第19話 甘くて

 予定時間通りに集まった私とアーサー王子は、学園を出て大通りを歩いていた。

 私は普段外に用事がなかったので、学園周辺の街はあまり歩いたことがない。

 そのため、今回は詳しいアーサー王子に案内をお任せすることにした。


 向かう場所は街の中心にあるパティスリー。

 そこのお店は昔からしている老舗のお店で、とっても美味しいらしい。


 「そのお店、いつかエレちゃんと一緒に行ってみたかったんだよね」


 そう話しながら、私の隣の歩くアーサー王子。

 彼の端麗な横顔は眩しいほどに輝いており、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 うーん。本当に美しい顔だなぁ……ただの軍人の私が彼の隣を歩いてもいいのだろうか。


 「どうしたの、エレちゃん。僕の顔をじっと見て」


 私の視線に気づいたのか、アーサー王子は正面を向けていた顔をこちらに向ける。


 「何か気になることがあった?」

 「い、いえ、気になることは特に……殿下はお美しいので、他の人から注目されるかなと思いまして」

 「あー」


 こんな綺麗な顔の人が街を歩いていたら注目されるだろうし、しかもアーサー王子はほとんどの国民に顔を知られている王族の方。

 彼が街を1人歩いていて、目立たないはずがない。

 と思って心配したが。


 「魔法で認識阻害してるから、基本的には大丈夫。今の僕はエレちゃんにしか見えないよ」


 と、アーサー王子は爽やかな笑みを浮かべて話した。

 思えば、すれ違う人誰一人として彼を見ない。


 たまに、影に隠れてアーサー王子の顔をじっと見ている人がいたが、彼らは王子の護衛の方なのらしい。

 彼らがアーサー王子の近くにいると目立って仕方ないので、後について来てもらっているそうだ。

 急に襲われても、アーサー王子の能力ならきっと対応できるから、この護衛の形でいいのだろう。


 「そういえば、エレちゃんも護衛をつけているんだね」

 「護衛?」


 そんなものつけた覚えがないのだけれど……。

 一度、シン兄様が護衛をつけさせてほしいと提案してくれたが、私は「いりません」とはっきり断った。

 だから、私には護衛はいないはず……。


 私が首を傾げると、殿下も首を傾げた。

 そして、彼はなぜか考え込み始め、ぶつぶつと呟く。


 「え、でも、あの人はレイルロードの人だし、絶対エレちゃんをつけているし、一体誰が……あ、なるほど。あれはシンの人間なのか……」

 「お兄様がどうかされたのですか?」

 「いや、シンは相変わらずだなと思って」

 「?」


 王子の言っている意味が分からず、私はまた首を傾げる。


 「あの……殿下はお兄様とよく話されるのですか」

 「うん。彼とはよく会うからね。エレちゃんのこともよく話していたよ」

 「兄様がですか?」


 意外だ。

 兄様は他の人に私のことを話すなんて。

 兄様は身内の話を他の人にしなさそうなのに。


 「シンは結構エレちゃんのこと話してくれるよ」

 「そうなんですか?」

 「エレちゃんはりんごが好きだとか、小さな頃はウサギのお人形さんを持って寝ていたとか」

 「……」


 兄様、なぜ殿下に私の話をしているんですか。

 出す話題が間違っています、兄様。


 「殿下はどこまでお兄様にお聞きになったんです?」

 「えっとね。今もうさぎさんの人形をベッドに――」

 「それ全てお忘れください」


 しかし、アーサー王子はいたずらな笑みを浮かべて。


 「嫌です。忘れません」


 と嬉しそうに言った。

 うぅ……そんな私の話なんてどうでもいいと思うから、どうか忘れてほしい。


 そんな話をしているうちに、目的のパティスリーに着いた。

 入ると、そのパティスリーの内装は白を基調した上品なデザインで、一部がカフェのようになっていた。


 入った瞬間に思ったけど、お菓子の甘い香りがする……。

 結構お客さんがいるな……あ、あのケーキ美味しそう……。


 ショーケースに並べられたケーキはどれも輝いており、これから食べれるのだと思うと、わくわくした。

 宝石のようなケーキに見とれていると、1人の店員さんが近寄ってきた。


 「いらっしゃいませ。お客様は店内でお召し上がりになられますでしょうか? それともお持ち帰りでしょうか?」

 「店内だよ」


 私が答える前に、アーサー王子が認識阻害を解除し答えた。

 しかし、定員さんたちは彼に驚く様子はなく、丁寧に頭を下げた。


 「アーサー殿下、本日はお越しいただき誠にありがとうございます。席はいつもの場所でよろしいでしょうか」

 「うん。お願いします」


 すると、店の奥からかっぷくのいい穏やかなおじ様店長が挨拶に出てこられて、店の一番奥の場所に案内された。

 そこはこの前のサロンの時のように、他の場所と区切られた席。


 「お待たせいたしました」


 席について待っていると、先ほどの店長さんがワゴンを持って現れた。

 そのワゴンには大量のケーキ。

 一切れずつではあったが、10種類以上のケーキがあった。


 ショートケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキにモンブラン……あわわ。

 こんなの最高じゃないの。天国じゃないの。


 「エレちゃんのお好きなものからどうぞ」

 「ありがとうございます」


 たくさんある中で、まず最初に選んだのは林檎の形をしたケーキ。

 他のケーキとは違って、本物の林檎の形をしていて気になったので、私はそのケーキを食べることにした。

 一方、アーサー王子はコーティングされたチョコが艶やかなチョコレートケーキを選んでいた。


 「エレちゃんは林檎が本当に好きなんだね」

 「はい。殿下のケーキもとても美味しそうです」

 「じゃあ、エレちゃんも食べてみる?」

 「え?」

 「食べさせてあげるよ」


 食べさせてあげるよって、殿下が私に食べさせるってこと?

 いやいや。人が近くにいないとはいえ、そんな恥ずかしいことはできない。

 しかも、相手は殿下。

 恋人ならいいかもしれないが、アーサー王子は友人だ。

 そんなこと、絶対にできない。


 「では、殿下。ケーキは2つに切りわけましょ――」


 代案で、私は半分に分けようと、チョコレートケーキをフォークで2つに割ろうとした。

 だが、アーサー王子はそのチョコレートケーキの皿をひょいっと手に取って、私から遠ざける。

 

 「え? 殿下?」


 なんで私からチョコレートケーキを離すの?


 「エレちゃんはこのケーキ食べたくないの?」

 「いえ、そういうわけではないです。ただ2人で半分ずつ食べれるように切り分けようと思って……」

 「大丈夫。エレちゃんの分は僕が食べさせてあげるよ」

 「え、でも……」


 食べさせあうのは愛する人同士でするものだって小説に書いてあったんです……。

 私たちってそういうのじゃないし、ただの友人です。


 ああ……でも、食べたい。

 あのチョコレートケーキ、美味しそうだよ。めちゃくちゃ輝いてるよ……。

 食べたいな……うぅ……。


 「た、食べたいです……」


 食欲に負けて、私は小さくそう答えた。

 すると、なぜかアーサー王子はふふふと笑みを漏らした。


 「む……殿下、なぜ笑うのですか」

 「いや、エレちゃんがかわいいなと思って」

 「……そ、そういうのは誤解を招きますよ」

 「誤解しても大丈夫だよ。だって、僕はエレちゃんが好きだから」

 「そ、そういうのは本当に――」

 「はい、じゃあ、エレちゃん。あーんして」


 アーサー王子は一口サイズに切ったケーキを、私の口元に持っていく。

 

 「あーむ」


 目の前に美味しいそうなケーキがやってきたので、私は大きく口を開けて、ぱくりと食べた。


 ああ……美味しい……とっても美味しい……。

 口の中でチョコレートが溶けていく。

 幸せ……。

 

 「このケーキもとっても美味しいです……」

 「ほんと? じゃあ、もっとあげるよ」

 「え、でも、殿下の分がなくなりますよ」

 「じゃあ、エレちゃんのケーキ、半分僕にも食べさせてくれる?」


 これはあーんをしてと言っているのだろうか……。

 

 「僕もエレちゃんのケーキ、食べたいなぁ……」

 

 むむぅ……ここは仕方ない。

 私も殿下に食べさせてもらったし、うん、殿下のお望みどおりに動こう。


 そして、私は林檎のケーキを一口サイズに切り、それをアーサー王子の口元に

 食べる彼は一番の幸せ者のような顔をしていた。


 「うん、エレちゃんのケーキも美味しいね」

 「それはよかったです」

 「今度このケーキ作ってみようかな」

 「え、本当ですか」

 「うん、エレちゃんが欲しいなら、いっぱい作るよ」


 わわぁ……今なら、アーサー王子が神様に見える。

 このお店でしか食べられないと思ったんだけど、学園で食べられるとは最高だわ……。

 色んなケーキを食べていると、アーサー王子が突然こんなことを聞いてきた。


 「エレちゃんには好きな人がいるの?」

 「好きな人……ですか? 好きな人はたくさんいますよ」

 「へ? たくさん?」

 「はい。殿下はもちろんのこと、セレナ、リアムさん、兄様、お父様、お母様、そして、私を支えてくださったすべての方」

 「……」

 「全員愛しております」


 そう答えると、王子はなぜか苦笑いを浮かべた。

 普通のことを言ったつもりなのだが……おかしいところでもあっただろうか。


 「じゃあさ、エレちゃんには異性として好きな人はいるの?」

 「異性として、ですか?」

 「うん」


 すると、アーサー王子は真っすぐな瞳を向けた。

 その水色の瞳は宝石のように輝いていて、思わず吸い込まれそうになる。


 ……異性として、好きな人。


 そのことを考えた途端、脳裏でルイの笑顔がちらついた。

 が、私は。


 「い、いません」


 とぎこちなくも答えた。

 ルイのことは好き?だったのかもしれないけど、彼を思っても意味ないから。

 だから、『いない』。


 すると、アーサー王子ははぁと息をつき、なぜか安堵していた。


 「そっか。じゃあ、僕はどうかな?」

 「え?」

 「異性として、どうかな?」

 「そ、それは……殿下のことを、ですか?」

 「うん、そう。僕はエレちゃんの恋人になれますか?」

 「へ?」


 こいびと?

 私とアーサー王子が?


 その瞬間、私の顔が熱くなる。

 

 「で、殿下は何を言ってるのですか!」


 アーサー王子と私はただの友人。

 しかも最近友人になったばかりだ。

 ……そ、それなのに、私とアーサー王子が恋人だなんて、この人は何を言ってるの!?


 しかし、アーサー王子は楽しそうに笑っていた。


 「ふふっ、エレちゃんの頬、真っ赤。かわいいね」 

 「か、からかわないでください!」

 「エレちゃんって本当にかわいいね。大好きだよ」

 「――――っ」


 赤くなってしまった顔を隠したくて、私はそっぽを向いた。

 それでも、ざわつく感情が落ち着かなくて、ひたすらケーキを食べていく。

 たまにちらりと様子を窺うと、アーサー王子は私を見てにこにこしていた。


 殿下はきっと私をからかってるって楽しんでるんだわ。

 兄様から恋愛の経験がないのを聞いて、アーサー王子は私をからかおうとしてあんな冗談を……あ、このケーキ美味し……じゃなくて、アーサー王子はほんと全く酷い人。


 「僕はエレちゃんを愛してるよ」

 「……っ」


 そ、そういうのはちゃんと好きな人に言うべきだわ。 

 私は殿下に背を向け、パクパクとケーキを食べる。

 気づけば、お皿いっぱいに乗っていたケーキは全部なくなっていた。

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