第20話 刺客
「さっきのケーキ屋さんはどうだった? 美味しかった?」
「はい、とっても美味しかったです」
ケーキを食べ終えた私とアーサー王子は、パティスリーから出て、街を歩いていた。
「ですが……殿下が変な冗談をおっしゃるので、途中からケーキの味がしませんでした」
結局、ケーキは全て食べることができたが、終始アーサー王子が途中から食べたケーキに集中できなくなっていた。
正直、最初に食べたりんごのケーキとチョコケーキぐらいしか味を覚えていない。
すると、アーサー王子はふふっと笑みをこぼした。
「それって、それだけ僕のことを意識してくれたってことだよね?」
「っ……」
「ふふっ、エレちゃん、また顔が真っ赤」
「殿下、もうからかうのはやめてください」
「ごめん、ごめん」
そう謝るアーサー王子は嬉しそうに笑う。
その笑顔すら美しく、私は思わずドキドキしてしまう。
前々から、アーサー王子って端麗な顔をされているとは思っていた。
でも、こんな美しかったかな……はぁ、なんか暑い、暑いわ。
「今のはエレちゃんが可愛かったから、いじわるしちゃったけど、でも、ケーキの時に言ったことは全部本音だよ」
「本音……」
「うん、僕はエレちゃんのことが好きって本音」
また適当なことを言って……。
「……そ、そういうことは冗談でも言ってはいけません」
「冗談じゃないよ。本気だよ」
「つ、次の場所に行きましょう」
「うん。次に紹介したい場所はここだよ」
そう言って、アーサー王子に案内された場所はお菓子屋さん……ではなく、アクセサリーショップだった。
「お菓子屋さんではないのですか?」
「うん、残念ながら。お菓子屋さんはここの次」
正直アクセサリーにはあまり興味がないけど、せっかく紹介してもらったし、入るだけ入ろうか……。
店内に入ると、そこには大きな宝石がついた指輪、何個も宝石がついたネックレス、蝶々がデザインされた金のイヤリングなど数々のアクセサリーたちがあった。
わぁ……眩しいほどにキラキラだわ。
私には縁がなかった場所だなぁ。
もちろん、私には買うお金がなかったというわけではない。
軍に勤めている間に稼いだお金は、ほとんど魔法石とか杖に使っていた。
アクセサリーなんて持っていたって、私には宝の持ち腐れだし。
ここは時間を潰して、次のお菓子屋さんに行くことにしよう。
そして、適当に眺めていると、1つのネックレスに目を留めた。
「それ、気になるの?」
気になったネックレス。それはエメラルドのような小さな宝石がついたもの。
ついている宝石はいつかルイと見たあの川の輝きに似ていた。
「はい。昔見た川の色に似ているなと思いまして」
「川の色か……その川はとても綺麗だったんだろうね」
「はい。流れる水も澄んでいて、蛍も飛んでいて全てが綺麗でした」
ルイと遊んだ時のことを思い出しながら、私はネックレスを取る。
この宝石、本当にあの川の色だわ。綺麗……。
「エレちゃんはこのネックレス買うの?」
「いえ……私が買ってもつける機会がないので、買いませんよ」
「そうなの? エレちゃんには似合うと思うけど」
「私が持っていても意味はありません。それよりも普段から身につける方に買ってもらった方が、このネックレスも幸せでしょう」
そして、全てのアクセサリーに目を通したが、気になったあのネックレス以外に特に目ぼしいものがなく、アーサー王子は買うものがあるらしいので、私は先に店を出た。
アーサー王子が購入されているのは、きっと懇意にされているご令嬢にプレゼントするもの。
街を眺めて待っていると、アーサー王子は小さな袋を持って店から出てきた。
「エレちゃん、待たせたね」
「ご心配なく。殿下はご所望のものを入手できましたか?」
「うん。手に入りました」
「それはよかったです。では、次のお店に参りましょうか」
次のお菓子屋さんにはどんなお菓子があるのだろう……ちょっとわくわく。
私が歩き出そうとした時、アーサー王子は「あー、ちょっとその前に」とストップをかけた。
「エレちゃん、手を出してもらえる?」
「手ですか? こうですか?」
私はアーサー王子に物乞いをするかのうように両手を出す。
一体何をするつもりなんだろう……。
すると、アーサー王子は小さな袋を私の手の上に乗せた。
「え?」
「これ、エレちゃんにあげます」
「……私にですか?」
てっきり他の方に渡すものかと……。
「うん。エレちゃんにつけてほしいなと思って」
「?」
「開けてみて」
見ると、袋の中には小さな箱が入っており、私はその箱を開けた。
そこに入っていたのは先ほど見ていたネックレス。
銀のチェーンに、エメラルドのような宝石のネックレスだった。
「エレちゃん、それ気になってたでしょ?」
気になっていたといえば、気になっていたけど……。
「でも、私には合わないかと」
「そんなことはないと思うよ。ぜったーい似合うと思う」
「……そうですか?」
「うん、なんなら、今つけてみる? きっと似合うよ」
アーサー王子がそこまで言うのなら……彼からもらったのだし、つけてみようか。
そうして、私はアーサー王子にネックレスをつけてもらった。
ネックレスなんてつけるの久しぶりだな……。
ネックレスをつけた私を見て、アーサー王子はうんうんと頷き、こう言った。
「綺麗だ。とても似合ってる」
「っ……」
また適当なお世辞を言って……。
彼の言葉がお世辞と分かっていながらも、心中喜ぶ自分がいた。
「で、では次こそお菓子屋さんに参りましょう」
「うん」
よし……これでやっとお菓子屋さんに行ける。
次こそはお菓子の味をちゃんと堪能しよう。
そうして、次のお菓子屋さんへ向かっている道中、アーサー王子からこんなことを言われた。
「エレちゃんにお願いしたいことがあります」
お願い?
「はい、なんでしょうか」
「僕のこと『アーサー』って呼んでもらえませんか?」
――え?
それはつまり『殿下』ではなく『アーサー』と呼んでほしい……と。
私は横にぶんぶんと顔を振った。
「それはできません。殿下は殿下ですので」
私がアーサー王子を『アーサー』と呼んでしまったら、それこそ本当に誤解されてしまう。
しかし、アーサー王子は粘り強く。
「僕からの“お願い”です」
「…………」
と優しい声ながらも、圧強く言ってきた。
むむぅ……アーサー王子のお願いというのなら、命令も同然だから逆らうことはできない。
結局、私は仕方なく呼ぶことにした。
「アーサー様」
呼ぶと、アーサー王子は幸せそうに笑みを浮かべた。
……とっても嬉しそうね。
こんなもので嬉しくなるものなのだろうか。
「これでご満足ですか」
「満足です。これから、僕を呼ぶ時は『アーサー』でお願いします」
「それは無理です」
「“お願い”です」
「むぅ……分かりました」
そうして、アーサー王子からの“お願い”ごとをされたり、魔法陣による連鎖術式についてお話をしてたりして歩いていると、
やったぁー、またケーキが食べられる!
待っていて、ケーキさん。絶対に食べてあげるから。
と早足で歩き始めたその瞬間――――。
「キャー!!」
近くで女性の叫びが響いた。
声が聞こえた方向から、逃げるように走り出す人々。
そこには人間ではないものが暴れていた。
暴れるそれは、近くのカフェにあったテーブルを壊し、窓ガラスを割っていく。
お客さんも慌てて逃げ出していた。
「あれは……獣族?」
――――獣族。
獣のような姿から、そう呼ばれる族種。
彼らは他の動物たちと違い、人間と同じように話すことができる。
彼らは頭がよく学者として活躍している方が多く、人間は彼らとは敵対していない。
当然、私たちの国にも獣族はいるけど、現れた獣族は少し違った。
白目分は黒く、自我を失っているよう。
あれはきっと魔王軍側の獣族だ。
「アーサー様、お逃げください」
私はアーサー王子の前に立ち、杖を構える。
住民たちは悲鳴を上げながら、逃げ出していた。
「エレちゃんこそ、逃げて」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫です。あの獣人を倒します」
「なら、僕も手伝う」
「いえ、アーサー様はお逃げください」
彼は強い。戦闘能力も魔法技術も十分にあることは耳にしている。
だけど、相手は魔王軍の者で、良くわからない状態にある獣人。
アーサー王子に万が一のことがあれば、大問題になる。
しかし、彼が逃げてくれる様子はない。
「エレちゃんが逃げないのなら、僕も逃げない」
「ですが……」
「大丈夫だよ、エレちゃん」
アーサー王子は安心させるような柔らかな声で、私を名を呼び、ニコリと微笑む。
「僕はもう負けないし、何があっても、僕はずっと君の隣にいるから」
強くそう言う彼の瞳には覚悟があった。
……これは言っても逃げてくれなさそうだな。
「では、支援魔法をお願いします」
「了解しました。エレちゃん、気を付けて」
「はい。アーサー様も危険だと思ったら、距離を取ってください」
「分かった」
私は逃げる人々とは真逆の方向へ走り出す。
不思議にも獣族たちは住民に目を向けず、私の方へ真っすぐ走って来ていた。
「そこの獣族さん、一体に何があったのですか!」
「あ゛あぁ――――!!」
「止まれば、攻撃をしません! 足を止めて、私たちにお話しください!」
「あ゛あぁ――――!!」
だが、7体の獣族の足が止まる様子はない。
…………そう。言葉は通じない、か。
「パーマフロスト!」
私は走りながら、獣族たちの下半身を氷で固め、身動きを封じる。
そして、腰につけていた短剣を取り出し、即座に獣族の首をかききっていく。
敵の血が噴き出し、私の顔にかかった。
――1体目、撃退。
私は1体を倒すと、次の獣族へと移動。
上半身は固めていなかったので、抵抗しようと獣族が斧を振りかざしてくるが、私はさらりとかわす。
――2体目、3体目、撃退。
その間に力づくで氷を破壊し、自由に動けるようになった獣族。
彼らは他の敵の相手をしている私に襲い掛かってこようとしたが。
「アンプルスバイン!」
後方からアーサー王子が緑魔法を使って、太い蔓で彼らを拘束。
そして、手の空いた私はすぐに炎魔法で獣族を焼き付くし、全ての獣族を屠った。
「これで全部かしら……」
久しぶりの戦闘ではあったが、身体はなまっていないかった。
訓練のおかげだわ。訓練最高。
でも、油断はしない。
ちゃんと死んでいるか確認しておこう。
背を向けた瞬間に襲われたら、対応できないわけではないけど、困るし面倒だし。
そうして、敵の死体を確認していたその時。
「エレちゃん! 左!」
アーサー王子が声が響く。
見ると、左上から矢が飛んできていた。
だが、刺さる前に、私は矢をガシッと掴んだ。
「っは……」
危ない、危ない。
タイミングが悪かったら、矢は刺さっていたかもしれない。
王子が声をかけてくれなかったら、脳天を貫かれていたかも。
ふぅ……本当にギリギリだった。
「マジかよ。それ掴むのかよ」
そんな驚きの声が建物の上から聞こえた。
屋根の上には茶色のフードコートを被った人……いや人にしては大きい……人型の魔物であろう何かが3体いた。
「貴様! 何者だ!」
と尋ねたが、相手は無言。
弓を手にしたまま、突っ立っていた。
私は矢を投げ捨て屋根上に行こうとすると、敵は反対側から屋根を折り姿を消した。
追いかけて、屋根の上に上ったが、誰もいない。
そこから周囲を見渡しても、先ほどの茶色フードコートは見つからない。
…………逃げられたかな。
そのまま追おうと思ったが、王子の護衛らしい人が走り出しているのを見て、犯人の追跡は彼らに任せることにした。
今はアーサー王子の無事が一番だ。離れた時に襲われるかもしれないし。
そうして、私はアーサー王子の所に戻ると。
「エレちゃん!」
「ア、アーサー様?」
彼にぎゅっと抱きしめられた。
「……アーサー様、服が汚れます」
「そんなことはどうでもいいさ……それより大丈夫だった? 怪我はしてない?」
「はい。怪我はしておりません」
「そっか。それなら、よかった」
彼は私の無事を確認すると、安堵の声を漏らした。
だが、さらに彼の抱きしめは強くなった。
「ア、アーサー様……苦しいです」
「あ、ごめん」
ようやく私はやっと解放してくれた。
でも、心配は尽きないようで、アーサー王子は私の手をずっと握っていた。
獣族をここに連れてきたのが、先ほどの茶色フードコートの人物なら、あれもきっと魔王軍側の者。
前線から離れた場所で、敵がいたなんてことがあったら、大騒ぎだ。
「でも、なぜ魔王軍の者がこんな街中に……」
前線から離れたこの街にはそうそう敵がやってくることはない。
一体どうやってここまでやってきたのだろう?
獣族の亡骸を目の前に、私はどこか嫌な予感がしていた。
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