第15話 まずは友人から(アーサー視点)

 とっても楽しみにしていたお茶の約束だが、エレちゃんになかったことにされてしまった次の日。


 「エレちゃん、今度の週末お茶をしませんか?」


 ショックを受け一度は折れたものの、僕は彼女に話しかけた。

 ぶっちゃけ言うと、自棄になっているところはある。


 だって、よく考えてみて? 

 僕とエレちゃんは身分的な問題なんてゼロだし、僕にもエレちゃんにも今は婚約者も懇意になっている相手もいない。

 僕らの関係を赤の他人にとやかく言われる筋合いはない。


 エレちゃんが本当に本当に僕が嫌だというのなら、僕は下がろう。


 でも、それを知るためにも、まずはちゃんと話さなくては。

 教室に向かい、銀髪の彼女を見つけると、さっそく彼女をお茶に誘うことにした。

 エレちゃんはいつものように教科書を読んでいたが、僕を見るなり煩わしそうな顔をした。


 「ねぇ、エレちゃん」

 「……」

 「エレちゃん、なんで僕のことを無視するの」

 「……殿下、私は今勉強中です。邪魔しないでください。話し相手が欲しければ、他を当たってください」


 と言って、エレちゃんは教科書に目を戻す。

 でも、僕は引き下がらない。

 

 「エレちゃん、お茶しませんか?」

 「ご遠慮いたします」


 だが、エレちゃんも粘り強く。


 「エレちゃん、お茶しよ?」

 「ご遠慮いたします。あ、からあげ定食ととんかつ定食でお願いします」


 休み時間にも、昼休みにも、何度も誘うが、返ってくるのは「ご遠慮いたします」。

 それでも、折れない。


 でも、このままじゃだめだ。

 誘うだけじゃだめだ。

 何かエレちゃんの興味をそそるアピールをしなければ。


 「エレちゃん、今日お菓子用意したんだ。一緒にお茶しよ?」

 「お菓子ですか……」

 「アップルパイだよ」

 「あっぷるぱい……いいですね」


 エレちゃんは少しだけ目を輝かせる。

 うんうん。

 エレちゃんはやっぱりお菓子が好きだよね。

 ここら辺は昔と変わらないなぁ。かわいい。


 エレちゃんは昔と同じで「ルイ、そのお菓子食べないのなら、私が食べましょうか?」と言ってきたぐらい、食欲旺盛。


 「なら!」

 「ご遠慮します」

 「…………」


 だが、エレちゃんは固く拒否。

 今まで二つ返事で答えてくれることが多かった彼女だが、決して「はい」とは言ってくれなかった。


 そして、放課後。

 エレちゃんはいつものように、着替えると訓練場へと向かっていた。

 いつもの僕なら、リアムと図書館で勉強するが、今日は違う。

 僕も訓練場へと足を運んでいた。


 「エレちゃーん!」


 エレちゃんの姿を見つけると、大声で彼女の名前を呼ぶ。

 こちらに気づいたエレちゃんは魔法練習をしていた手を止めギョッとしていたが、返答することはなく。

 僕を少し見てから、的に向かって氷塊を放ち始めた。


 もうこうなったら……。


 「エレちゃーん!」


 エレちゃんが返答してくるまで叫び続けるのみ。


 王族?

 品格?

 どうでもいいさ。

 僕の思いがエレちゃんに届くまで、僕はずっと彼女を呼び続ける。

 すると、近くで訓練していた集団から、1人の女子がこちらに駆け寄ってきた。


 「殿下、もう少しお声を小さくしてくださいますか。みなさん、殿下のことが気になられているので……」


 ああ……そうだよね。他の人からすれば迷惑だよね。

 大変申し訳ないことをした。


 「それは本当にごめんなさい」

 

 彼女に頭を下げると、「知っていただけたのなら、大丈夫です」と言ってくれた。


 「あの……訓練中に申し訳ないんだけど、君にちょっと頼みたいことがあって」

 「なんでしょう?」

 「あそこにいる子、呼んでくれる?」

 「えっと……レイルロードさんですか?」

 「うん、お願いできる? 彼女と話がしたいんだ」

 「はい、殿下の願いとあらば」


 その子は、エレちゃんのところへ走っていく。

 話しかけているのは見えたが、彼女は首をずっと傾げていて。

 一時して戻ってきた。


 「ありがとう。彼女、なんて言ってた?」

 「お声をかけたのですが……何も返事をなさらなくて」


 無視か……。

 僕の刺客と分かって、無視したんだろうな……。


 「分かった。ありがとう。君は……」

 「メリルです」

 「メリル、いろいろと申し訳ないんだけど、今日だけここで叫ばさせてくれる?」

 「えっ?」

 「ちょっとの時間でいいから、お願い」

 「まぁ、殿下のお願いでしたら……」


 みんながこちらに注目するが、僕の視界に入っているのはエレちゃんだけ。

 彼女も最初は驚いていたが、無視を決め込んで、ひたすら的に魔法攻撃を打ち込んでいた。


 「ねぇ! エレちゃーん! 返事して!」

 

 大声で叫ぶが、エレちゃんは全く顔を向けない。

 ああ、かわいいよ。ポニーテール姿もかわいい。

 魔法を打ち込む姿もかっこいい。


 「エレちゃーん! おーちゃーしーまーせーんーかー!?」


 そんなエレちゃんにずっと叫び続ける。

 無視を決め込んでいたエレちゃん。

 しかし、何度も叫んでいると。


 「ごーえーんーりょーしーまーす!」


 僕にならってか、大声で答えてくれた。

 僕のマネをするエレちゃんもかわいい。

 だが、彼女はすぐに魔法を打ち始めた。


 うん。もうこうなったら……。


 訓練場には入らないようにしていたが、もうなりふり構っていられなかったので、彼女のところに真っすぐ歩いていく。

 他の人たちは親切にも道を作ってくれた。

 だが、エレちゃんはバッと背を向け、そして、走り出した。


 ――――なっ。逃げ出した?

 

 僕も走り出し、彼女を追いかける。

 だが、なかなか追い付かない。

 うう……これはエレちゃん、身体強化したね?


 「なんでエレちゃん逃げるの――!!」


 そう聞いても、エレちゃんは答えることはない。

 彼女は走り続ける。

 僕も全力で走っていると、じりじりと僕とエレちゃんの距離は短くなり、彼女の手を掴めそうな距離まで近づいた。


 ――――あと少しだっ!


 そして、エレちゃんの手をとらえ、パシッと彼女の手首を掴んだ。

 掴むと、彼女の足はゆっくりになり、止まる。


 「はぁはぁ……」


 途中からずっと全力ダッシュだったから、疲れた。

 息が落ち着き、顔を上げると、エレちゃんは困った顔をしていた。


 「な、なぜですか、殿下。なぜ私を追いかけてくるのです」

 「それはエレちゃんが突然僕と関わりたくないなんて言うからさ」

 「殿下。失礼ながら申し上げますが、付き合う人間は考えるべきかと思います」


 エレちゃんは僕の目を真っすぐ見て、訴えてくる。


 「それだけ?」

 「それだけです」


 付き合う人間なんてエレちゃんしかいないでしょ。

 僕は思わずはぁと息をもらした。


 「それだけで、エレちゃんは『僕と関わりたくない』なんて言ったの?」

 「はい」

 「それはエレちゃんの本心じゃないね?」

 「私が、殿下には付き合うべき人間が私以外にいると判断いたしました」


 そんなことはない。

 エレちゃんが一番付き合うべき人だし、付き合うべき人間はエレちゃんしかいない。

 だって、一番好きだから。愛してるから。


 「それ、誰かに言われたの?」


 事情を知っているが、一応聞く。


 「最終判断は私です」

 「言われたんだね」

 「……言われたとしても、私はその通りだと思っています。私は殿下の学友としても、人間としても釣り合いません。関わるべきではないのです」


 僕は眉をひそめた。

 エレちゃんが人間として釣り合わない……なんてことはない。


 「僕はね、エレちゃんが付き合うべき人間と思ったから、声をかけたんだ」

 「私は軍人です。手は血にまみれ、けがれてます。殿下には関わるべき相手が私以外にも大勢いらっしゃいます」


 エレちゃんは確かに戦場にいた。

 戦場でのむごさを知った。

 普通の令嬢なら知らない、戦争の汚さを知った。

 だが、僕は肩をすくめ、笑う。


 「それがなにさ。そんなことを言ったら、僕だって汚れているよ」

 「殿下の手は汚れてなんかいません」

 「ううん、エレちゃんのけがれが戦場でのことを指しているのなら、僕の手は汚れてる。昔にはなるけど、僕は戦場に行った。戦った。その時に敵の血に触れた。僕の手は他の兵士と同じように汚れたよ」


 少しの間ではあったけど、敵を倒した。

 敵の血を見た。浴びた。

 だから、とっくの昔に僕の手は汚れている。


 「私には汚れているようには見えませんが……」

 「うん。だから、僕もエレちゃんの手は汚れていないように見えるよ」

 「…………」


 僕はエレちゃんの右手を取り、両手で握る。

 彼女の手は昔よりも小さく感じた。

 エレちゃんの顔を見ると、彼女の紫の瞳が揺れている。


 「君はこの手で戦場でたくさん戦って、勝利へと導き国民を守った。だから、みんなは君を『勝利の銀魔女』と敬う」

 「…………」

 「そんな君が僕と釣り合わない? ……そんなバカな。むしろ国のために何もできていない僕の方が君と釣り合わないと思うよ」


 僕は国のために何かできているかと言われれば、全然できていない。

 エレちゃんの方が何倍も国のために動いてる。

 

 「殿下、それは謙遜が過ぎます。私はだいたい庶民の血を引いて――」

 「あー!」


 首を横にぶんぶん振る。


 「もうそういうのはなーし! そういうのを考えるのもなぁーし! 身分とか血筋とかどうでもいい!」

 「えっ、でも……」

 「僕は君と仲良くなりたい! だから、お茶したい! Q.E.D.! 以上!」


 ただ僕はエレちゃんと仲良くなりたい。

 ただそれだけだ。


 「もしかして、エレちゃんは僕と仲良くなるのは嫌?」


 もしそうなら、僕はエレちゃんから離れよう。

 辛いけど……エレちゃんが嫌なことはしたくないから。

 しかし、エレちゃんは横に首を振った。


 「仲良くなるとかは考えたことはありません。質問に対する返答としてはノーコメントということになるでしょう」

 「…………」


 ノーコメント………。

 何も思われていないのか。

 一人の男として以前に、人間として何も思われていないのか。


 うぅ゛……一番ダメージが大きいかも……。


 「その、あの……決して仲良くなりたくないというわけではなくって、私は利害が一致しない誰かと仲良くなることなんて興味がなかったというか」

 「興味がない……」


 興味がないなんて……。


 「で、ですが、今は殿下と友人になれたらなという気持ちはあります」

 「……」


 『殿下と友人になれたらなという気持ちはあります』、す、す、す……。

 僕は静かに手で顔を覆い、深い溜息をつく。


 エレちゃんからそんなことを言ってくれるなんて……最高じゃないか。

 

 「エレちゃん、それってほんと?」

 「はい。友人になっていただければとは思っております」

 「…………」

 「……無礼なのは承知しております」

 「無礼だなんて……エレちゃんがそう言ってくれて、僕は嬉しいよ」

 「嬉しいですか?」

 「うん。さっきも言ったように、僕はエレちゃんと仲良くなりたい。だから、エレちゃんが僕と友人になりたいと言ってくれるのはとっても嬉しいことだよ」


 僕は右手を出す。


 「じゃあ、改めまして」

 「?」

 「エレシュキガル、僕と友人になっていただけませんか?」

 

 やっと言えた一言。

 なんだかんだ言えていなかった一言。

 ルイとしてならすぐに言えていただろう一言。

 今、ようやく彼女にその一言が言えた。


 「はい、喜んで」


 エレちゃんは僕の手を取る。

 こちらが微笑むと、エレちゃんも少しだけ笑ってくれた。


 …………そうだ。

 少しずつ、少しずつ、エレちゃんが笑ってくれるようになればいい。

 彼女が安心して、笑って過ごせるようにしていくんだ。


 「殿下、よろしくお願いいたします」

 「こちらこそ」


 そうして、僕、アーサー・グレックスラッドはようやくエレちゃんの友人となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る