~、俺ならいくらでも戦ってやるのになー」

 「え」

 「エレちゃん、決闘も終わったし、校舎に戻って課題しよう?」


 ああ、そうだった。

 アーサー様に言われて思い出したけど、結構大きめの課題が出ているんだった。


 「では、クライド。後日レイピアについて教えてください」

 「はいはーい」


 そうして、セレナたちはクライドと何か話したいことがあったのかその場に残り、私はアーサー様と一緒に校舎へと歩いていく。

 

 「ねぇ、エレちゃん。僕もいつでも対戦相手になるからね?」

 「いつでもですか?」

 「うん」


 アーサー様とは共闘はしたことがあっても、タイマンで戦うということはなかった。

 聞いた話では、アーサー様もかなりの実力をお持ちだとか言ってたような……。


 「では、明日のお相手をしていただけませんか?」

 「もちろん」




 ★★★★★★★★




 「エレシュキガル・レイルロード……いい女だな」


 エレシュキガルが遠ざかってから、俺はそう呟いた。

 その呟きを、隣のセレナが聞き、不安そうな顔を浮かべていた。


 「クライド、あなた……」

 「心配すんなよ、さすがに王子のもんは取らねーよ」


 しかし、気にかかっていたところが違ったのか、セレナはフッと吹き出し、笑った。


 「そこは別に気にしていませんの。愛したのなら、奪えばいいと思いますからね」

 「…………」


 さすが一度決まればそこに一直線に突き進む俺の姉ちゃん。

 ほしいものは自分の手で自分の物にしてきた姉ちゃんらしい言葉だ。


 「ただ、私はあなたが珍しく特定の人に興味を持ったというか、恋に落ちたように見えましたので、気になりましたの」


 俺の目は銀髪を揺らす少女を捉えていた。

 だが、彼女の隣を歩いているのは完璧王子様。

 自分よりもなんでもかんでもできてしまうずっといい男。一途な男。


 あ~あ。

 久しぶりにビビッと来たんだけどな…………。


 両手を頭の後ろに組み、青とオレンジのグラデーションが美しい空を仰ぐ。

 太陽は西に沈み、1つの星が静かに輝いていた。


 「なぁ、セレナ」

 「なんですの?」

 「なんで俺はいっつもこうなんだろな?」

 「さぁ、日々の行動が悪いせいでは?」

 「えー? 俺の行動そんなに悪いかー?」

 「…………あなた、これまで何人の女の子泣かせました?」

 「あ――」

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