第21話 悩み事(アーサー視点)

 「エレちゃんはストレートな言葉にとても弱い」

 「…………何ですか、突然」


 エレちゃんとのデートをした数日後の平日の放課後。

 僕はリアムとともに、いつものように図書館で勉強をしていた。

 エレちゃんも1時間の訓練後にここに来てくれる予定で、最近学園に来たセレナも予定を済ませた後に来るらしい。


 なので、今はリアムと2人。

 周りも幸い人がおらず、小さな声でリアムに話しかけていた。


 「この前のデートで分かったんだ。エレちゃんはストレートな言葉には弱いって」

 「……一応聞きましょう」

 「ありがとう。エレちゃんと話すようになってから、彼女に色んなアプローチをしたでしょう。でも、彼女は一向に僕の気持ちに気づいてくれなかった」

 「ええ、悲しいぐらいにスルーされてましたね」

 「うん。だから、もう駆け引きなんてせずに、本音を言ったんだ。そしたら、珍しいことにエレちゃんが動揺して……その姿がなんと可愛いことか……頬を真っ赤にさせてたんだよ……」


 カフェで人もいたからしなかったけど、もし王城で2人きりだったら、彼女を押し倒していたかもしれない。

 というぐらい、あの時のエレちゃんは本当にかわいかった。


 「なるほど、のろけ話ですか。楽しいデートになってよかったですね。それはそうと、襲撃してきた犯人はどうなったんです?」

 「ああ、それはもちろん“影”に捜索させてるよ」


 “影”――これはアレク兄さんが作った諜報機関。

 彼らは、魔王軍に対する情報収集や魔王軍と接触がある者の捕縛を行っており、兄さんの指示の下で動く。

 今回、僕と公爵家の令嬢が狙われたということで、兄さんが“影”を使って犯人を捜してくれていた。


 「でも、見つかってない」

 「ほう。アレク様の“影”が発見していないとは、よほど隠密行動に強い相手なのでしょうね」

 「本当に厄介だよ」

 「でも、彼らはエレシュキガル嬢を狙ったのでしょう?」


 あの時、エレちゃんではなく、僕を狙ってもおかしくなかった。

 だけど、獣族はすぐにエレちゃんに襲いかかって、屋根の上から襲ってきた弓兵はエレちゃんの頭を狙って矢を打ってきた。


 「捕まえていないから詳細は分からないけど、予想ではあの子が送ってきたって思ってる」

 「あの子……ブリジット嬢ですか。その可能性はありますね。ですが、エレシュキガル嬢は軍所属の方でもありますので、魔王軍側からの刺客かもしれません」

 

 それも十分あり得る。

 エレちゃんの活躍は魔王軍側にも知れ渡っているだろうし、彼女を今のうちに殺しておこうと考えてはいるだろう。


 「ともかく犯人は捕まえないと」


 エレちゃんの命を狙ってきたんだ。そのまま放置なんてできない。


 「ああ、デートのことも気になっていましたが、エレシュキガル嬢とのお茶はどうでした? “ルイ”のことをお話すると言っていましたが……」

 「ああ、もちろん、軍での友達について聞いたよ。だけど、軍で仲良くしていた子について聞いたら、エレちゃんは黙りこんじゃって……」

 「ほう」

 「もしかしたら、僕――ルイはエレちゃんに嫌われているのかもしれない」


 何も言わずに突然いなくなったんだから、そうなっていてもおかしくはない。


 「そう思うと、自分がルイって名乗れなくなってしまって」


 もし、エレちゃんに『嫌いです』なんて言われたら……。


 「嫌われていても、エレシュキガル嬢はあなたとルイを別の人間と認識しているでしょうから、心配ないのでは?」

 「そうだけど……」


 このまま、アーサーとして彼女と仲良くなっていくつもりだ。

 だけど、あの時のことをちゃんと謝りたい。

 川のことを覚えていてくれるようだし大丈夫だとは思うけど、万が一エレちゃんが覚えていないこともあり得る。

 だから……急に話し始めるのは違うだろう。


 「そういえば、アーサー。この前の婚約話はどうなりました?」

 「ああ、それはまだ保留中」

 「保留中……そんなに待たせていいのです? 相手はあのご令嬢。何をしてくるのか分かりませんよ」

 「うん、分かってる。この前もエレちゃんとお茶してたら、話しかけてきたし……折角2人きりで楽しい時間を過ごしてたのに、エレちゃんはてっきり僕と彼女が仲がいいと思ったのか、帰ろうとしたし……」

 「それは災難でしたね。ですが、このまま他の婚約候補を見つけなければ、彼女と婚約が決定してしまいますよ」

 「そうなんだけど、そうなんだけどさ……あの子と僕は……」

 「合わないんですよね」

 「うん、合わない」


 僕の婚約候補にあがっている公爵家の令嬢ブリジット・ラストナイト――彼女との付き合いは長いが、仲はそこまでいいとはいえない。

 向こうは僕を好いているようだが、僕はブリジットのことが苦手だった。

 話題が合わなくて、おしゃべりは楽しくないし、彼女の話題のほとんどがラストナイト家の自慢で正直疲れる。


 「それに、僕はずっとエレちゃんのことが好きだったから。エレちゃん以外と一緒になることは全然想像できない」

 「では、いっそのことエレシュキガル嬢に婚約を申し込んだらどうです?」


 確かにエレちゃんとの婚約することは考えていた。

 でも、それは彼女と仲良くなって、異性として意識してもらえるようになって、彼女の婚約がなくなってからと思っていた。


 だが、エレちゃんはもう誰とも婚約していないし、デート以降少しではあるが、意識してもらっているような気がする。

 一方、僕は婚約話を勝手に進められそうにはなっているが、まだ誰とも婚約していない。


 「そうですわ。さっさと申し込めばいいんですの」


 強気な口調でそう言ってきたのは、セレナ。

 いつの間にかやってきた彼女は、艶やかな髪を揺らしながら、リアムの隣に座った。

 

 「殿下は本当に意気地なしですわ。私が学園に行き始めた頃には婚約していると思っていましたが、まだ申し込みもしていないとは」

 「……」

 「挙句の果てに、私にエレシュキガルを助けてほしいと頼み込む始末。愛する人を守るのなら、己の手で全力で敵を潰さないといけませんわ」

 「おっしゃる通りです……でも、今の状況だと主犯も分かっていないし、主犯に逃げられて、また違う方法で嫌がらせをしたり、最悪の場合命を狙われるかもしれない……」 

 「だから、主犯が分かるまで、エレシュキガルに耐えてもらうと」

 

 セレナの言葉に僕はコクリと頷く。


 本当はそんなことをさせたくない。

 エレちゃんを苦しませるようなことは嫌だ。

 だから、僕の手が届かない時には、セレナに守ってもらっている。


 「嫌がらせの主犯……私の直観ですが、主犯はきっとあの公爵令嬢でしょう。殿下も薄々感づいているのでは?」

 「…………」


 あのブリジットなら、スカーレットと通してエレちゃんに嫌がらせをさせることはできる。きっと同じ公爵令嬢だから潰しておこうという魂胆なのだろう。

 そんな想像はついているけど、ブリジットが主犯だと裏付ける確実な証拠がない。


 地下室のお姫様に手伝ってもらっても、スカーレットがブリジットの部屋に行っていることしか掴めなかった。

 彼女曰く、部屋に結界が張られているせいで、中の会話を聞くことができなかったらしい。

 だから、今の状況だと問い詰めても、単なる交流をしているだけと誤魔化される可能性だってある。


 「まぁ、いじめの件は私がいますので、学園内でエレシュキガルに直接的な危害を加えることはないでしょう。それにしても、エレシュキガルは手ごわいですわね。殿下が気持ちをはっきりと御伝えになって、ようやく気付く……鈍感中の鈍感ですわ」

 「えっ。セレナ、さっきの話聞いてたの」


 誰もいないと思って話してたのに。

 すると、リアムはセレナの言葉にうんうんと頷いた。


 「最初のアーサーのアプローチには全然気づきませんでしたからね」

 「ええ、いつかのリアム様みたいでしたわ」


 セレナがそう言うと、リアムは「はて?」と首を傾げた。


 「私は最初からセレナのアプローチに気づいていましたよ」

 「ま、私をもてあそんでいたんですの?」

 「ええ、可愛くてつい意地悪をしたくなったんです」


 僕がいることを忘れて、いちゃつき始めるリアムとセレナ。

 全く……別の場所にでも移動して、2人きりでいちゃいちゃしてほしい。


 「あー、僕もエレちゃんといちゃいちゃしたーい」

 「アーサーとエレシュキガル嬢は毎日いちゃついているじゃないですか」

 「そうですわ。いつも見ていられないぐらいにいちゃいちゃしてますわ」

 「それは僕の一方通行なアプローチでしかないじゃん……」

 「なら、さっさと告白なり、婚約を申し込むなりすることですね」

 「断られたらどうしよう……」

 「1回ぐらいは大丈夫ですわ」

 「数打てばいつか当たりますよ」

 「…………」

 「まぁ、エレシュキガルは殿下のことを意識しているようですし、問題はないと思いますわ」

 「最悪“お願い”だとか、エレシュキガル嬢のお父様に話を通しているとか言えば、彼女は了承してくれますよ」


 他人事と思って、適当なことを言うリアムとセレナ。

 

 「確かにそうかもしれないけど……」


 エレちゃんなら、「はい、構いません」とか「アーサー様のお願いでしたら」とか言って、婚約はしてくれるだろう。

 でも、それは彼女の気持ちを蔑ろにしてしまう方法だ。

 

 「僕はエレちゃんの気持ちを大切にした上で――」

 「私の気持ち?」


 話している途中に聞こえたのは愛しのエレちゃんの声。

 振り返ると、訓練終わりのエレちゃんがいた。

 ああ、ポニーテールにして髪をあげちゃって……ほんとかわいい。


 「皆様、お疲れ様です」

 「お疲れ様です。エレちゃんはもう訓練終わったの?」

 「はい、終わったので約束通りこちらに参りましたが………あの、さきほど私の名前が聞こえましたが、皆様、どのような話をされていたのですか?」

 「気になる?」

 「はい。自分の名前があったので、多少は」


 素直に答えるエレちゃんの瞳は真っすぐで、宝石のように綺麗だった。

 純粋に気になるんだろうな。でも、婚約の話はしないでおこう。


 「どうしたら、エレちゃんに僕の気持ちがちゃんと伝わるか2人に相談していたんだ」

 「アーサー様の気持ち、ですか?」

 「うん。僕がエレちゃんを好きってこと」


 その瞬間、エレちゃんの頬は赤く染まる。りんごのように真っ赤になった。


 「な、何をおっしゃっているのですか……」

 「ふふふっ。照れるエレちゃんもかわいいね」


 すると、エレちゃんは顔を教科書で隠しながら、タタタタァっ――と僕の隣に座り、持ってきたノートを開いた。


 「また私をからかって……さぁ、勉強しますよ」

 「教科書そのまま持ってると、勉強できないよ」

 「ご心配なく。右手には何も持っていませんので大丈夫です」


 そうして、左手に持った教科書で顔を隠し、エレちゃんは問題集を解き始めた。

 折角エレちゃんの顔を見られないのは寂しいな。

 僕は肩をちょんちょんとつついて話しかけた。


 「エレちゃん、エレちゃん」

 「その手には引っかかりません」


 が、エレちゃんがこちらに顔を見せてくれる様子はない。


 「ねぇ、エレちゃん。ちょっと教えてほしいところがあるのだけど……」

 「え、どこですか。見せてくださ――」


 その瞬間、隔てていた教科書が机に置かれる。

 そして、エレちゃんと目が合った。


 「むむぅ……アーサー様はいじわるです……」


 本当にエレちゃんはかわいい。

 もう誰にも奪われたくない。

 ――――さて、どうやって、彼女と婚約しようか。

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