第16話 全部よいのですか?

 アーサー王子の友人となった翌日のこと。

 私、エレシュキガルはまた彼と一緒に過ごすようになった。

 久しぶりのアーサー王子とのおしゃべりタイムは意外にも楽しかった。

 おしゃべりが楽しいなんてあまり思ったことはなかったから、少し新鮮。


 「じゃあ、行こうか」

 「はい」


 授業が終わると、私はアーサー王子とともに学園のサロンへと向かった。

 元々週末にお茶をする予定ではあったけれど、アーサー王子がお菓子を用意してくれているということだったので、今日お茶をすることになった。

 

 それにしても、お茶なんて久しぶりかもしれない。


 軍に入るまでたまにではあったが、お茶会に参加することはあった。

 が、あまり楽しんだ思い出はない。

 用意された輝かしいお菓子に出会えるのは楽しかった……それ以外は退屈だった。


 でも、今日のお茶はアーサー王子と一緒。

 彼との話は楽しいから、いつもよりは楽しめそうな気がする。

 

 「ねぇ、エレちゃん。エレちゃんはサロンでお茶したことある?」

 「いえ、お茶すること事態は学園に来て初めてです」

 「そっか。僕が初めてお茶する相手なんだ。嬉しいな」

 「私も殿下とお茶ができて嬉しいです」


 そんな話をしていると、サロンに到着した。

 放課後であるせいか、サロンはにぎやか。

 人は結構いるようだ。


 私たちがサロンの中に入った瞬間、誰もがアーサー王子の方へと目を向けた。

 だが、彼は気にすることなく、私を席に誘導してくれた。


 「エレちゃん、先に席に座っててもらえる?」

 「構いませんが、殿下はどちらへ?」

 「お茶の準備に行ってくるよ」

 「なら、私も」

 「大丈夫。エレちゃんはお菓子を楽しみに待ってて」


 と念押しされたので、私は着席して待つことにした。

 指定されたのは他の場所よりも上のフロアにある窓際の席。

 そこには2つの小さな白のソファと茶色の丸机があり、私は1つのソファに腰を掛けた。

 

 うん……他の席と離れていてよかった。

 教室でもそうだがサロンに入ってからも、他の学生からじろじろと見られた。

 他の人の視線が気になって休まらなそうだと思っていたけど、ここならリラックスできそう。


 このことも配慮して、アーサー王子はここを指定したのだろうか。

 ああ……なんて親切なのだろう。ありがたい人だ。


 それにしても、アーサー王子はどこに行ったのだろうか。

 あたりを見渡しても、彼の姿はない。

 でもなぁ、サロンについてあまり知らないし、下手に動くのはよくないよね……。

 待てと言われたからには、うん、静かに待つことにしよう。


 そうして、静かに待っていると、トレイを持ったアーサー王子が下のフロアを歩いているのが見えた。

 変わらず注目を浴びていたが、どこかルンルンな感じで階段を上ってきた。


 あ、しまった。アーサー王子に全部準備してもらってしまった。

 手伝おうとしたが、彼から「エレちゃんは座って大丈夫」と言われ、大人しく私は座ったままでいた。


 「ごめん。待たせたね」

 「いえ、こちらこそ準備をありがとうございます」


 そう言って、アーサー王子が持ってきたのは大量のお菓子。

 机に置かれたトレイには、三段プレートの上に様々なお菓子が乗っていた。


 「今日はたくさんお菓子持ってきたよ」

 「え? え? え?」


 こんなに食べていいのだろうか。


 「全部エレちゃんのだからね。全部食べちゃって」

 「殿下、これ、ぜんぶよいのですか?」

 「もちろーん!」


 マカロンにマドレーヌ、ケーキ、バームクーヘン。

 どれも美味しそうで、全てのお菓子が輝いて見えた。


 ああ……このショートケーキ美味しそう……こっちのマカロンも美味しそう。

 どれから食べようか……。

 迷っていると、アーサー王子がショートケーキとマカロンを小皿に取って私に渡してくれた。


 「はい、どうぞ」

 「ありがとうございます」

 「本当に遠慮とかいらないから、どんどん召し上がれ」


 受け取ったショートケーキをフォークで一口サイズに切り、口に運ぶ。


 「殿下……このケーキとっても美味しいです」

 「え? ほんと?」

 「はい。とっても美味です」


 すると、アーサー王子は安心したかのような息をついた。


 「よかった。エレちゃんの口に合うか心配だったけど、杞憂だったみたい」

 「殿下がご購入されたものは全て美味しいと思いますよ」

 「あ、買ったものじゃないんだ。ごめん」

 「え? 違うのですか?」

 「うん、僕が作ったんだ」

 「え?」


 アーサー王子がこのお菓子たちを作った……?


 「エレちゃんに食べてほしくて、気持ちがのっちゃって、つい作り過ぎてしまったけどね」


 わざわざ私のために、アーサー王子自らお作りになられたのか。

 なるほど、殿下は料理がお上手なのか……優秀なお方だなぁ。


 「ご心配なく、全ていただきます」


 とっても美味しいし、残すのは大変もったいない。

 そこからはお菓子を食べつつ、おしゃべりをした。

 主に魔法の研究の話が多く、随分と盛り上がった。

 

 魔法技術UPのために、最新の魔法研究には興味があった。

 それはアーサー王子も同じだったようで、最新の魔法研究についてずっと話していた。


 「話は変わるんだけどさ、エレちゃんはなんで軍に入ったの?」

 「…………」

 

 いつもなら『復讐のためだ』と答える。

 こう答えると、軍の同僚たちならその気持ちを理解してくれる人が多い。

 だが、今の相手はアーサー王子……って、なんで私は取り繕おうとしてるの?

 いつものように答えればいいのに。


 「母の仇です」

 「そっか。エレちゃんのお母様はエレイン・レイルロードさんだったね」

 「はい」


 アーサー王子もご存知だったのか。

 確かに母は国のために一生懸命戦っていた。

 王族の方が知らないはずもないか。


 「軍にはどんな人がいるの?」

 「男性の方が多いですね。女性の方も3割ぐらいはいらっしゃいます。年代でみると、10代後半、20代、30代の方がほとんどですね。もちろん、私と同じような10代前半の子もいらっしゃいます。ですが、どの方も強いです」

 「同世代の子もいるんだ」

 「はい。ごくわずかですが」

 「エレちゃんは軍で仲良くなった子とかいるの?」

 「はい。1人だけ。その子は……」

 

 とルイのことを話し出そうとした瞬間、なぜか言葉につまった。


 「エレちゃん?」


 アーサー王子は突然黙った私がきになったのか声をかけてくれたが、でも、答えられなかった。なぜか涙が出てきそうになった。


 「もしかして話したくない?」

 「すみません、ちょっと話したくないです……」

 

 何にも悪くないのに、アーサー王子は「ごめんね」と謝った。

 申し訳なく思って、別の話題を出そうとした時。


 「ごきげんよう」


 女性の声が聞こえてきた。

 俯けていた顔を上げると、近くにいたのは桃色髪の女生徒。

 挨拶してきたのは彼女だろうか?


 桃色髪の女の子の後ろには何人かの女子生徒がいた。

 人をいっぱい連れているけど……この人は一体どなただろう?


 「……どうも、ラストナイトさん」


 そう挨拶を返すアーサー王子。

 だが、彼の瞳は鋭く冷たかった。


 「殿下、ごきげんよう。サロンではお見掛けしないのでついお声をかけてしまいましたわ」

 「そう」


 「殿下、ラストナイトなんてやめてくださいまし。どうか私のことはブリジットと」

 「分かったよ、ラストナイトさん」

 「……まぁまぁ、遠慮なさらなくてもいいのに。それはそうと、殿下もサロンでお茶をされていたのですね。よければ、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

 「ごめん。僕、今2人でエレちゃんとお茶してるから」


 アーサー王子ははっきりとそう答えた。

 いや、別に私はブリジット様が参加してもらっても構わないのだけれど。


 すると、ブリジット様はなぜか私を鋭い瞳で見てきた。


 ブリジット様も参加したいのかな……あ。もしかして、私が邪魔なのかな。

 殿下も意外と鈍感な方ね。


 「あの、私がお邪魔でしたら、私は寮の方に戻りますので……」

 「いや、エレちゃんはそこに座ってて大丈夫だよ。ラストナイトさん、悪いけど他の方を当たってもらえる?」

 「……」

 「僕からのお願いだ。ここは遠慮してもらえるかな、ラストナイトさん」

 「殿下のお願いとあらば……承知いたしました。お邪魔してすみませんでした。では、失礼します」


 そうして、ブリジット様は、他の女生徒とともに去っていった。

 彼女が消えると、アーサー王子はふっーと息をつく。


 「あの……殿下、ラストナイトさんをお誘いしなくて、よろしかったのですか?」

 「うん。僕はエレちゃんとお茶したかったから」


 アーサー王子は満面の笑みを浮かべてそう言ってきた。


 私じゃないと嫌みたいな……いや、分かってる。

 私はただの友人よ。

 何を勘違いしているの、私。


 「その言い方は私でなければ、勘違いしてしまいますよ」

 「エレちゃんだから言うのさ」


 アーサー王子は幸せそうな顔を浮かべる。

 そういうのが誤解を生むと思うのだけど……まぁ、仕方ない。

 たぶんこの人はこういう人なのだろう。


 そう思いながら、私はキャラメルを口に運んだ。

 とっても甘かった。

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